1、アメリア、第一王子付きに抜擢される①
思っていたよりも多くの反応をいただけましたので、もう少しだけお話を続けることにしました。
不定期更新になるかと思いますが、お付き合いくださいますと幸いです。
ピチチチチ……と小鳥の鳴き声で目が覚めた。
レースのカーテンからは日の光が差し込み、机に突っ伏したまま寝ていたアメリアの顔を照らす。よだれは垂らしていなかったが、変な体勢で眠ったせいで身体が悲鳴をあげていた。
「いたたた……、またやってしまった……」
読みかけの本が気になってそのままデスクで眠ってしまったらしい。
振り返ったら清潔なシーツがかけられたベッドがあるというのに……。凝り固まった背中の筋肉を伸ばしながらアメリアは立ち上がった。
ベッドと机、作り付けの本棚、そして小さなクローゼットがあるだけのこの部屋は、これまで住んでいた離れでもなければ公爵家の一室でもない。
アメリアはつい二週間ほど前から、王立研究所で寮生活を始めたのだ。
ポットからぬるい湯を手桶にあけて顔を洗い、白衣に着替え、クローゼットの中につけられた姿見でサッと髪を結う。
部屋を出て階段を降りると、赤毛の青年に声をかけられた。
「おはよう、アメリア。お前、また机で寝たな?」
「おはようカーター。……どうしてわかったの?」
三つ年上のカーターは入寮当初からよく声を掛けてきてくれる。
はじめは随分とかしこまられたものだが(婚約者が公爵家の嫡男なのだ。カーターは男爵家の三男である)、アメリアの方が年下で新入りなのだから普通に接してほしいというと友人のように話しかけてくれるようになった。
「顔に本の跡がついてるからだよ」
「えっ、嘘」
「嘘。カマかけただけなのに本当だったとはな~。ちゃんとベッドで寝ないと身体を壊すぞ」
「う……、こ、今夜はちゃんと寝ます……」
「本当だろうな?」
共用スペースに下りると、朝食を手にした女性研究者にも声を掛けられた。
名前はレナ。五つ年上のお姉さんだ。
飾り気のない女性で、亜麻色のソバージュヘアを後ろで一つにまとめている。
「おはよう、二人とも。今日のサンドイッチは寮長特製よ~」
大皿に乗ったサンドイッチを押しやられる。
昼食と夜食は雇いのメイドが準備してくれるが、朝食は寮内で当番制だ。
「わぁ。寮長って料理上手ですよね」
「あの人、寮生活長いから。ほらアメリア、コーヒー」
「ありがとう」
「聞いてくれよ、レナ。アメリアったらまた机で寝たらしいぞ」
「あらあら」
レナはくすっと笑った。
「そんなことばかりしてると、過保護な彼に怒られちゃうわよ?」
「カーターが口うるさいのはいつものことよ?」
「口うるさいって、お前なあ……」
すぐにカーターに反論されたが、レナは「違うわよ」と言った。
「アナタの婚約者様のこと。この寮に入る時だって、設備を点検して回らせてくれ、なんてごねていたじゃない」
「ああ……」
リス……、もとい美貌の婚約者様であるセドリックのことだ。
研究所には機密情報もたくさんあるため、所長が断ったら憤慨していた。アメリアが使う予定の寮の一室だけは見学の許可が下りたが、「狭すぎる」だの「男女同じフロアと言うのがおかしい」だのごちゃごちゃ文句を言っていた。
「すみません。悪気はない人なんです」
「あははっ、わかっているわよぉ」
「随分と過保護だよな。独占欲が強すぎる男って……俺はどうかと思う」
なぜかカーターはむすっとした顔をしてサンドイッチをぱくつく。
どうやらセドリックのことが好きではないらしい。
レナは含み笑いをしながらカーターを小突く。
カーターは話題を変えた。
「~~~そういえば、この間の研究発表会、王太子殿下も来ていたらしいって聞いたか?」
「ええっ、王太子殿下が!」
食いついたレナにカーターは頷く。
「お忍びだったらしいぞ。……事前に知らされてなくて良かったなぁ」
「そうね、知っていたら緊張して噛み噛みになっちゃってたかも……」
へええ、王太子殿下が……。とアメリアはさほど興味もなく話を聞く。
朝食を食べ終わると、所長が見知らぬ人物を連れて現れた。
黒髪に翡翠色の目をした青年だ。二十代くらいで、知的で穏やかそうな顔をしている。
「どなたかしら。部外者は禁止だし、新しい入寮者かしら」
カーターとレナを見ると、二人とも口をあんぐり開けていた。
「ででででで」
「で、でんっ……」
「――こちらにアメリア・パーシバル嬢がいらっしゃると聞いたのですが」
良く通る声だ。
アメリアは立ち上がった。
「アメリアは私です」
「貴女が。初めまして、お会いできて光栄です」
「あなたは?」
アメリアが尋ねると、所長と同僚たちの一部はぎょっとした顔をしていた。
青年は面白そうな顔をして笑っている。
「直接ご挨拶するのは初めてですね。私の名前はジェイド・M・ペンドラゴン。一応、この国の王太子です」
「え」
なんと王太子殿下だった。
――言い訳させてもらうなら、パーシバル公爵家にいた頃は王家が参加するようなパーティーに参加させてもらったためしなどなかったのだ。
◇
セドリックは落ち着かない気持ちで馬車を降りた。
王宮から馬車で小一時間ほど走ったところにある王立研究所――現在、アメリアが生活している場所だ。そろそろ仕事が終わる頃だろうと夕食の誘いにやってきた。
(アメリアはここでの生活がよほど気に入ったのか、公爵家に顔を出さなくなってしまったからな……)
彼女の性格上、公爵家での生活になんの未練もないだろうことは予想できた。
ホームシックになるようなこともないだろうし、こまめに手紙を書くような性格でもない。
アメリアのやりたいことなら応援する、と研究所へ送り出したセドリックだが、内心ではこのまま忘れ去られてしまうのではないかと不安だった。
自分から積極的にアメリアに会いに行かなくては、彼女の中でセドリックの序列が下がるのは必至。おまけにこの研究所には若い男女が一つ屋根の下で暮らしているのだ。
(特にあのカーターとか言う男爵家の三男坊。あいつは絶対にアメリアに気がある!)
強引に寮見学をさせてもらったとき、案内役を買って出たのがあの男だった。
アメリアの論文は前から読んでいただの、会って話がしてみたかっただの、随分と馴れ馴れしい。
しっかりと婚約者アピールをして変な虫がつかないように牽制しなくては……。
研究所に着いたセドリックは呼び鈴を鳴らした。出てきたのはソバージュヘアの女性である。
「あら、アメリアの……。こんばんは、えっと、セドリック様」
「こんばんは、レディ。突然の訪問で失礼する。アメリアを呼んでいただきたいのだが構いませんか?」
女性はぽりぽりと頬をかいた。
「アメリアなら王宮に連れていかれましたよ」
「は⁉」
「王太子殿下がお見えになって、ぜひ相談したいことがあると……」




