8、突然の告白
「アメリア⁉ アメリアじゃないの!」
久しぶりに王立研究所に顔を出すとレナが迎えてくれた。徹夜明けのボロボロの姿で縋られる。
「あんた、無事だったのね~! 王宮に連れてかれたまんまちっとも戻ってこないから心配してたのよう!」
「す、すみません」
「うっうっ、新薬開発もうまくいってなくってさぁ……」
「ほ、本当にすみません。顔を出しに来ただけで、またしばらく来れないんです……」
ぎっちり抱きしめられているので言い出しにくいことこの上ない。
疲労がピークらしいレナは「あーん、そんなぁ~」とショックを受けていた。
「アメリアさん。お元気そうで何よりです」
「所長」
奥の部屋からは研究所の所長、そしてレナと同じく疲れ気味のカーターが現れる。アメリアが抜けた分の負担があちこちにかかっているようだった。
「すみません。入所したばかりだというのに、皆さんのお力になれず……」
「アメリアさんが気にすることはありません。王宮に出向するような所員が在籍してくれているなんて私は誇らしいですよ。あなたはあなたの勤めをしっかりと全うしてきてください」
「はい。……お詫びと言ってはなんですが、ナッツのクッキーを焼きましたのでよろしければ皆様で召し上がってください。戻ってきた暁には一生懸命働かせていただきます」
差し入れのクッキーはその場で分けられ、「疲れた体に染みる……」と喜んでもらえた。カシューナッツと胡桃、ピスタチオを砕いて混ぜてある。
あまり長居をして邪魔になってはいけないと早々に研究所を後にするとカーターが追いかけてきた。
「アメリア、俺、送っていくよ!」
「大丈夫よ。まだ明るいし」
それに、アメリアを送っている時間があるのなら休んでもらったほうが良い気がする。だが、カーターは何か言いたいことがあるようだった。
「アメリア、お前……。戻って来るんだよな?」
「え?」
「……いや、王宮に召し抱えられるんじゃないかと思って。お前は王太子殿下の覚えもめでたいし、それだけの実力もあるだろ? このまま研究所を辞めちゃうんじゃないかって……」
「辞めないわよ」
「本当に?」
「本当よ」
入りたくて入った研究所なのだ。
「そ、そっか……。それならいいんだけど……」
カーターはようやく納得してくれる。
「そんなことを言うなんて、今、すごく忙しいのね。ごめんなさい、入ったばかりの私が抜けてしまって」
「え、いや、責めるつもりじゃないんだ。アメリアに居なくなって欲しくないと思って、不安になっちゃっただけで……、ほら、王宮の方が給料も良さそうだしな。ははは……」
「お金なんかに代えられないものがここにはあるわ」
軽口を言い合えるような同僚たちはアメリアがずっと欲しかったものだ。
カーターは感じ入ったような顔をしていた。
「アメリア……」
「それじゃあ、みんなによろしくね」
大通りに出たところでアメリアはカーターに別れを告げた。
歩き出したアメリアの手をカーターが掴んだ。がしっ、と勢いよく掴まれたものだからアメリアは転びそうになってしまう。
「きゃっ、どうし……」
「俺っ、アメリアが好きだ!!」
大きな声で告白されたアメリアはぽかんとしてしまった。
カーターの顔は真っ赤だ。
「……え」
「アメリアが帰って来るのを研究所で待ってるから!」
「…………」
真っ赤な顔に怒ったような口調。
だけどその目は真剣で、泣きそうでもある。
大の男の全身全霊の告白は、鈍いアメリアでも「愛の」告白だとわかった。友達として好き、と言いたいのならこんな風に強引な引き留め方はしないだろう。通行人たちはじろじろとアメリアとカーターを見ていたが、カーターはその注目さえも勢いに変えているようだった。
「……あの、私、婚約者がいるから……」
こういうときは断らなくてはいけない。
アメリアは便利な魔法の言葉を使って断ろうとする。
だが、カーターはそれを力づくで打ち砕いた。
「アメリアはあいつのことが好きなのかっ⁉」
「え、そ、それは……」
「親同士が決めた婚約なんだろう? 公爵邸を出て研究所に身を寄せるなんて、アメリアは本当は結婚なんてしたくないんじゃないのか⁉」
すぐに否定の言葉が出せなかった。
それをいいことにカーターは言い募る。
「俺はしがない男爵家の三男坊だ。アメリアの婚約者と比べたらちっぽけな男かもしれない。けど、もしも嫌々婚約しているんだったら、俺――」
ぐいっと抱き寄せられる。
セドリックとは違う腕だ。アメリアは本能的にカーターを突き飛ばした。熱くなっていたらしいカーターは一瞬で冷めたような表情になる。
「あ……、ごめん。俺っ……」
「近寄らないで!」
怒鳴ってしまってハッとする。
人々の視線が今度はアメリアに突き刺さった。そこへ――
「おや、アメリア。今帰りかね」
通りかかった馬車から声をかけられた。
窓からのぞいている初老の紳士は、
「セスティナ公爵……!」
「……そろそろお義父さんと呼んでくれてもいいんだが」
セドリックの父である公爵は馬車を降りた。
(私ったら道の往来で何をやっているんだろう)
カーターはあたふたと慌てて公爵に頭を下げると、バツが悪そうに去っていった。残されたアメリアの方は気まずく、公爵にどう説明していいものかもわからずに困ってしまう。
「あ、あの、公爵……」
「ちょうどよかった。一緒に帰ろう」
「は、はい、あの、でも……」
正直言って今は一人になりたかった。
馬車の中で公爵と差し向いに座り、世間話ができるような状態ではない。
「私、歩いて帰ります」
「乗っていきなさい。そんな顔の娘が一人でふらふらと歩くものではないよ。――おい、おまえ。そこを代わってくれるか?」
「はっ」
公爵は御者を下ろすと、自ら御者席に乗って手綱を握った。
「気分転換に風に当たりたいと思っていたのだ。空っぽの馬車を走らせても仕方がないからアメリアが乗るといい」
アメリアのことを気遣ったくれたらしい。
「公爵……、ありがとうございます」
「気にするな」
アメリアが馬車に乗り込むと御者が扉を閉めて見送ってくれた。
静かに動き出した馬車の中、アメリアは一人になれたことにほっとしてしまった。
(カーターが、私を、好き)
息を吐いたアメリアは、カーターに掴まれた腕をさすった。少し赤くなっている。
(なんか、……何も考えたくないな)
閉じこもっていた部屋から出ると、そこにはたくさんの自由としがらみがあった。
新しい出会い。友情。そして恋。
(好きとか嫌いとか、私にはよくわからない。そんなに今すぐ恋をしないとだめなの? 恋愛相手を決めないといけないものなの?)
セドリックにベッドまで運ばれた時はなんだか恥ずかしかった。
カーターに強引に抱きしめられたのはちょっと嫌だった。
それくらいでしか物事を図れない。やっぱりアメリアは色恋に向いていないのだろうか。
しばらくの間ぼうっとしていると、御者席にいる公爵から話しかけられた。




