第18話:悪評と逸材(三人称視点)
実技試験より数時間後、“エイレーネ聖騎士学園”の大会議室。
学園の教官たちが集合していた。
受験生の合否について話し合うためである。
その数、全部で12人。
学園が誇る優秀な人材たちだ。
全員が席に着くと、まっさきに黒髪の痩せた男が尋ねた。
3年生の高度魔法担当、リオン。
レオパルの兄である。
「レオパル、どうだ? 今年の受験生は?」
「まぁ、悪くはない……といったところだ」
「君がそう評価するということは、優秀な生徒が多かったんだね」
「ふんっ、どうだか」
レオパルは素っ気なく言うものの、受験生のレベルの高さに舌を巻いていた。
特に、ずば抜けて才覚を放つ者がいる。
教員たちは彼の話で持ち切りだった。
「ぶっちぎりで一番とはね。僕もビックリしたよ」
「ここまでの成績は初めてじゃないか?」
「二十年ぶりに記録更新だな。こいつはすごい」
リオンや他の教員たちは配られた試験結果を見て、感嘆の声を漏らした。
筆記はまぁそこそこだが、それ以上に魔力検査と実技試験の結果がずば抜けていた。
いずれも学園始まって以来の記録だ。
試験結果もそうだが、それ以上に彼らが驚いているのは男の名前にあった。
――ディアボロ・キングストン。
暴虐令息という最悪の評判だ。
使用人に暴力を振るい、暴言を吐き、立場を利用してやりたい放題。
あのキングストン公爵ですら手を焼いているという。
その暴虐令息が、あろうことか一般枠で受験してきた。
勉強はもちろんのこと、魔法の修行などしたこともないはず……。
それなのに、このような好成績を納めたことに一同は驚愕していた。
教員の一人、ひと際体格の良いスキンヘッドの男がぞんざいに資料を投げ捨てる。
「おい、レオパル。ディアボロってあいつだろ? あの暴虐令息。なんでこんな強えんだよ。腐った性根を叩き直してやるつもりだったが、下手したらすでに学園トップクラスの実力だぞ」
2年生の戦闘体術担当、エネルグ。
正義感の強い彼は、ディアボロの悪い噂に嫌悪感を抱いていた。
故に、入学してからは徹底的に鍛え直すつもりだった。
どうしてあの怠け者の暴虐令息がこんなに強いのか。
教員たちは各々の予想を話し出す。
概ね、ディアボロが裏で何か画策しているのではないか……そういった結論にまとまりつつあった。
「まぁまぁ、先生方。落ち着いてくだされ。評判がどうであれ、結果は結果じゃ。測定用の水晶玉を割るなど信じられん。ワシたちならいざ知らず、受験生は年端もいかぬひよっ子じゃからな」
豊かな白髭を蓄えた、グレーの目をした初老の男性。
彼が口を開いた瞬間、教員たちは言葉を止めた。
――クルーガー・ナウレッジ。
“エイレーネ聖騎士学園”の現学長である。
その膨大な魔力と、四属性をも扱う魔法の腕は他者の追随を許さない。
学園の長い歴史を見ても、クルーガーの実力は群を抜いていた。
「先生方は知らんかもしれんがの、ディアボロは改心したようじゃ。ほんの一年ほど前にな。前にグランデと会った時、彼から聞いたのじゃ」
「「改心……?」」
クルーガーはディアボロの変わりようを伝える。
以前の暴虐ぶりは鳴りを潜め使用人たちに優しくなったこと、学園入学に向けて魔法の修行を毎日積んだこと……今では自慢の息子になったということ。
教員たちはみな、クルーガーの話を真剣に聞いていた。
「そんなことがあったのか。まさか、あの暴虐令息が改心するとは」
「人って変わるものなのですね。にわかには信じ難いですが」
「何はともあれ、ここまでの努力は認めなければなりませんね」
ディアボロの懸命な努力は教員たちにも伝わり、暴虐令息という悪評は覆ることになった。
「ところで、レオパル先生。今年はディアボロ以外にも将来有望な受験生がいたのじゃろう?」
「はい。全部で三人……一人はシエル。あのディープウインドゥ伯爵家の令嬢です」
「ほぅ、あの無属性持ちか。たしか、ディアボロの婚約者だったと記憶しておるが」
グランデから話を聞いて以来、クルーガーはディアボロに強い興味を惹かれていた。
話を聞き、また実際に彼の試験を見て確信した。
ディアボロは完全に変わったのだと。
何が彼をそこまで変えたのか……。
クルーガーは元暴虐令息に興味深々で、周辺事情も色々と調べていた。
レオパルはやや辟易した様子で答える。
「ええ、そうです。重力魔法が得意らしく、対戦相手の生成した強力なゴーレムを木っ端微塵に粉砕しました。ディアボロに対する愛の重さが力の源だと、とうとうと説明されました」
「ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ。仲が良くていいではないか。もう一人は誰じゃったかいの」
「マロンというディアボロのメイドです。入学前にあれほどの高火力の火魔法が使えるとは思いませんでした。彼女もまたディアボロに対する熱い想いが自分の原動力とのことで……少々胃もたれしました」
シエルもマロンも、レオパルが担当した。
結果、ディアボロがどれほど立派で素敵な男性なのかを、延々と聞かされる羽目になった。
「ディアボロはモテモテじゃの。ワシの若い頃にそっくりじゃ」
「どうやら……彼女たちはディアボロを目指しているようなのです。自分もディアボロのような人間になりたいと、努力を重ねていると聞きました。……自分を虐めていた人間に対して、そんな評価を下す者を私は見たことがありません」
二人の少女は、嬉々として自分の目標を語った。
ディアボロみたくなりたいと。
暴虐令息の悪評を聞いていたレオパルたちにとって、それは信じられないことだった。
「まぁ、それだけディアボロの変わりようがすごいという話じゃろう。ますます興味が湧いてきたわい」
「彼女たちは、ディアボロに自分の怪我や病気を治してもらったのを感謝していました。おかげで健康的な生活が送れていると」
「ああ、大事なことを忘れるところじゃった。ディアボロは闇属性持ちにもかかわらず、回復魔法を使ったそうじゃな」
「はい。とても信じられませんでしたが、私も実際にこの目で確認しました。あれはまさしく回復魔法です」
その言葉を聞き、大会議室はかつてないほどのどよめきで包まれた。
リオンが感嘆とした様子で話す。
「僕ですら聞いたことがないな。ぜひとも詳しく話を聞きたいものだね。……サチリーはそういった話を聞いたことがあるかい?」
「私も……そのような……報告は……把握してません……」
ぼそぼそと呟くように言うのは、2年生の魔法学担当サチリー。
丸い眼鏡に寝ぐせが飛び跳ねた髪の毛。
一見するとずぼらな印象だが、彼女は教員の中でもずば抜けた頭脳と幅広い見聞を持つ。
闇属性の魔力で回復魔法の習得……天才的な彼女でも、そんな事象は聞いたことがなかった。
「ワシですらそんなことは不可能だと思っておった。ディアボロは想像以上の人材じゃ。……それで、三人目は誰かの?」
「コルアルという男爵令嬢です。あの“死導きの魔女”を彷彿とさせる魔法の使い手で……あろうことか、彼女もまたディアボロを追って入学したとのこと」
「そりゃぁすごいことじゃ。あの男はそんなに影響力が強いんじゃな」
教員たちはもはや、ディアボロに圧倒されるばかりであった。
だが、これは入学試験に関する会議。
すぐに話題は別の生徒に移った。
「クルーガー学長、フォルトはどうしましょうか」
「うむ……」
――フォルト。
平民出身にもかかわらず、極めて稀有な聖属性の持ち主。
学園内でも数えるほどしかいない。
受験前は教員たちの注目を一手に集めていたが……。
「レオパル先生の見立てはどうじゃ?」
「正直……ディアボロが圧倒過ぎて実力がわかりません。恐ろしく速い手刀でした。私でなければ見逃していたかと……」
ディアボロとフォルトの模擬戦は、まさしくドラゴンとスライムの戦闘のよう。
それほど、両者の間には実力差があった。
単純に強さでいうと、ディアボロが遥か上。
レオパルはそう評価を下し、他の教員たちもまた同様であった。
クルーガーはしばらく悩んでいたが、やがて結論を出す。
「みなも知っての通り、聖属性の持ち主は大変貴重じゃ。筆記も魔力測定も及第点。フォルトもまた、合格としよう」
ディアボロが努力に目覚めたことにより、シナリオは少しずつ変わっている。
断罪されるべきだった悪役と、この世界の主人公。
両者が相まみえる波乱の学園生活が幕を開ける。
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