11、断罪
国教会の大聖堂には、国王、宰相、宰相補佐、大神官、高位神官たちが集まっていた。物々しい雰囲気の中、主役であるジェイドは姿を見せない。
即位のための神の祝福を受けるための儀式――というのは名ばかりで、この場で国王や神官たちに『王になる資質なし』と判断されればそれまでだ。遅刻をしてくるなど言語道断。ましてや、今頃ジェイドは暗殺者によって屠られているかもしれないのだ……。
宰相補佐ウジェールは口火を切った。
「陛下、お見せしたいものがございます」
その場の視線がウジェールに注がれた。ウジェールは懐から封の切られた封筒を取り出す。アメリアから奪い取ったケイの手紙だ。
「これはケイ殿下よりお預かりしたジェイド殿下宛ての手紙でございます」
白い便箋には一言、
❝僕には王になる資格はないのか?❞
「……と。国王陛下がジェイド殿下を王太子にご指名なさった時、ケイ殿下は傷ついておりました。同じだけ、ジェイド殿下も苦悩なさっていたように思います……お二人はとても仲の良いご兄弟ですから……」
――あなた様は現状をお嘆きになる手紙をしたためてくださればそれでよいのです。
――あとは私がいかようにもします。
――長子たるあなた様を差し置き、弟君の方を選ばれるなどおかしな話だとは思いませんか。
ウジェールがケイを説き続け、手紙を書くように促したのだ。
邪険に扱われていたが、ようやくケイは決断してくれたらしい。
人の好き嫌いが激しいケイの離れに入ることを許されている人物は数少ない。ウジェールは自分はケイに心を許されているのだと自負していた。
「どうか、今一度……、ケイ殿下を顧みられていただけませんか?」
「――陛下の前で口が過ぎるぞ、ウジェール!」
宰相が鋭く叱責した。
「陛下がお決めになられたことに一介の補佐官が口を挟むなど……分を弁えよ!」
宰相は幼い頃から第二王子のジェイドの方に目をかけてきた。
ジェイドが即位すれば今の地位は盤石だとでも思っているのだろう。
(忌々しい。その地位から引きずり落としてやる)
ウジェールは殊勝な態度で腰を折った。
「申し訳ありません……。私はただ、ケイ様が不憫で……」
あくまでケイに肩入れしているだけだと言わんばかりの態度をとる。
うなだれながらもウジェールはほくそ笑んでいた。
――儀式の時間は大幅に過ぎている。
「……しかし、ジェイド様はなぜ現れないのだ?」
「御身になにかあったのでは……」
そこへ、国王陛下の側近が駆け込んできた。「陛下、至急お耳に入れたいことが」、囁く内容はおそらく「ジェイド殿下が行方不明です」。
うまく逃げおおせたのか、はたまた既に始末されたのかはわからない。
だが、ケイからジェイドに宛てた手紙を読んだ者たちはこうも邪推するだろう。
まさかジェイドはケイにその座を譲ろうと考え、自ら姿を消したのでは……と。
「――ん? まだ始まっていないのか? 何をしているんだ」
入り口から聞こえた凛とした声。
「ケ、ケイ殿下⁉」
「療養中のはずでは……」
その場にいた者たちは驚いたように、ウジェールだけは「お待ちしておりました」と心の中で囁いて、――第一王子ケイを迎え入れた。
ジュストコールを身にまとったケイは、これぞ王族と言わんばかりの品格がある。 背後には、なぜかセスティナ公爵家の子息が従者のように控えていた。
宰相や神官たちがケイの姿を見るのは久しぶりのはずだ。そして後ろめたさもあるだろう。療養中のケイの元に足繫く見舞いに通っているものなどウジェールくらいだ。ケイが王太子位につかないとわかった途端、彼らはケイを見捨てたのだから。
国王陛下は静かなまなざしを向けた。
「ケイ、体調はいいのか」
「……ええ。かいがいしく世話を焼いてくれる薬師のおかげですこぶる良くなりました。ですので、呼ばれていないにも関わらずこの場にやってきてしまったのですが……、主役のジェイドは来ていないようですね」
このままジェイドが来なければいい。
ウジェールは興奮した面持ちで拳を握る。
今だけでいい、元気なケイの姿を見せつけてくれれば。
ケイにも王位を継ぐだけの器があるのだと神官たちの目にうつれば。
ジェイドが、失踪してくれれば。
――ケイを次期国王に押し上げ、実権を握るのはウジェールだ。
(さあ、ケイ様。第一王子として産まれながら王位を弟に奪われるなど、忸怩たる思いでしょう? ジェイド様さえいなくなれば、この国はあなたのものだ!)
ケイと視線が合う。
ウジェールは「私はあなたの味方ですよ」とアイコンタクトを送る。
ケイは――にこやかに微笑んだ。
「それは?」
「これは、ケイ殿下からジェイド殿下への書状です。殿下付きの薬師の娘に頼まれ、私が預かりました」
「ほう? ジェイドに渡す前にお前が勝手に開けたのか?」
目を眇めるケイにウジェールはややたじろぐ。
「……ケイ殿下の名を騙った偽物からの手紙の可能性もありますから」
「で、お前はそれを本物と判断したわけだな。なぜだ?」
「なぜってそれは……」
ウジェールがそうするようにケイに頼んだからだ。
儀式に合わせ、現状の不満をアピールする手紙を書いてほしいと……。
「ケイ殿下の署名がありますから」
「『K』というイニシャルだけしか書いていないように見えるが、それが俺だと?」
「っ、……封蝋はケイ殿下のものですし」
「本当か? よく見てみろ」
洒脱にレタリングされたKの封蝋はケイのもので間違いはないはずだ。
だが、よくよく見るとKではない。角度を九十度回せば、『>_<』と笑っているのだか困っているのだかわからないイラストになっているではないか。
「な、んっ」
「セドリック」
「はい」
ケイに命じられたセドリックが「失礼します」とウジェールの手から手紙を奪った。
「『僕の名を騙った者からの手紙ではないか』と精査した結果がこれか?」
「それはっ」
「偽物の手紙でこの場を混乱させようとするなど、なんと愚かな! この者の申していることはすべてでっち上げだ! 王太子を貶めるような発言は断じて許せぬ。次期国王の座はジェイドこそがふさわしい!」
高らかに宣言したケイは、ウジェールに聞こえるように囁く。
「……こざかしい真似をしやがって。いつ僕が王位が欲しいなどと口にした?」
「っ」
そんな、私はケイから信用されていたはずだ。
信用され、彼の境遇に同調し続けたからこそ、邪険にされながらも部屋に入ることを許可されていたはずで……。
(信頼されていたのではなく、怪しまれていたのか?)
ケイの目の届く範囲で踊らされていたのか。
国王はウジェールとケイを睥睨した。
「……その肝心のジェイドは姿をくらませているようだが?」
ヒッ、と声を上げるウジェールに、ケイは余裕の微笑みを見せた。
「ジェイドは来ますよ。必ず」




