第13話:私の婚約者(Side:シエル①)
――シエル・ディープウインドゥ。
今まで、その名は不幸の象徴のようだった。
怪我により歩けなくなった令嬢……それが私だった。
私は昔、婚約者に崖から突き落とされた。
そう、あの暴虐令息こと、ディアボロ・キングストンに……。
今思えば、ちょっとしたイタズラだったのかもしれない。
でも、私の受けた傷は大きかった。
医術師曰く、膝の関節が致命的なダメージを受けたらしい。
もう歩くのは厳しいだろうと……。
当時受けたショックは、やはりすぐには忘れられない。
それ以上に深い傷が刻まれた……心に。
――どうして……謝ろうとしてくれなかったのだろう。
ディアボロ様は「俺のせいではない」といった主張を繰り返すばかりで、決して謝ることはなかった。
その態度が、何よりも私の心をえぐった。
足を怪我してから、私は喋る気力すらなくなってしまった。
この一件もまた、両家の間では“触れてはいけない話題”になった。
私の家は伯爵家だから、体裁もあったのだと思う。
ディアボロ様とも疎遠になった。
それから数年した後、キングストン家から連絡が来た。
ディアボロ様が正式に謝りたいと……。
正直なところ、今さらどうして、という思いがあった。
いくら何でも遅すぎるのではないか。
両親も同じことを考えたようで、一度は断ろうかと言われた。
でも…………会おうと思った。
会って自分の気持ちを正直に伝え、決別しようと、婚約を破棄してもらおうと思った。
その結果、両家の関係が完全に壊れてしまっても……。
ある種の覚悟を持って面会に臨んだつもりだったけど、私は黙り込んでしまった。
ディアボロ様の顔を直接見られない。
過去のトラウマが甦り身体が震えた。
だけど、徐々にディアボロ様の様子がおかしいことに気づいた。
以前のように怒鳴ることもなかったし、ずっと丁寧な物言いでお話しされる。
最初は、わざと丁寧に話しているのでは……と不安になった。
こんなこと今までなかったのだ。
優しさの影に悪が潜んでいそうで怖かった。
私の覚悟も消え去ってしまい、帰ってほしい、と手紙を渡した。
それでもディアボロ様は帰らず、私に訴えてくる。
謝らせてくれ、と。
あまりの変化ぶりに、私は怖じ気づいた。
「……俺の魔力属性は闇ですが、必死に努力して回復魔法が使えるようになりました」」
その言葉を聞いたとき、初めてディアボロ様の顔を正面から見た。
闇属性で回復魔法……?
そんなの不可能ではないか。
闇属性は攻撃系統が得意な反面、他人を癒すような力はない。
子どもですら知っている、この世の真理。
やはり、ディアボロ様は嘘を吐いていたのだ。
きっと私の機嫌を取ろうとして、あることないこと言ったのだろう。
そう思っていた。
あの人たちが話し出すまでは。
「恐れながら申し上げます。ディアボロ様の仰っていることは真実です! ……」
「……ディアボロ様は以前のような暴虐令息ではありません」
「ワシからも一言言わせてもらおうかの。ディアボロは類まれなる才能の持ち主じゃ……」
マロンさんやラウームさん、そしてあの“死導きの魔女”と呼ばれるアルコル様までが、ディアボロ様は変わったと主張する。
もう暴虐令息ではない、優しくなったんだ、改心したんだと。
疑ってしまったけど、脅されている様子なんて少しもなかった。
そもそも、アルコル様が認めるくらいだ。
マロンさんたちの話は真実だとわかる。
じゃあ、やっぱり回復魔法も本当に習得したの?
私は心を決め、ディアボロ様に身を任せた。
黒い光に足が包まれると、身体を温かい電流が駆け巡った。
初めて感じる刺激。
不快ではなく、大切な人に抱かれているような幸福感……。
何というか……筆舌に尽くし難いという表現がピッタリだ。
願わくば、ずっと感じていたい。
気がついたときには、黒い光は消えていた。
そして、膝がスッキリしていることに気づいた。
いつも感じるような違和感がない。
私は…………立てた。
自分の両足で。
何をやっても動かなかった足が、自由自在に動かせる。
こんな日が来るなんて思わなかった。
両親とも抱き合い、自然と涙が零れる。
その後二人で色々とゆっくり話した。
“エイレーネ聖騎士学園”への入学を目指し、努力を積んでいるらしい。
キングストン家の人間であれば、無条件で入学できるだろうに。
私の怪我を治すため、不可能と言われた壁を乗り越えてくれた。
修行の話も聞いた。
アルコル様に師匠になってもらい、キングストン家伝承の“超成長の洞窟”に何週間もこもったと……。
ディアボロ様は想像もつかないほどの努力を積んだのだ。
これからも互いに婚約者であることを誓い合い、お茶会は終わる。
私たちの呼び方も、もっと親しみやすいものに変わった。
――ディアボロ、私はあなたを信じる。今や、あなたは私の目指すべき存在になった。
過去の行いを反省し、自分でけじめをつける。
簡単なように見えるけど、誰にでもできることではない。
自分と正面から向き合った結果なのだ。
私もそんな真面目な人間になりたい。
ディアボロ様ともっと一緒に過ごしてみたいので、“エイレーネ聖騎士学園”入学に向け、一層精進することを決めた。
今度はどんな一面を見せてくれるのだろうか。
ただし、一つだけ言わせてもらいたい。
他の女性と不必要に仲良くしないように。
私の婚約者なんだから。
マロンさんのディアボロを見る目は、恋をしている女性の目。
私は決して逃さない。
実を言うと、ラウームさんもちょっと心配。
ディアボロ様を見る目が乙女チックだったから。
あれはまさしく恋する乙女の視線。
どうして、良い年したおじさんがディアボロ様にそんな視線を向けるのかはわからない。でも、油断はできない。
私の強力なライバルになる可能性だってあるのだ。
何はともあれ、今の私は幸せだ。
――シエル・ディープウインドゥ。
その名が幸福の象徴になる未来は、そう遠くない気がする。
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