肉片
昼ごはんはフライドチキンだった。身なりを整えるのが面倒だったので、眼鏡とマスクを着けてテイクアウトすることにした。
単調な新興住宅街を抜けると、生臭い水の匂いのする水田が広がる。さらに車を走らせ、ショッピングモールの辺りに来ると少し混雑していた。
車に乗ったまま、ずっしりと重いチキンの箱を受け取る。紙製のそれは油が染みそうで嫌だったが、袋代が勿体ないのでそのまま持って帰ることにした。
「ただいま、チキン買ってきたよ」
「ありがとう。あれある?あの、骨のないやつ。」
「あるんじゃない、セットのやつ買ってきたからわかんない」
「腹減った。」
「わかってる」
綺麗に掃除されたダイニングテーブルを拭いて、チキンと飲み物を置いた。洗い物が面倒くさそうだが、折角なので大きな皿に綺麗にチキンを並べた。
「準備できたよ」
髪を無造作にまとめ、席に着いた。しばらくして、二名の空腹がそろった。
サイダーの泡は慌ただしく登っていた。
「おいしい?」
「おいしいけど油回ってない?」
「そうかもね」
「俺さ、骨ないほうが好きなんだよね。」
その瞬間、肉片が私の胸元に飛んできた。すぐに小さな染みができた。
「ごめん、汚い。」
彼は私の胸に手を伸ばす。
私はその手をつかむ。
「…え」
私は肉片を口に含んだ。水っぽいそれは、無味だった。咀嚼することなく、そのまま私の一部になった。
彼の唾液は、彼の体になるはずの肉は、鶏の命の一部は、私になった。
沈黙が流れた。もうどうでもよかった。
乾いた私の唇を、油で汚れた彼の唇に重ねた。口の周りまで唾液でべたべたにして、ただ弄った。彼は私にされるがままになっていた。
曇った日の昼下がり、流れる時間はゆるやかだった。