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【書籍化】リスになってしまった婚約者が、毛嫌いしていたはずの私に助けを求めてきました。(※二部まで完結)  作者: 深見アキ
第二部

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2、アメリア、第一王子付きに抜擢される②

 アメリアが連れていかれたのは王宮にある離れだった。


 離れと言ってもアメリアが住んでいた質素な建物とは規模が違う。白亜の宮殿だ。

 庭には南国から取り寄せたという極彩色の花をつけた木が植えられ、大きな窓やバルコニーから庭を眺めればさぞ気持ちがいいだろう。


 王太子――ジェイドは「私に兄がいることは知っているかな?」とアメリアに尋ねた。


「は、はい。存じております」


 さすがにそれぐらいは知っている。

 というか、それくらいしか知らない(興味がないため)。


 確か、第一王子は身体が弱いからと言う理由で静養しているはずだ。だから、王太子に選ばれたのは第二王子のジェイドの方だと。


(第一王子の名前……、なんだったっけ?)


 焦るが当然答えは出ない。


 ジェイドは馬車の中でもアメリアを連れ出した目的を語らなかった。離れを前にして口を開いたということは、十中八九、第一王子についてのことだろう。薬学に精通しているアメリアに何かしらの薬を作らせようとしているのかもしれない。


「……兄上の名前は、ケイというのだけれどね」

「!」


 困り顔のアメリアを見透かしたようにジェイドが口を添えてくれた。


「は、はい。ケイ殿下ですね」


 うっかり本人の前で「お初にお目にかかります、……ごにょごにょ殿下……」とやらずに済んでほっとする。


「兄上の専属薬師を探していたんだ。先日の学会での発表や過去のレポートも見せてもらったよ。貴女は画期的な手法を試したかと思えば、古いまじないのような調薬法まで試していたり、実に柔軟な発想力の持ち主だ。兄上は少々気難しい性格だから、きっと貴女のような人を気に入ると思う」


「気難しい方なのですか?」

「会えばわかる」


「……かしこまりました。ですが、話し相手として私を望まれているわけではないのですよね。私はケイ殿下にどのようなお薬をお作りしたら良いのでしょうか?」


「……それも、会えばわかる」


 衛士に会釈をして離れに入る。


 入ってすぐにどぎつい香水の匂いが漂っていたのでアメリアはびっくりしてしまった。

 王妃殿下、あるいは見舞いの令嬢でもいるのかと思ったが、中には必要最低限と思しき使用人しかいない。


 二階にある部屋をジェイドがノックした。


「兄上、ジェイドです。新しい薬師を連れてきました」


 ややあって、中からメイドが扉を開けた。

 香水の匂いはこの部屋からのようだ。部屋の真ん中には広々としたベッドが置かれているが中は空っぽ。ケイは開け放たれたバルコニーに背を預けるようにして立っている。

「おお、女の子だ~」と嬉しそうにアメリアを見た。


(これがケイ殿下……。細身ではあるけれど、お元気そうに見えるわ)


 ケイは――容姿こそジェイドにそっくりだが、立ち居振る舞いはずいぶんと軽薄そうな青年だった。長い黒髪を横で結い、シルクの寝間着は胸元までだらしなくはだけさせている。


「お初にお目にかかります、ケイ殿下。私はアメリア・パーシバルと申します」

「パーシバル! 魔女の家系の子だね。僕をヒキガエルにする薬は作れる?」

「……ヒキガエルにする薬は作れません。リスにする薬は作れます」

「あっは! 面白い冗談だ。いいじゃんいいじゃん、前の薬師は口うるさいおっさんでさ~、どうせガミガミ言われるなら可愛い女の子からがいいよね」


 ケイはにこにこ笑う。

 だが、その翡翠色の瞳に酷薄そうな色が宿った。


「……魔女ちゃんは僕を治す薬を作れるのかな?」


 ケイが思わせぶりな態度で服の袖をまくった。


 片腕を露出したケイの行動にきょとんとしてしまう。

 だが、肘から手首にかけて紫色になっているのを見たアメリアはハッとした。


「紫紺病……⁉」

「正解。さすが博識だね」


 ケイは笑っているがジェイドはバツが悪そうな顔でそっと顔を伏せている。

 病状を伏せたままアメリアを連れてきたことを後ろめたく思っているようだった。なぜなら……。


(紫紺病は難病……、不治の病と言われている。治療方法は確立されていない!)


 古くからこの国でしばしば発症する原因不明の病だ。

 臓器が徐々に衰えていく病気なのだが、体力や筋力の衰えかたは人それぞれだ。ケイは動き回れるだけの体力はあるようだ。


 身体は元気なのに急に食欲が落ちた、息切れをするようになった、と発症を知ることが多い。皮膚のあちこちに鬱血のような跡が広がっていくのが特徴的な症状だ。特効薬はなく、対処療法しかない。


「発症されたのはいつです?」

「七年前。紫紺病患者はおおよそ十年以内に死ぬ。ボクの寿命はあと三年もつかどうかだねぇ」

「兄上」

「事実を述べただけさ」


 ケイは肩を竦めた。


「安心して。治す薬を開発しろと命じているわけじゃない。例えばさ、甘い薬とか作れないの? おいしい薬とかさぁ」

「おいしい薬ですか」

「あと面白い薬があったらぜひとも試してみたいな」


 ケイに悲壮感はない。

 あっけらかんと、自分の死を受け入れている。


「……善処させていただきます」

「うん。よろしく」

 

 にやっと意地悪そうな顔をしたケイは、友人に話すように気さくに笑いかけてくる。


 ジェイドは気まずそうに口を開いた。


「その、パーシバル嬢。兄上の病気のことは王宮内でもごく一部のものしか知らない。申し訳ないが、兄上の調薬は王宮内、もしくは公爵邸で行うように徹底してもらえるか?」

「もちろんです」

「……別に僕は公表しても構わないんだけどなぁ」

「一国の王子が不治の病を患っているなど、あまり公にすることではありません。罹患(うつ)る病ではありませんが口さがないものはどこにでもいるものです」

「はいはい。わかってるって」


 ケイの主治医はセスティナ公爵――セドリックの父親だった。

 アメリアはなぜ自分がこの大役に抜擢されたのかを理解した。どうやら、公爵がアメリアを推薦してくれたらしい。



 ◇ ◇ ◇



 アメリアがケイの元を辞すると、王宮の外ではなぜかセドリックが待っていた。


「あら、セドリック様。今お帰りですか?」


 てっきり王宮勤めの後だと思ったアメリアは小首を傾げる。セドリックはちょっぴり不機嫌そうに見えたが、アメリアは顔に笑みを浮かべてかけよった。


「ちょうどよかった……! お会いしたいと思っていたんです」

「な、お、俺と⁉」


 腕を組んで仁王立ちしていたセドリックはなぜかあたふたと慌てだした。


「そ、そうか。俺も――会いたかった」

「セスティナ公爵とお話がしたくて」

「……」

「それから、セドリック様とはしばらくお会いできなくなりそうなので」

「なんだと!?」

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