第25話:僕が一番特別なはずだったのに(Side:フォルト①)
「あんなヤツがいるなんて聞いてないぞ!」
僕は学園の庭を歩きながら、ある男への不満を募らせていた。
――ディアボロ・キングストン。
あのボンボンさえいなければ、僕が一番特別扱いされるはずだったのに。
そう思うと、豪華な寮で休む気にもならなかった。
僕は東の交易都市の近くにある、ベレジア村の出身だ。
孤児として、村の片隅で貧乏な暮らしをしていた。
同時にいつも思っていた。
――僕は特別な人間なんだ。
物心ついたときから、常にその自覚はあった。
自分は平凡は人間ではない。
いずれ何者かになれる資格がある存在……。
僕は周りの人間とは違う。
選ばれた存在だ。
早く村を出たい。
そのような決心をさらに強くする足掛かりがあった。
五大聖騎士の伝説だ。
ベレジア村のような辺境にも、英雄たちの伝承は伝わっていた。
――魔族の侵略から国を救った五人の聖騎士。
いつか僕も彼らのような社会的地位が高い人間になり、貧乏暮らしからおさらばする。
それだけが生きがいだった。
大人になってまで、毎日貧相なパンやスープを食べるような生活は送りたくない。
そんなある日、人生を変える出来事が起きた。
僕は聖属性の魔力を持っていることがわかったのだ。
“エイレーネ聖騎士学園”の教員がたまたま村を訪れており、判定してもらった。
どうやら、近隣に出現したモンスターを討伐しに来たらしい。
何という幸運だ。
やはり、僕は普通の人間ではなかったのだ。
思っていたことが証明され、大変に気持ちよかった。
(君なら“エイレーネ聖騎士学園”の特待生枠も狙えるだろう。ぜひ、来年の入学試験を受けなさい)
教員はそう告げた。
どうせなら、今ここで入学を許可しろよ。
僕は非常に貴重な聖属性の使い手だぞ。
“エイレーネ聖騎士学園”でさえ数えるほどしかいないと聞く。
国が保護するレベルだろう。
そう言いたかったが、見逃してやった。
僕は心が広いからな。
後日、その教員はいくらかの本を送ってきた。
これで勉強しろとのことらしい。
ふざけるな。
僕は聖属性を持った人間だぞ。
本を開く気にもならず、売って娯楽費に変えた。
入学試験はカンニングして突破した。
筆記テストもあると聞いていたから、本を売った後はスリをして人目を盗む技術を磨いたのだ。
同時に、金持ちや裕福な家柄の人間を見抜く目も養われた。
試験会場でも、高位の貴族を選んで答案を盗み見た。
旅人や行商人相手に積んだ経験が活かされたな。
しかし、一位じゃなかったのが恨めしい。
答案を見た受験生の回答が間違っていたんだろう。
道端の小石を蹴り上げた。
「貴族ならちゃんと勉強しろよ! 僕と違って恵まれた環境なんだろ!? 人に恥をかかせるな!」
どうせ、自分の置かれた環境に満足して、努力を積もうともしなかったのだ。
貴族は横暴で傲慢な人間が多い。
そんなヤツらと同じ学校に通うだけで大変なのに、まったく困ったもんだ。
僕は平民出身なのだから、その時点ですでにハンデがある。
優遇されないと割りにあわない。
――中でも一番ムカつくのはディアボロだ。
国内の大貴族、キングストン公爵家の令息。
あいつのせいで、僕の華麗なる学園デビューが台無しになった。
なんだよ、あの動きは。
少しも反応できなかった。
それどころか、僕の麗しい顔に傷がついたらどうする。
きっと、金に物を言わせてズルをしているのだ。
ずるいじゃないか。
どうせ努力らしい努力をしたことがないのだろう。
クソが。
ディアボロと言えば、教員にも腹が立つ。
僕たちの試験を担当したレオパルだ。
貴族を優遇しやがって。
引き締まった肉体と顔に免じて許してやる。
気絶しなければ身体で謝らせていたところだ。
歩き疲れたので、ベンチに座り少し休む。
「チッ……どいつもこいつも……これが国内最高峰の学園なのか?」
辺りには誰もいない。
広がるは静かな庭園だけだ。
僕の偉大な魔法を試してみるか。
「この世に満ちる聖なる存在よ。我に魔力を貸し与え、あらゆる苦難を打ち消したまえ……《聖なる癒し》!」
両手から白い光がぼんやりと現れる。
怪我や病気を治す光だ。
聖属性は回復魔法の習得がメイン……。
あの教員からそう聞いたときから、僕は強い怒りを抱いていた。
「クソッ、回復なんて意味ねぇだろうが。もっと強い攻撃魔法を使わせろよ」
「だいぶご乱心のようですね」
不意に、真後ろから女性の声が聞こえてきた。
心臓が跳ね上がり、鼓動が強く脈打つ。
やけに冷たく、身体を指すような声音だった。
慌てて振り返る。
謎の…美女がいる。
腰まで伸びた青い髪に赤い瞳。
身長は僕と同じか少し低いくらいだ。
教員の可能性があるので、念のため敬語で話すか。
「あ、あなたは誰ですか?」
「もちろん、ここの教員ですよ。私はフェイクル。3年生の魔法理論を指導しています」
やはり教員だったか。
3年生担当というから、僕と関わるのはだいぶ先になる。
だが、好感度を上げておいて損はない。
これが一番重要だが、凛とした雰囲気があり、かなりの美人だ。
「あなたのウワサは入学試験のときから聞いていますよ、フォルト君。数年ぶりの聖属性の持ち主だとか。あなたのような希少な人間は、学園にとっても国にとっても大変貴重な財産です」
「あ、ありがとうございます!」
このフェイクルという女教員は素晴らしく優秀だな。
この僕の価値をきちんと把握している。
「何か悩みでもあるようですね。初めての寮生活が不安ですか?」
「え、ええ……実は……」
話してよいものか、少し心配になった。
僕の評価が下がるんじゃないだろうか。
「フォルト君のような優秀な生徒の悩みは、私たち教員の悩みです。ぜひ、聞かせてもらえませんか?」
そう言われた瞬間、そんな心配は吹き飛んだ。
「聖属性では攻撃魔法が使えないことが悩みなんです。回復魔法しか使えないのはちょっと……」
「なるほど、たしかにそれは深刻な悩みですね。どうしましょうか……」
フェイクルはジッと考えている。
真剣な表情もまた美しく、思わず見とれてしまった。
自然と目線が下の方に……。
「一つ、良い解決方法があります」
「あ、はい」
フェイクルの声が聞こえ、ふと視線が戻った。
「これは<逆転の実>といって、習得できる魔法の系統を逆にできます。これを食べれば、攻撃魔法から先に習得できます」
「……<逆転の実>?」
フェイクルは赤い木の実を渡してきた。
一見するとサクランボのような形だ。
ベレジア村でも見たことがない。
珍しい木の実なんだろうか。
「入手が極めて難しいアイテムですが、特別にフォルト君のために差し上げましょう。聖属性持ちの生徒は貴重ですから」
「どうすればいいんですか!?」
入手が極めて珍しい……特別に……貴重……。
僕にふさわしい言葉の数々に、僕は憑りつかれていた。
「そのまま食べるだけでいいです」
「そんな簡単なんですね!」
何の躊躇もなく、<逆転の実>を口に入れた。
味はまぁ……それなりといったところか。
やや酸っぱいのが不快だったが、食べられないほどじゃない。
「聖属性の一番簡単な攻撃魔法は、《聖弾》です。あそこの木に向かって唱えてください。呪文は……」
フェイクルから呪文を教わる。
希少な聖属性に、やけに詳しかった。
さすがは“エイレーネ聖騎士学園”の教員だ。
「さあ、どうぞやってみてください」
「よ、よし……聖なる存在、聖なる精霊たちよ。我にその偉大な力を与えよ……《聖弾》!」
白い光の球が一直線に飛んでいき、木に直撃すると大きく幹を抉った。
倒れるほどの威力はないが、十分に強力だ。
――悪くないじゃないか!
喜びとともに振り返るが誰もいない。
すでにフェイクルは消えていた。
<逆転の実>とは、なんて素晴らしいアイテムだ。
その後、回復魔法を試しに使ってみたが発動できなかった。
まぁ、そんなことはどうでもいい。
あの憎い傲慢貴族に復讐できると思うと、気持ちが昂った。
――今に見ていろ、ディアボロ。僕の特別な聖なる攻撃魔法を食らえ。僕から輝かしい学園デビューを奪った罪は大きいぞ。
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