13、公爵領への誘い
「アメリア、俺と一緒に公爵領に来てくれないか?」
セドリックの言葉に、アメリアはきょとんと瞬いた。
「私も、ですか……?」
「ああ。……お前が研究所で働きたいのはわかっているから、もちろん無理にとは言わない。断ってくれても構わないし、気分転換に遊びに来るくらいの気持ちでもいいんだ」
私は仕事がありますので、ときっぱり断れなかった。
今の喪失感を癒す時間が欲しい気もするし、セドリックと離れるのを寂しく思う自分もいる。ああ、でも、研究所に入ったばかりで迷惑もかけられないし、何もかも投げ出して逃げるみたいで無責任だ。
ぐるぐる悩むアメリアに、セドリックは「懸念していることがあるならなんでも言ってくれていいぞ」と言った。
「私が行ってもお役に立てることはないのでは?」
「そんなことはない。……『ケイ様付きの主治医』として王都を離れるが、公爵領では秘匿するしな。屋敷に閉じこもっているわけにもいかないし、領内の診療所の手伝いをしようかと考えている。薬学の知識があるアメリアが一緒だと嬉しい」
「研究所にご迷惑をかけるかもしれないし」
「所長に伺ってみたら、セスティナ公爵領にある薬草園に興味を示してくれてな。研究所には籍は残したままで、研究自体は公爵領でもできるから良いと言ってくれたぞ」
セドリックはアメリアの懸念材料を丁寧に潰していく。
「他は?」
「他は……」
素直に甘えろ、と言われているようでアメリアは言葉をうまく紡げない。
(セドリック様はこんなひとだったっけ?)
優しい瞳ははっきりとアメリアを案じていた。
それを、嬉しいと感じてしまう。
アメリアだけに向けられた思いやりに胸が詰まり、顔を上げればまっすぐにこちらを見つめてくる瞳と目が合って逸らしてしまう。
アメリアは――懐から出した小瓶をセドリックの前に置いた。
「これは?」
怪訝に問われる。
「あの……例のリス薬です」
「は⁉ また作ったのか⁉ いつの間に?」
「えと、実はケイ殿下の依頼で……」
どうやらセドリックはアメリアがジェイドのためにリス薬を作ったことを知らなかったそうだ。かくかくしかじかの理由でジェイドに渡し、リス化したことで暗殺者の手に落ちるのを免れたのだと説明した。これはその時の余剰分だ。
「セドリック様、飲んでくださいませんか?」
「なぜ……っ⁉」
「人間の姿だと話しにくいんです。解毒剤もちゃんとあります」
「………………。訳が分からんが……飲めば、いいのか……?」
どんぐり印の薬を開栓したセドリックは劇薬でも煽るようにぐいっと中身を呷った。改良版は即効性がある。飲んですぐに顔を顰めていたセドリックはたちまちにリスの姿に変化した。
ぽと、と床に落ちたセドリックは「これでいいのか……?」とつぶらな瞳で見上げてくる。
アメリアは両手で救い上げると、柔らかい身体をそうっと抱きしめた。
「は⁉ え⁉ アメリア、なんっ……」
「セドリック様、私、研究所の同僚に告白されました」
「はっ⁉ ま、まさか、あいつか、あの赤毛の――」
「それをセスティナ公爵に見られ、セドリック様には黙っていてほしいとお願いしました。よくよく考えればすぐに報告しなければ誤解を生んでしまいそうなことなのに、申し訳ありません」
「……こ、断った、んだよな? それなら、俺は別に……」
「それをケイ殿下に相談したんですが」
「まさか殿下までお前を口説いたのか⁉」
リスがアメリアの胸元で暴れまわる。
「いえ。殿下は、セドリック様と婚約破棄したくなったらいつでも言うようにとおっしゃいました。セドリック様を国外追放するから任せろ、と」
「あのクソ殿下っ……!」
「その時に、『もしもセドリック様を国外追放したら、私はどうするのか』と聞かれました。ついていくのか否か、と。私は、……私はその時、セドリック様がどこかに行かれるならついていきたい、と漠然と思ってしまったのです」
離れ離れになるのは嫌だなあ、と。
そして今、セドリックが王都を離れると聞いて動揺し、一緒に来ないかと誘われて安堵している自分がいる。
「この気持ちを、うまく説明できません」
恋と認めるのに心のどこかでブレーキがかかっている。
セドリックの顔を見て話す勇気が持てずにリスに語りかけると、アメリアの手から這い出したリスは「ついてきて欲しい」とはっきり言った。
「俺は、アメリアと一緒にいたい。離れたくない」
ああ、まただ。
アメリアの胸がぎゅうっと軋む。
嬉しくて、ちょっぴり切ない。
「同じ気持ちなら一緒にいよう」
ざあっと部屋の中を風が吹き抜けた。
もしもこの場にケイがいたらさんざんからかわれただろう。
人はいつ、いなくなってしまうかわからないのだから、一緒にいたいと思うなら素直にその気持ちに従うべきではないのか……。
失うことを、恐れずに。
「……はい、セドリック様。私も連れて行ってください」
リスに向かって微笑む。
丸い目でアメリアを見上げたリスは顔を覆った。
「……頼む、アメリア。早く人間に戻してくれないか?」
「あ、すみません。リスの姿の方が話しやすいからと、つい……」
「お前が話しやすいなら別に構わないが、この姿では抱きしめることもキスすることもできないじゃないか」
アメリアはリスを落としそうなほど動揺した。
「キス……したいんですか? 私なんかと?」
「当たり前だろう、好きなんだから!」
急速にアメリアの顔が熱を持つ。
やっぱり、人間の姿に戻すのはやめようか。だけど、セドリックに迫られるのを嫌じゃないと思う自分もいて、……本当に変だ。こんな気持ち。
「アメリア」
「っ、はい……」
つぶらな瞳に見つめられて、私も好きかもしれませんと言いそうになってしまう。
愛らしい姿で見つめてくるのは反則だ。
当面はリスの姿でいてほしい――と思ってしまうアメリアは、リス薬の材料の在庫は残っていたかしらと冗談半分、いや割と真剣に考えてしまうのだった。
<第二部おしまい>
アメリアがセドリックを意識し始める部分であったり、セドリックの成長が描ければいいなと思って第二部を書きました。
思った以上に陰謀劇ありの暗めなお話になってしまって申し訳なく……それでも読みに来てくださった読者の皆様には感謝の気持ちでいっぱいです。
ここから二人のイチャイチャパートがはじまるであろう三部へと続けたいところではありますが、スケジュールの都合上、いったんここで区切りとさせていただきます。(ストックは結構前からゼロでした…)
三部、あるいは番外編などでまたお目にかかれたら嬉しいです。




