10、陰謀劇の裏側で
「あーっはっはっは。何その顔、お前って本当にわかりやすいね」
指を差されて爆笑されたセドリックはむすっとしてしまう。
そりゃ不機嫌にもなる。
ケイにあたえられた課題をこなし、目通りを願うと存外あっさりと入室を許可された。だが、ケイに指示されたのは『指定の日時にケイの元を訪ねてくること』『ケイがいいと言うまではクローゼットルームに隠れていること』だった。
訳が分からない、と思いながらもセドリックは言うとおりにした。
程なくしてアメリアが訪ねてきたかと思えば……。
「申し訳ありません。私の婚約者とずいぶん親しくされていらっしゃるようなので」
アメリアに食事の介助をさせ、ラブレターなどといって思わせぶりな態度をとり、あまつさえキスをしていたようなリップ音まで聞こえた。これを怒らずにはいられようか。
幸い、アメリアにその気はないようだったのでほっとした。
……いや、アメリアは誰に対してもそうだ。セドリックのことだって拒んだではないか。
「アメリアのこと、大事なんだね」
「はい」
「ふーん。じゃあ、もし、アメリアが暴漢に襲われてたら、きみはアメリアを襲った男をその場で殺せる?」
「はい」
「僕とアメリアが同時に襲われていたら?」
「それは、」
臣下としてのありようを問われているのならケイをとらねばならない。
「アメリアです」
だが、セドリックは正直に答えた。
たとえアメリアがセドリックのことを嫌いになったとしても、セドリックはアメリアのことを守り続けたいと思っている。偽らざる気持ちだ。
「ふーん……」
ケイは笑った。
「いいよ。合格」
「は?」
「出かける。着替えるから手を貸せ」
「私がですか?」
「お前以外に誰がいる」
従者でもメイドでもないのに、なぜセドリックがケイの身支度の世話をしなければならないのだろう。戸惑いながら手を貸すと、体重をかけられたケイの身体は驚くほど軽く、そして紫紺病特有の肌の変化は背中にまで広く及んでいた。
よくもこれで元気な様子を保てているものだ。
出歩くなどと言語道断。
医者の端くれとしてとてもではないが了承できるような病状ではない。
「殿下……」
「命令だ。付いてこい」
凛とした翡翠の瞳。
有無を言わせぬ決意の色にセドリックは唇を噛んだ。
この方は、命を懸けて何かを為そうとしている。
◇
どうにかこうにか王宮の奥、王太子の執務室周辺まではたどりつけたアメリアだったが、ついに衛兵たちによって足止めされた。
部屋の周囲はやけに物々しい雰囲気だ。殺気立っていると言っても良い。
「なんだ、貴様は!」
「……私はセスティナ公爵家に身を寄せているアメリア・パーシバルと申します。至急、ジェイド殿下にお渡ししたいものがあり、お目通りをお願いしたく……」
「ダメだダメだ。今は取り次ぐことはできん!」
公爵家の名前を出しても追い返される。
(ケイ殿下……。どう頑張っても無理そうなんですが)
必ず直接渡すようにと申し使ったが、まさか兵をなぎ倒して渡れと言うわけでもあるまい。困ったなあとうろうろしていると文官らしい男が寄ってきた。
「待て、そなた、確かケイ殿下の薬師ではないか?」
「私のことをご存じで?」
「ご存じも何も、一度殿下の離れで会ったことがあるだろう」
古式ゆかしいカールヘアの中年男だ。
アメリアは顔覚えが悪いが、個性的な髪型の男は確かにみたような覚えがある気がした。
「ジェイド殿下に渡すものとはなんだ? まさか、ケイ殿下から何かを預かってきたのか?」
「お話しできません」
断るとカール男は頬を赤らめた。
「なっ、宰相補佐官である私の言うことが聞けないと⁉ 薬師ごときが生意気な……」
忌々しそうな顔をした男は衛兵の一人を呼び寄せた。
「どうかなさいましたか、ウジェール様」
「この娘が怪しいものを隠し持っているようだ。調べよ!」
(まずい、ケイ殿下から預かった手紙が……)
焦るアメリアの背中に何かが飛びついた。するすると肩まで登ったその動物がチチッと鳴く。
「な、リス? どこから入ってきたんだ」
「お前のペットか?」
突如現れた野リスにウジェールと言う宰相補佐官と衛兵は眉根を寄せる。
❝やつらに渡して❞
喋るリスに囁かれたアメリアは懐の手紙を出した。
「怪しいものではございません。私は、ケイ殿下からジェイド殿下にお渡しするようにと手紙を預かってきただけで……」
「本当だろうな」
「本当です」
衛兵に凄まれたアメリアは殊勝な態度をとる。
ウジェールはその手紙を自分の懐に入れた。
「ふむ、ご苦労。ならばこの手紙は私からジェイド殿下にお渡ししておこう」
「ですが……」
「何か文句でもあるのか!」
「……ありません。よろしく、お願いいたします」
「わかればよい。さあ、とっとと仕事に戻れ」
追い返されたアメリアは落ち込んだふりをしてその場を離れた。
こっちだ、と囁かれるリスの言うままに渡り廊下を歩く。ひと気のない中庭に出てからアメリアはそっと口を開いた。
「ジェイド殿下であらせられますよね?」
もふっとした身体に賢そうな瞳。
けものの姿だがどことなく品がある。
「その通りだ。きみから事前に渡されていた薬のおかげで難を逃れたよ」
――秘密裏にリス薬を作り、ジェイドに渡すこと。
ケイ付きとなってすぐに命令されていたことだ。
ケイは用途は口にしなかったが、悪用は決してしないと誓ってもらった上で薬を作り、ジェイドに渡した。「渡せばジェイドならばわかる」と言われたので、ガラスの小瓶にドングリのラベルを貼っておいたのが、それがいつ、どのようなタイミングで使われるかはアメリアにはわからなかった。
「すごいな。秘密裏に話は聞いていたが、本当にリスの姿になれるとは……」
「セドリック様の時よりも改良しましたので、こちらこそうまく調薬出来ていて安心しました」
王太子が鳴き声しか出せなくなっては困るので、最初から喋れるようにしたのだ。
さすがに他人で実験をするわけにもいかず、アメリアは一度自分の身体で実験した。解毒剤を飲めば姿も元に戻せると立証済みだ。
「いったい何があったんです?」
「暗殺者らしき人物に襲われたんだ。咄嗟に物陰に隠れてきみのリス薬を飲んだ。……相手からしたら私が忽然と執務室から姿を消したように思うだろうな」
それはジェイドの側近たちも同じで、いきなり王太子の姿が見当たらなくなったら慌てるだろう。執務室周辺が騒ぎになっているのはそのせいらしい。
「さっきの手紙は渡してしまって良かったんですか?」
「ああ。おそらくあれは私の元へきみを遣わせるためのものだろう」
「ケイ殿下はどうして今日ジェイド殿下が襲われると知っていたんです?」
まるで何もかもわかっていたみたいに……。
不思議に思いながら尋ねる。
「今日は年に数度しかない大明日、古くから魔力が高まるとされる満月、そして守護神キアラの加護が得られる天赦日だ。即位前の王太子は幸運が重なる吉日に、大聖堂にて神に祈りを捧げることになっている」
「なるほど……」
「次期国王がすっぽかすなど、神官たちにとって示しがつかない」
「ジェイド殿下を即位させたくない人が妨害……というか殺そうとしてきたわけなんですね。それで、その儀式とやらは――」
「じきに始まる。パーシバル嬢、早急に解毒剤を頼めるだろうか?」




