第10話:最強なる断罪フラグ
「ディアボロ様ー! 見てください! 蝶々と追いかけっこするのが夢だったんです! 私って足速いですかー!?」
「ははは、あまり走りすぎるなよ。仮にもまだ病み上がりなんだから」
「もう大丈夫ですよー! 咳だって、いくら走っても全然出ないんですから! これでディアボロ様をどこまでも追いかけることができますね!」
マロンの病気を治してから数日後。
彼女はすっかり元気になった。
今までの鬱憤を晴らすかのように、毎日庭という庭を走りまくっている。
マロンはたまに謎のセリフを言うのだが、それも別に問題ないだろう。
断罪フラグの解除もそうだが、笑顔のマロンを見ると頑張ってよかったと思う。
「あの……ディアボロ様……」
ほのぼのと眺めていたら、傍にいたラウームがおずおずと話しかけてきた。
「ん? どうした、ラウーム」
「あ、いえ……」
ラウームはもじもじとしている。
一応、彼との仲も修復されたはずだ。
マロンの病気を治した後、きちんと感謝もされた。
ラウームもまた断罪メンバーの一員なので、彼とも友好的な関係でいたい。
五十肩も治したことだし、俺の評価はよくなっていると信じたいが……。
「何かあったら遠慮なく言ってくれ。俺にできることだったら何でも力になるよ」
「で、では……意を決して、お話しさせていただきます」
「う、うむ」
な、なんだ?
ラウームの表情は硬い。
以前の俺に対する視線のようだ。
何を言われるのか緊張し、ゴクリ……と唾を飲んだときだ。
ラウームはカッ! と目を見開きながら言ってきた。
「私にもう一度、回復魔法を使っていただけないでしょうかっ!」
「え!? どこか具合悪いのか!?」
マジかよ、ヤバいって。
ラウームはまだ体調が悪かったらしい。
それはつまり、彼の断罪フラグが残っていることを意味する。
今すぐにでも解除したい。
「い、いえ、そういうわけではなく……」
「遠慮することはないぞ、ラウーム。俺の回復魔法はみんなのためにあるんだ」
「た、体調は問題ないのです」
「え? そうなの?」
なんか具合は良いらしい。
たしかに、血色はいいし、風邪をひいている様子もない。
じゃあ、なんで回復魔法を? ……と疑問に感じていたら、ラウームはもじもじと言った。
「健康は問題ないのですが……ただ……その……気持ち……よくて……」
ぼそぼそ喋るばかりで、よく聞こえない。
ハッキリ言ってくれたまえよ。
こちとら命がかかっているんだから。
不安には思ったものの、健康は健康らしい。
まったく心臓に悪い執事だ。
アルコル師匠が駆けるマロンを呼ぶ。
「おーい、マロン。修行を再開するぞ。さっさと戻ってくるんじゃー」
「はい、アルコル様! ただいま戻ります!」
ちなみに、アルコル師匠はというと、マロンの魔法訓練を担当するようになった。
父上も許可しているので、メイドの仕事の合間に修行をしている。
なんか、俺に教えることはもうないようだ。
最初はあんなに嬉々としていじめてきたのに……あの修行の日々が懐かしい。
もう一度やってもいいぞ。
「今日は《火炎球》の特訓じゃ。気絶するまで指導するからそのつもりでいるんじゃよ」
「ディアボロ様に少しでも近づけるよう、精いっぱい頑張る所存でございます!」
いや、やっぱいいわ。
もちろん、修行は楽しかったよ。
魔力を出しただけでも感動したもんさ。
だが、きつかった……。
ボーリング玉を背負ったマラソンはきつかった。
将来に迫る命の危機と、ランナーズハイみたいな気分でどうにか達成できたんだ。
「……《火炎球》!」
「おぉ、貴様もディアボロに負けず劣らずの才能の持ち主じゃ」
庭の端っこで、巨大な火球が生成される。
マロンは秘めた火属性の才能が開花されつつあるようで、日々成長を重ねている。
今も顔に熱が伝わるほどだ。
彼女の病気が治せなかったら、あの炎で焼き殺されていたというわけか。
背筋が冷たくなるな。
頭寒足熱ならぬ、背寒顔熱だ。
寒気を感じたところで、俺はそっと本邸へと歩き出す。
「あっ、ディアボロ様、お待ちください。私もお供いたします」
「いや、大丈夫だよ。アルコル師匠に修行を見てもらいな」
マロンの断罪フラグは無事に解消できた。
だが、これで問題が解決したわけではない。
メインストーリーで一番の断罪フラグが残っている。
――シエル・ディープウインドゥ伯爵令嬢。
俺の婚約者が関わるフラグだ。
彼女もまた体に不調を抱えている。
マロンの次は、シエルの問題を解決したい。
俺と父上は相変わらず、本邸と離れの関係だ。
まぁ、この辺りは立地の問題もあるからな。
いずれは本邸の方にも住んでみたい。
頑張って努力したからか、こちら側の使用人たちに怯えられることもなくなった。
「父上、ディアボロでございます。失礼してもよろしいでしょうか」
「……入れ」
父上の塩対応も、以前よりずっと良くなった……と思う。
誰だお前は、とか言われなくなったしな。
中に入ると、父上は手を止めて俺を見た。
「何か用か?」
心なしか、視線も柔らかく感じる。
関係が修復され始めているようで嬉しく思うが、これから切り出す話題を考えると喜んではいられない。
「父上……シエル嬢に会わせていただけませんか?」
「……なんだと?」
やはり、父上は厳しい表情となった。
ディアボロの記憶をたどると、シエルの件は“触れてはいけない話題”という認識になっていたようだ。
だが、そんなことも言ってられない。
「シエル嬢に、あのことをきちんと謝りたいのです」
「……森での一件か?」
「はい」
俺とシエルの婚約は、生まれたときには決まっていた。
俗に言う契約結婚だ。
ある日、二人で森に遊びに行ったとき、ディアボロがシエルを小さな崖から突き落とした。
ちょっとしたいたずらのつもりだったようだ。
結果、シエルは膝を壊してしまい、車椅子生活を余儀なくされた……。
ディアボロの暴虐ぶりが際立つエピソードだな。
原作をプレイしているときは、ディアボロにずいぶんと腹を立てたものだ。
いくら俺が公爵家の令息だろうが、さすがに両家は揉めたらしい。
当然だ。
しかし、ディープウインドゥ家も伯爵という体裁があるので、表面上は丸く収まったらしい。
表面上は。
もちろん、両家の間にはまだ深い溝がある。
婚約者同士の関係なのに、ろくに会っていないのがその証拠だった。
「ディアボロ、お前は自分が何をしたかわかっているのか?」
「はい、わかっております。正面から向き合って、謝罪の意を示したいと思います」
「……シエル嬢はお前に会ってどう思う? 自分の両足を奪った男だぞ。そもそも、あのときにきちんと謝罪しなかったではないか。今さら謝ったところで、もう遅いのだ」
あろうことか、ディアボロはろくに謝らなかったらしい。
不慮の事故だったとか、シエルの不注意だったとかで、あくまでも自分の非を認めようとしなかった。
俺は公爵家の息子にもかかわらず、ディープウインドゥ家に踏み入ることを禁止されている。
最悪な過去があるためだ。
実質出禁みたいな感じだな。
「お願いです、父上。回復魔法で彼女の足を治させてください。何より、一人の男としてきちんとけじめをつけたいのです」
俺は転生した身だが、もうディアボロだ。
自分の行いで女の子が苦しんでいるなんて、良心の呵責に耐えられない。
必死に頭を下げて頼み込む。
父上はしばし黙っていたが、やがて静かに言ってくれた。
「……よかろう。ディープウインドゥ家には我輩の方から連絡しておく」
ホッと胸をなでおろす。
主人公と出会う前に、俺が回復させなければ…………死ぬぞ。
突然訪ねては失礼ということで、一週間後に正式な対面の場が設けられることになった。
□□□
ディープウインドゥ伯爵家は、キングストン家の屋敷から馬車で小一時間ほどの距離だ。
すでに、俺は到着していた。
他には、マロンにラウーム、その他の使用人も何人かいる。
父上は仕事で不在だ。
「馬車に乗るなんて何十年ぶりかわからんの。いつも飛翔魔法で飛んでいくから。ヒャーイヒャイヒャイ!」
そして、まさかのアルコル師匠。
何か面白ろそうだから、とか言ってついて来ちゃった。
無論、父上から屋敷では静かにするように、ときつく言われている。
目の前に佇む建物は、白を基調とした外壁にネイビーブルーの屋根。
清廉潔白な印象を受ける。
我が家ほどではないが、ここも巨大な屋敷だ。
ディープウインドゥ家の使用人が出迎えてくれた。
アルコル師匠を見るとざわつくものの、すぐに静かになった。
父上は俺の師匠だと、しっかり話を伝えてくれたらしい。
俺もいるわけだが、さすがにあからさまな態度は見せない。
だが、やっぱり厄介者が来た……みたいな雰囲気を感じるな。
そのまま、応接間まで案内された。
室内にはディープウインドゥ夫妻がいる。
二人とも、微妙な面持ちで俺を見ていた。
待つこと数分……車椅子に乗った令嬢が、メイドに押されてきた。
ハーフアップにした深い藍色の髪に、藍色の瞳。
陶器のごとく美しいオーラは、見る者を強烈に引き込んでしまう。
原作でも一二を争う人気キャラ。
「……」
俺の婚約者で、このゲーム最大の断罪フラグ――シエル・ディープウインドウが姿を現した。
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