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ACTorDIE!〜声優業界下層階級哀話〜  作者: 野乃々田のの
第八章 雛沢ももえの狂宴
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8-3 蒼惺赫灼/エペ

「ここまでは完璧だ………!」


 阿松幸子……現・小菅幸子はここまでの立ち回りにしっかりとした手応えを掴んでいた。


 自分達が若い頃「ぶりっ子」といえば「男に媚びる堕落した粗末な女の象徴」とされ唾棄・忌避されていたというのに、この令和の時代に於いて「ぶりっ子」「あざとさ」は一つの個性・ステータスになると云うではないか。

 子供の頃散々いじめられ事が理由で封印していた自分の中の引き出しを、よもや四十路半ばで再び開ける事になろうとは。




 20数年前、勢い任せに声優業を引退してしまったのは早計だった。

 一流商社勤めのカレシと早い事結婚する為に「ここ数年はアイドルとして売り出したいので結婚は少し待て」と主張する事務所と真っ向から対立して「認めてくんないなら引退します」と大見得を切り、てっきり事務所側から縋り付いてきて引き留められるものと思いきやそのままあっさり引退させられた。


 5年程の活動期間の間に獲得した持ち役は、リメイクやゲーム・パチンコで新録が行われる度に自分よりも上手くて謙虚で可愛げのある若手にすげ替えられ、あっという間に声優・阿松幸子は業界では過去の人に……否、もはや最初からいなかった存在の様に歴史のハザマに葬り去られた。事務所や業界からすれば自分の換えや上位互換など幾らでもいるのだという現実を、阿松は余りにも遅すぎるこのタイミングで思い知ったのである。


 ならばもうこのまま専業主婦になってしまおうかと考えたが、それも諸事情によりままならなくなった。

 これはもう本当に……本当に様々な込み入った事情がある故詳細は割愛するが、結論から言うとジュンとパチンコが悪いのだ。因みにジュンとは声優時代の友達に誘われて足を運んで以降のめり込んだホストクラブのナンバーワンであり、パチンコとは日本では風俗産業に分類される様々な電飾装飾を施した遊戯台と鋼球を用いて行う遊戯である。

 阿松はこれらによってもたらされたのっぴきならない諸事情により三千万円程の借金を抱える事になったのだ。


 当然、旦那には家を追い出され離婚届を突きつけられた。都内の安アパートでボロ着を着て孤独死を待つばかりの現状は、やはりかつてそれなりにイイところまで行っていた声優界へのカムバックを以ってしか打破できない…そう考えていた時に突如届いたのが、雛沢ももえからの「キューティ☆フレイル25周年記念イベント」の共催の誘いだった。

 雛沢の近況を調べるもほとんど仕事をした様子がなく、こいつが提唱するプロジェクトとやらが海の物とも山の物かを見極めない事には当然乗れはしない。一度直接会ってどれ位勝算があるものかを見定める事にした。


 待ち合わせ場所に色落ちした上下ジャージという荒んだ格好で佇んでいた雛沢を見付けた時には声をかけずにそのまま帰ろうかとも考えた。取り敢えず話を聞いてやりはしたが、雛沢の口から出て来たのは幼稚な愚痴と自分を疎み虐げた人間や世間への呪詛ばかりで、会ってものの数分でコイツの企みは金にならなければキャリアの箔にもならない→全くもって相乗りする価値のない愚案だと悟った。おまけにこのバカは離婚や借金の事を隠す為についた「旦那が無能なせいで貧乏だがそれなりに楽しく暮らしている」という妙な嘘をいとも簡単に信じた。


 結局このバカの誘いを断る為に「ファンの為ではなく自分の為に頑張りたい」という雛沢の発言を逆手に取り、出任せで「そんな不純な動機で立ち上げたイベントなんて絶対成功しない!」などと心にも無い事を、会う前にコンビニで立ち読みしたエロ記事多めの女性向け週刊誌に載っていた「因果律」という言葉を交えて言ってやった。

 するとそれが思いの外効いたらしく、最後は顔を真っ赤にしてテーブルをぶっ叩きながらブチ切れ、「腐れ旦那とドブの水を啜り続けて、そのまま死ねば?」という捨て台詞を残して帰っていった。

 実在しない「腐れ旦那」などどれだけコケにされようがいたくも痒くも無い。「死ね」なんて言葉も、元の旦那からはしょっちゅう言われていた事だ。


 だが許せなかったのは雛沢が待ち合わせで使った喫茶店の代金を踏み倒し、アイツが食い逃げしたケーキセットの代金1480円をこちらが支払わされた事だ。今の生活レベルで1480円の出費は生活がしっかりと傾いてしまう。

 店員には「一緒にいた女が払わずに逃げた、連絡先を教えるからそっちに直接請求してほしい」と訴えたが理解して貰えず、3回ほど同じ説明を繰り返したところで「これ以上喋ったら殺す」と言わんばかりの仏頂面で睨まれたので諦めて払わざるを得なかった。


 だが、神は阿松を見捨ててはいなかった。

 勤務時間中に店を抜け出してパチンコに行っていた事がバレてスーパーのバイトをクビになったその日、阿松の携帯にタイタニアレコーズからイベントのオファーのメールが届いたのだ。たまたま携帯が止まってなかった日に報せをよこすとは、タイタニアとは何と気の利く会社だろうと阿松は歓喜した。


 今日のイベントの目的はただ一つ、爪痕を残してどこかの声優事務所の目に留まり、そのまま所属声優として召し上げて貰う事だ。先程からの妙なぶりっ子キャラもその為のキャラ作りである。

 今日来てる声優の中だと……雛沢のボルケーノは弱小すぎて話にならない。赤波の事務所もナントカという声優というよりは芸能側の事務所で、事前にHPをチェックしたが所属俳優がどいつもこいつもこじんまりした舞台俳優ばっかだったので没だ。

 となると、狙いは浅川が所属するクロスナインプロモーションだ。随伴しているマネージャーと懇意になれれば復帰がグッと近づく。長期間の休業の後復帰した声優など幾らでもいるし、そこは腐ってもキューティ☆フレイル一番人気キャラを演じたあの阿松幸子である。少し強気でアプローチしたとてそうそう無下にはされまいという計算と自信もあった。


 が、今日来ている浅川のマネージャーの若造は見るからに事務所で一番の下っ端といった雰囲気で、スカウト云々などに関しては権限を持っていなさそうだった。つまり、こいつに媚びても仕方がないという事だ。

 これは大きな誤算だった。

 浅川奈央クラスの声優であればまあまあ権限を持っているマネージャーが付いてきているものだとばかり思っていたのだが、当てが外れた。今日すぐに事態を大きく進展させる事はどうやら難しくなってしまった。


 が、ともあれ。

 まずはこのイベントをしっかり成功させ、阿松幸子ここにありとしっかりアピールをする事だ。イベントが盛況に終わりSNSがその話題で持ちきりになるという……バジルだかバズるだかという現象を引き起こせれば、若くて薄幸顔で巨乳の若手にデレデレしている業界人共も阿松幸子を無視出来なくなる。


 そうしてビッグカムバックを達成し、あとはポンポンと飛び級でスターダムに駆け上がり、借金を返して元旦那の鼻をあかすのだ。

 そうしたら次は今日アタシの目につくところでさんざっぱら悪口を言いやがったここの現場の腐れ不潔ADを業界から消す。

 次にアタシの挨拶を「本番前のルーティーンを邪魔するな」とかいう訳の分からん理由で拒否しやがった赤波真麻を消す。

 そして次は雛沢ももえだ。

 アイツはもう消えてるも同然だが、取り敢えず何がしかの方法で今以上に打ちひしがれさせてやって、一社会人として再起できないレベルまで追い込んで、アタシをコケにした事を懺悔させながら奈落の底へ突き落とす。


 ああどうしよう、笑いが止まらない。バカどもが、どいつもこいつもまとめて身辺整理をする暇も与えず消し炭にしてやる。

 阿松幸子、四十路の大逆襲の展望は何処までも明るい。




 ……………阿松の夢想は彼女がボロカスにコケにした雛沢ももえの「イベントを主催して一旗上げてやるプラン」以上に穴だらけで大きく破綻していた。彼女にそれを指摘してくれる友人や事務所スタッフなどが居なかった事は雛沢以上に不幸だったかもしれない。


「それでは阿松さん!」

「あっ、はいはい?」

「ここまでキャラクターの徹底解剖コーナー・エペ編をご覧いただきましたけれど、阿松さんがエペを演じる上で一番大切にしていた物は何ですか?」

「えーとね、それはぁ。」

「はいはい。」


「人を(おもんぱか)り愛する心と、裏表のなさですう。」

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