第31話:王女様のご入学
その日、事件は起きた。
いくらアプリカード先生が注意しても、教室のざわめきは収まらない。
「皆さん、静かにしてください。そんなに騒いでいたら、“エイレーネ聖騎士学園”の生徒として恥ずかしいですよ」
とうとう、王女様がご入学したのだ。
クララ・エイレーネ第一王女。
薄っすらと輝く長い銀髪に、真紅のような赤い瞳。
着ている服はさすがに普通のワンピース的なデザインだが、それですら天女の衣みたいに見えてくる。
「では、クララさん。自己紹介をお願いします」
「はい……皆さん、初めまして。クララ・エイレーネと申します。体調が悪く入学が遅れてしまいましたが、仲良くしてくださると嬉しいです。どうぞよろしくお願いいたします」
クララ姫がお辞儀するだけで、周りの雰囲気が変わった。
教会を思わせる清廉な空気感となり、天界にいるかのように錯覚した。
美しい声は耳に浸透し、脳が喜ぶ。
これがすでに一種の魔法なんだが。
フォルト君はもちろんのこと、クラス中の男はウットリと見惚れている。
わずか数分で、男どもの心は掌握してしまったようだ。
男子生徒は相談が止まらない。
属性でいうと、クララは儚い系の美女だ。
ゲームではトップクラスの人気ぶりだった。
男子はみんな、そういうのに弱いからな。
「楽しそうね、ディアボロ。そんな熱心に見るなんて、よっぽどクララ様が気に入ったみたい」
「王女様はお美しいですものね。私のようなメイドでは足元にも及びません」
「いや……あの……そうじゃなくてですね……」
どうすればいいのだ。
葛藤している間にも、アプリカード先生は話を続ける。
「知っての通り、クララさんはエイレーネ王国の王女様でいらっしゃいます。ですが、国王陛下とご本人のご意向もあり、他の生徒と変わらない対応をお願いされました。クララ様や姫様とは呼ばないでほしいそうです。そして……」
言葉が止まり、真剣な顔に影が差した。
その様子を察して、みんなはおしゃべりを止めた。
「“落命の呪い”の解決法も、学園で探していきます。近くにいらっしゃった方が何かと分析もしやすいので……」
クララ姫もわずかに下を向く。
一転して、教室は静寂に包まれた。
――“落命の呪い”。
クララ姫の身体を蝕んでいる呪いだ。
腕や顔には薄っすらと、痣のような模様が浮かんでいる。
あれが、“落命の呪い”だ。
現在、人間と魔族は長らく敵対状態にある。
伝説の五大聖騎士によって魔王が封印されて久しいが、年々封印の魔法は弱くなっている。
魔王復活の機運が高まっていることもあり、最近魔族の活動が活発になっている。
そのような情勢の中、クララ姫は数年前に魔族の襲撃を受けた。
王国騎士団が撃退したのだが、その際に呪いを喰らってしまったのだ。
生命力が少しずつ奪われる呪いを……。
「私の命はいつまでもつかわかりませんが、少しでも楽しい時間を過ごしたく、学園への入学を決意しました。ご迷惑をおかけするかもしれませんが、精一杯生きたいと思います」
クララ姫の言葉は、俺たちの心に重くのしかかる。
ゲームであっても、ここは人間が生きる世界なのだと実感した。
暗い雰囲気を打ち消すように、アプリカード先生はパンパンッ! と手を叩く。
「クララさんの席はあちらです。わからないことはフォルトさんに教えてもらってください」
王女様はフォルト君の隣に座った。
この辺りは原作通りなんだな。
悔しくはないが不安になる。
男子どもは羨ましそうだ。
フォルト君は優男な笑顔で椅子を引いてあげていた。
ダンジョンで俺を攻撃したときとは偉い違いだな。
「残念そうね、ディアボロ」
「席を交換してもらいますか?」
「あ、いや……! そうではなくて……!」
断罪フラグが心配なんだ。
実は、クララ様の呪いにディアボロは関わっていない。
関わっていないのだが、悪化させる要因にはなっていた。
無理矢理に連れ回して体力を奪うのだ。
クララ姫が危篤状態に陥ったところで、颯爽とフォルト君が登場。
呪いを癒し、ディアボロは責任を問われ停学。
俺が魔族の元へ落ちる大きなきっかけとなる。
フォルト君が回復魔法を使えたら、俺は立つ瀬がなくなるぞ。
「あの、アプリカード先生。一つ質問をしてもよろしいでしょうか」
「なんですか、ディアボロさん」
「クララ姫の病気を俺に治させてもらえませんか?」
先手必勝。
今こそ死ぬほどの努力を積んで習得した回復魔法をもって、クララ姫の呪いを解くのだ。
いき込んでいたが、アプリカード先生は首を振りながら淡々と言った。
「申し出いただきありがとうございます。ですが、お断りせざるを得ません」
「え! なんでですか!」
「クララさんの呪いはまだ解明されていないことが多く、謎に満ちています。ディアボロさんが素晴らしい力を持っているのは重々承知していますが、おいそれとお願いすることはできないのです」
「そんなぁ……」
“落命の呪い”は、魔王封印後に生まれた新世代の魔族による呪いだ。
だから、旧世代の研究しか進んでいない状況では、手の打ちようがない……という設定がある。
しかし、ディアボロは治せる見込みも手段もないのに、色々と先走ってはやらかす。
クララ姫を連れ回したり、呪いに聞くといってよくわからない食べ物や秘薬を飲ませる。
結果、症状が悪化。
それを原作主人公(フォルト君)の聖魔法は癒してしまう。
この一件を経て、ディアボロの権威は完全に失墜した挙句、停学処分。
前世で得たゲーム知識を披露したくも、俺がディアボロに転生したことがバレるよな……。
どうにかして粘ろうとしたが、アプリカード先生は「ありがとう……」とだけ言って、俺を席に戻した。
「では、さっそくですが、本日も模擬試験を行います。試験内容は“隠しの森”での素材採取。各々の魔法を使い、森で魔石を集めてください。三人組のチームを組んで探してもらいます。もちろん、森にはモンスターも生息していますので、十分に気を付けて取り組むように。それでは、自分の能力が最大限活かせるようなチームを組んでください」
今までのチーム分けはアプリカード先生が決めていたが、今回は自分たちで決めるのだ。
さっそく、シエルとマロンに力強く腕を掴まれる。
「ディアボロは私たちと組みましょうね」
「それが一番みんなの力を発揮できるチームです」
「いや……二人には悪いが、クララ姫と組もうと思うんだ。俺の回復魔法で……呪いを癒してあげたい。クララ姫を助けてあげたいよ」
断罪フラグを回避するためにも。
俺はそう伝えるも、二人は何も話さない。
謎の沈黙が漂っている。
な、なんだ?
「ディアボロって……やっぱり、優しいわよね……」
「ええ……この優しさに私も救われたんです……」
シエルとマロンはさめざめと涙を流す。
そ、そんな、大げさな……。
てっきり嫌がられるかと思いきや、二人は快く送り出してくれた。
肝心のクララ姫は、さすがにみんな気が引けるのかまだ誰とも組んでいない。
唯一、フォルト君だけはベタベタくっついていた。
「ク、クララ姫」
「はい、何でしょうか……もしかして、あなたはディアボロさんですか? あの……暴虐令息……」
クララ姫の顔は暗くなる。
……そうか。
王宮にも俺の悪評は届いていたのか。
いや、当たり前だよな。
この一年ほどは改善に努めたつもりだったが、俺の努力が足りなかった。
暴虐令息などとチームを組んでくれるわけない。
気持ちが沈んでいく。
「という噂があったようですが、1年ほど前から改心されたそうですね。実は、ディアボロさんに会うのも楽しみだったんですよ」
「えっ! そうなんですか!?」
「グランデさんがあちこち自慢されているんですの」
クララ姫は口に手を当て、極めてお上品に笑う。
まさか、父上が俺を自慢していたなんて。
そんなの初めて知ったぞ。
と、ということは……。
「お、俺と一緒にチームを組んでくれませんか? もちろん、試験のですが」
「ええ、ぜひお願いします」
よ、よし!
どうにかチームが組めたぞ!
心の中でガッツポーズしていると、フォルト君がグイッと俺をどかした。
「僕の存在を忘れないでください! クララさん、ぜひ僕ともチームを組みましょう!」
「もちろん、フォルトさんとも組みたいですわ」
「うおおおお!」
フォルト君は力強く拳を天に突き上げる。
そして、他の誰にも聞こえないよう、ひっそりと俺に呟いてきた。
原作主人公とは思えないニヤけ顔だ。
「僕の方がクララさんにふさわしい人間だ。そうだ、勝負をしよう。この試験で勝った方が彼女を手に入れるんだ。」
……そういうことじゃないんだよな。
クララ姫は美しいがやつれた笑顔を向けてくれた。
その顔には薄っすらと死相が浮かんでいる。
見るだけで悲しい気持ちになった。
自分のためにも、クララ姫のためにも、彼女の呪いは俺が絶対に治す。
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