第11話:シエルの怪我を治そう
「シエル嬢、こんにちは。ディアボロです。今日はお時間をいただきありがとうございます」
「……」
シエルは何も言わない。
無表情で下を向いたまま、ずっと黙り込んでいた。
まったく、感情のこもらない瞳だ。
その細い身体はわずかに震えている。
年は俺と同じだから、彼女も14歳。
まだまだ人生はこれからなのに、俺のせいで台無しにされた。
その心境を想うと、そして断罪フラグの件を考えると胸が張り裂けそうだ。
「本日は、謝罪に参りました。あの……森での一件をきちんと謝りたいのです」
俺が言うと、シエルはメイドから紙とペンを受け取った。
さらさらと書くと、メイド伝いに渡される。
〔申し訳ございません。お帰りください〕
美しい字で、たった一文だけ書かれていた。
重く心にのしかかる。
あの事件があって以来、シエルは話すことをやめてしまった。
彼女が意思を疎通するのはメイドを通してのみ。
もちろん、学校でも筆談。
それほど、あの事件はショックが大きかったのだ。
原作では冷え固まったシエルの心を解かすことも、大事なエピソードである。
つまり、学園入学までに解決しなければ、俺は死んでしまうのだ。
良心の呵責と、断罪フラグの恐怖で精神が壊れそうになる。
「俺はあの日のことを忘れたことはありません。もちろん、謝って許されるとは思っていません。俺の魔力属性は闇ですが、必死に努力して回復魔法が使えるようになりました」
そこで、初めてシエルは顔を上げた。
正面から視線と視線がぶつかる。
お前の言っていることは本当か? と眼で訴えられているようだ。
ディープウインドゥ夫妻もまた、顔を見合わせている。
「本当なんです。お願いです……シエル嬢の足を治させてください。俺は変わりました。自分の行いを反省してます。少しでも罪を償わせてください」
父上やラウームのときと同じように頭を下げる。
俺の礼に価値があるなんて思えない。
それでも、ただただ気持ちを示すことしかできなかった。
何時間かのような沈黙を感じた後だ、視線の先にス……と一枚の紙が差し出された。
〔とうてい信じられません。お帰りください〕
……ダメか。
いくら頼んでも、シエルは取り合ってくれない。
今までろくに顔も合わそうとしなかったのだ。
当然だろう。
これも全部、ディアボロの暴虐ぶりのせいなんだよな。
俺は変わったのだが、変わったとは伝えられない。
やるせない気持ちを抱く。
諦めて帰ろうとしたとき……マロンの言葉が静寂を切り裂いた。
「恐れながら申し上げます。ディアボロ様の仰っていることは真実です! ディアボロ様は本当に変わられました。私の持病も闇属性の回復魔法で治してくださいました。そのおかげで、毎日走り回れるようになったのです」
思わず、マロンの顔をジッと見てしまった。
片や、彼女はキリッとした目でシエルを見つめている。
――俺を……助けてくれるのか……?
呆然としていたら、今度はラウームが口を開いた。
「マロンが言うように、ディアボロ様は完全に改心なされました。キングストン家の執事長、このラウームもまた覚悟を持ってお伝えできます。ディアボロ様は以前のような暴虐令息ではありません」
「マロン……ラウーム……」
二人とも俺の味方をしてくれている……。
最初はあんなに嫌われていたのに……。
嬉しさで胸がじんわりと温かくなる。
「ワシからも一言言わせてもらおうかの。ディアボロは類まれなる才能の持ち主じゃ。回復魔法を習得しおった。魔法の腕だけはたしかじゃよ。クソガキ・オブ・クソガキじゃが」
アルコル師匠まで……。
願わくば後半も褒めてくれたら嬉しかったけど。
俺は何て良い人たちに恵まれたんだ。
シエルは何かを考え込んでいたが、さらさらと何かを書く。
車椅子を自分で動かし、今度は直接渡してきた。
〔……わかりました。そこまで言うのなら治してください。あなたのせいで動かなくなった私の両足を〕
ありがとう、シエル。
チャンスをくれて。
絶対に失敗はできないぞ。
心してかかれ、ディアボロ。
深呼吸し精神を統一する。
両手をシエルの足にかざし、意を決して魔法を唱えた。
「《闇の癒し》!」
マロンたちと同じように、シエルが黒い光に包まれる。
突然、シエルの顔が歪んだ。
しかし、苦しそうな表情ではない。
恍惚とした様子だ。
こ、これはまさか……!
「んぁっ……ぁぁぁ~んっ!」
シエルは両腕で身体を抑え、くねくねとなまめかしく動く。
え、え、え……今回もあれが起きちゃうの?
単なる偶然の連続じゃなかったの?
途端に、ディープウインドゥ夫妻の表情が硬くなる。
「「……ディアボロ様?」」
「ち、違うんです! 違います! これは違うんです! 信じてください!」
必死になって弁明していたら、シエルの嬌声が止んだ。
ホッとなると同時に、俺は心配になる。
ちゃんと治癒したんだろうか。
「こ……これで、治ったのですか……?」
シエルは呆然と呟く。
鈴がリンリンと鳴るような大変に美しい声だ。
この世界に来て、初めて彼女の声を聞くことができた。
もちろん、さっきのはノーカンだ。
何がとはわざわざ言わないが。
「シエル嬢、今の魔法であなたの怪我は治りました。もう歩けるはずです」
「い、いや、しかし……あれ以来、私は一度も立ち上がったことがありません……」
「お願いです。俺を信じてください」
俺はシエルの手をそっと握る。
彼女はしばらく俯いていたが、やがて覚悟を決めたように力強く言った。
「わかりました……頑張ってみます…………えいっ!」
シエルは目をつぶると、勢いよく……立ち上がった。
フラフラするものの、しっかりと自分の足で立っている。
徐々に、ディープウインドゥ夫妻の目は丸々と大きくなってきた。
「「シ、シエルが立った!?」」
応接間は大歓声に包まれる。
シエルは呆然としていたが、徐々にその顔に喜びがあふれ出した。
「す、すごい……ですわ! あんなに動かなかった足が動くようになるなんて……! ずっと……ずっと動かないと諦めていたのに……!」
「これは奇跡だ! 奇跡が起きたんだ!」
「あぁ! シエルが立てるようになれるなんて!」
シエルは両親と一緒に手を取り合り、嬉しそうにダンスする。
その顔には涙もメイル。
怪我は完全に完治したようだ。
無事に治せて安心した。
「じゃ、じゃあ、俺はこれで失礼しますね」
そそくさと出口に向かう。
俺の役目はもう済んだからな。
余計なことはせず、静かに退散しよう。
「お待ちください、ディアボロ様」
扉に手をかけたとき、シエルが凛とした声で俺を呼び止めた。
まさか、止められるとは思わず急いで振り返る。
「は、はい、なんでしょうか」
ドキドキしながら尋ねた。
あまり良いことではない気がしたのだ。
足は治せたが、心の傷まで癒えたわけではないだろう。
俺が戦々恐々としていたら、彼女は淡々と告げた。
「まだちゃんとお礼を言っておりませんわ。一度……ゆっくりとお話ししましょう」
お忙しい中読んでいただき本当にありがとうございます
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