第2話:3つのお願いと修行
「もっと腰入れるんじゃっ! 魔法舐めとんのかぁ!」
「ああああ~!」
「どうなんじゃっ!」
「舐めてません! 舐めてません! ああああ~!」
師匠に叩かれる尻が痛い。
おまけに、特殊な環境下なので爆速で疲労が溜まる。
どうしてこんな厳しい魔法訓練となったのか……。
話は今から数日前に遡る。
◆◆◆
「ディアボロ様、昨日は本当にありがとうございました」
マロンを休ませた翌朝、彼女が朝食を持ってきた。
どうやら、俺はわがままにも自室で飯を食っていたらしい。
マロンは俺と接触するや否や、真っ先にお礼を言ってきた。
「な、何か感謝されるようなことしたっけ?」
「休ませていただいたおかげで、体調が良くなりました。ディアボロ様の優しさが染み入ります」
マロンは深々と頭を下げる。
たった一日(というか、半日)休ませただけで、この感謝のされよう。
ディアボロの非道な行いが垣間見えた。
「あまり無理しないようにな。俺もマロンの仕事量を……いや、使用人たちの仕事を減らすようにするから」
「ありがとうございますぅ……ディアボロ様ぁ……」
マロンの瞳にはうるうると涙が浮かぶ。
ちょっとチョロ過ぎやしないかね、と思ったが、すぐに納得した。
彼女は病弱な生活を送ってきたせいで、人の優しさに弱い。
主人公に身体を治してもらうと、簡単にコロリといくのだ。
まぁ、その反動で重いヤンデレにもなるわけだが、それは別に関係なさそうだな。
「みんなに伝えるから、大食堂に人を集めてくれ」
マロンに伝え、朝食を済ませる。
大食堂へ向かうと、すでに使用人が一堂に会していた。
「「お、おはようございますっ、ディアボロ様っ!」」
「うおっ!」
部屋に入った瞬間、一斉に挨拶された。
怯えた様子で。
みな、冷や汗をかき体は震え、怖じ気づいている。
いったい何に…………そうか、俺か。
「みんな、楽にしてくれ」
「「……えっ」」
たったその一言で食堂はどよめきに包まれた。
どこまで恐れられているんだ、俺は。
いや、今こそ変わったことを示さなければ。
「そんなに怯えなくて大丈夫だ。俺は変わったんだ。もう二度と怒鳴ったり、冷水を浴びせたり、ゴブリンと戦わせたり、オークのすり身を食わせたりしない」
次から次へと今までの悪行が口をついて出る。
……よく殺されなかったな、俺。
わざわざラストまで行かなくても、処刑されていそうだった。
使用人たちはざわざわと顔を見合わせている。
本当に真実か、にわかには信じられないようだ。
やがて、一人の男が硬い顔をして前に出てきた。
「ディアボロ様……恐れ多くも申し上げます。今おっしゃったことは誠でございましょうか」
執事長のラウーム。
濃いグレーの髪をオールバックにしており、視線は鷹のように鋭い。
年は……たしか今年で50歳だ。
実はマロンの父。
代々、彼らの家はキングストン家に勤めているようで、表向きはディアボロの忠実な部下となっていた。
そう、表向きは。
将来、彼は離反するのだ。
物語が進むにつれて主人公側につき、最後にはヒロインたちと一緒に俺を断罪する。
その動機は明白だ。
ラウームは、遅くして生まれたマロンを誰よりも溺愛していた。
だから、病弱なのに苦しめる俺が許せなかったのだ。
父として守りたいが、公爵家という権力が立ちふさがる。
顔にはまったく出さないが、その心には今も憎悪が渦巻いているのだろう。
「ああ、本当だ。今後は使用人の仕事も減らすつもりだ。もちろん、給与は変わらない。いや、今まで迷惑をかけた謝罪として、1.5倍に増やすよう父上に進言しよう」
「「!」」
使用人たちのどよめきは、今や大きなざわめきとなっていた。
みんな横にいる同僚たちと嬉しそうに話す。
先ほどまでの怯えた表情は消え、笑顔が見えていた。
ただ、ラウームだけは硬い表情を崩さない。
給金が上がると聞いても、その顔に喜びの感情はなかった。
理由はわかっている。
マロンをいじめ抜いてきた件だ。
大事な一人娘を苦しめまくった男が、金をたくさん払うといってもすぐには評価が上がらないだろう。
むしろ、これくらいで許すなんて思わないはずだ。
そんなのゲームをしていなくてもわかる。
俺はラウームの前に近寄ると、静かに頭を下げた。
ざわめきは止み、室内が静寂に包まれていく。
「……ディアボロ様、頭を上げてくださいませ。主に頭を下げられるなど、使用人にあってはならないことでございます」
「ラウーム、マロンの件では本当に申し訳なかった。体の具合が悪いのに毎日毎日こき使って……恨まれるのは当然だ」
「ディ、ディアボロ様っ! 何を仰いますか! マロンの病弱がいけないのですからっ!」
「いや、彼女の体調を考慮しない俺が悪い。というより、今までが横暴過ぎた。謝って済むことではないが、どうか謝らせてほしい……本当に申し訳なかった」
精一杯の気持ちを伝える。
すぐにマロンの病気を治すことはできないが、今は誠意だけでも示したかった。
「「うっ……うっ……!」」
な、なんだ?
突然、誰かの泣き声が聞こえてきたぞ。
周りを見ると泣いていた。
ラウームはじめ、みんなが。
え、ええ……。
「「ディアボロ様が謝れるなんて……しかも、頭をあんなに下げて……」」
……マジか。
謝っただけでこの反応。
ディアボロよ、お前はどこまで極悪人だったのだ。
朝食が美味かった、作ってくれてありがとうと言うと、使用人たちは顔を見合わせ、またざわめきだしてしまった。
埒が明かなくなりそうなので、俺はそそくさと食堂を出る。
この後行きたいところがあるのだ。
□□□
「ディアボロ様、どちらへ行かれるのですか?」
屋敷の周囲に広がる森の中を歩いていると、後ろから少女の声が聞こえた。
マロンだ。
「お父さん……ごほんっ。父上の屋敷だよ」
ディアボロは家族と離れて暮らしている。
離れと本邸みたいな関係だ。
父上は悪逆息子の世話に手を焼き、離れを用意したらしい。
マロンが俺の横に並んで言う。
なぜか嬉しそうに。
「お供いたします、ディアボロ様」
「えっ、別にいいよ、そんなの」
「いいえ、ぜひ。今日は体調も良いみたいなので」
と力強く言うので、マロンも連れて行くことにした。
ディアボロの記憶に従い十五分ほど歩くと、本邸に着いた。
離れもクソでかかったが、その比ではない。
まるで王宮なのだが。
改めて見ると圧倒されるとともに、別の意味でも圧倒されていた。
……いや、遠くね?
それほどキングストン家の領地が広いとも言えるが、俺はどれだけ父親に嫌われていたのだ。
屋敷に入り、使用人たちには怯えられ、やたらと長い廊下を進み、父親の書斎に着いた。
「父上、お忙しいところ失礼いたします。ディアボロでございます」
「誰だ、お前は」
重厚な樫の扉を突き抜け、硬い声が聞こえる。
横暴が過ぎるディアボロ。
無論、親子仲も最悪だ。
この身体で会うのは初めてなので緊張する。
「ディ、ディアボロでございます」
「帰れ。仕事の邪魔だ」
おお……っふ。
想像以上の塩対応じゃないか。
すでに心が折れそうだったが、力を振り絞って用件を伝える。
「本日は3つのお願いがあり、こちらに参りました。お願いいたします。話だけでも聞いてください」
「……入れ。三分間だけ相手してやる」
ようやく入室の許可が得られ、そっと扉を開ける。
俺の部屋より五倍は広い執務室。
その一番奥に父親はいた。
――グランデ・キングストン。
くすんだ金髪は短く切られ、深いブルーの瞳は老いてもなお宝石のように輝く。
首が太く、衣服の上からも筋肉で身体が盛り上がっていた。
キングストン公爵家の現当主だ。
今は書類仕事の最中らしく、下を向いて何かを書いている。
ゲームでさえ威厳に溢れかえっていたが、実物はまた一段とすごい迫力だ。
圧倒されていたら、父親は静かに口を開いた。
「三分間黙り込んでいるつもりか?」
「あっ、いえ! すみません! 黙り込みません! 一つ目のお願いでございますが、使用人たちの給金を1.5倍にしていただく存じます」
「……なぜだ」
父親は俺の顔を見おうともしない。
それだけで親子の距離というものを痛いほど感じる。
「俺……私が迷惑をかけてきたことに対する、謝罪の意思を示すためです」
「なんだと……?」
父親は初めて顔を上げた。
その鋭い眼光の奥には、強い疑念が渦巻いている。
「私はようやくわかりました。支えてくれる人をどれだけ傷つけてきたのか……。過去の愚かな自分と決別したいのです」
「ならん。貴様の言うことは信用できない」
淡々と言うと、父親はまた机に視線を落としてしまった。
それっきり何も言わない。
……ダメか。
やはり、過去の悪行で俺の信頼は地の底に落ちているようだ。
父親が会話を再開する気配はない。
諦めて帰ろうとしたときだ。
マロンの声が静寂を切り裂いた。
「お、恐れながら申し上げます、公爵様。ディアボロ様は本当に変わられました。先日私が体調を崩したとき、すぐに休ませてくださいました」
「……君はうちの使用人かね?」
「は、はい。私はマロンと申します。ディアボロ様のメイドをさせていただいております」
そう言って、マロンは慌てた様子で頭を下げる。
使用人が主に向かって、許可なく意見を言うなどもってのほかだ。
下手したらクビが飛ぶぞ。
「お、おい、やめろよ、マロン……」
「ずっと近くにいた私にはわかるのです。ディアボロ様は変わられました。その目には善の心が宿っています」
「ふむ……」
父上は見定めるように俺とマロンを眺める。
見られているだけで、全身がピリピリと痛むようだった。
「いいだろう。使用人の給金を1.5倍にする。だが、ディアボロがまた悪行をしたらこの話は無しだ」
「ありがたき幸せでございます、父上」
急いで頭を下げる。
まさか了承されるとは。
マロンに救われたな。
「それで、二つ目の頼みとはなんだ?」
「はい、魔法の専門的な訓練をさせてください」
「……貴様が?」
「“エイレーネ聖騎士学園”入学に向けて、少しでも努力を重ねたいのです。そこで、魔法の家庭教師をつけていただきたく存じます。可能なら高名な方を……私一人ではどうしても難しく……」
ここだけは自分の願望に忠実にいきたい。
当たり前だが、魔法の訓練なんてしたことないからな。
師匠がいた方が効率いいだろう。
父上はジッと俺を見る。
「……最後の頼みは?」
「“超成長の洞窟”の使用許可をいただけませんか?」
――“超成長の洞窟”。
疲労が五倍になる代わり、経験値の獲得スピードも五倍になる隠しエリアだ。
原作なら全クリしないと行けない場所。
なぜそんな洞窟がキングストン家にあるかというと、『ディアボロは最初からここで修行してれば良かったのにw』……的な意味合いがあるからだ。
父上は相変わらず何も言わない。
「……わかった。“超成長の洞窟”の使用を許可する。家庭教師も手配する。だが、お前が死んでも我輩は何もしないからな」
「あ、ありがたき幸せでございます。それでは失礼いたします」
ホッと一息つき屋敷を出る。
離れに戻ったら、真っ先にマロンへ礼を伝えた。
「ありがとう、マロン」
「ひゃ、ひゃいっ! なんででしょうかっ!」
「なんでって、さっき俺の援護をしてくれたじゃないか。父上に話すのは緊張しただろう」
「い、いえ、それはディアボロ様のためでして……」
顔を赤らめ、くねるマロン。
まさか、熱があるんじゃないだろうな。
頼むから体調崩さないでくれよ。
その日のうちに、使用人の給料が増えることが正式に決まり、またひと騒ぎ起きた。
とりま、家庭教師が来るまでは離れで静かに過ごそう。
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