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ACTorDIE!〜声優業界下層階級哀話〜  作者: 野乃々田のの
第五章 雛沢ももえの決起
31/71

5-4「奴隷を量産する為の洗脳装置」

「そういやこないだ、仕事のオファー……って事になるのかなぁ?ちょっと判断に迷うメールがあって。」

「………何よ。」


 出演中のミュージカル『ソウルブラザー!』のロングラン公演3日目を終えた女優・【赤波真麻】(46才)は、妙な事を言ってきたマネージャー・【谷地】に眉をひそめながら返事をした。


『ソウルブラザー!』はとあるテレビ局が海外から公演権を買い付けた、全国6カ所で上演されるロックミュージカルである。1950年代のイギリスでミュージシャンを志す青年が主人公のUKロック前史とでもいうべき物語で、貧しい生まれの主人公が次々に襲いくる苦難に底抜けの明るさと並外れたバイタリティとポジティブシンキングで立ち向かう痛快さが見どころだ。


 主な客層はこの手の娯楽活劇の貧乏主人公を見下しながら観賞し「バカな貧乏人が、精々頑張りなさあい」と悦に入るのが大好きな金持ちと、今時「趣味:ミュージカル鑑賞」とプロフィールに書いておけばカッコ付けられると思っている金持ちと、普段ミュージカルなんぞに興味はないが金持ち仲間の関係者から招待券を貰ったので取り敢えず劇場にやって来て上演中にスマホをイジり顰蹙を買う金持ちなどだ。


 つまり、観客の中に貧乏な主人公に感情移入しながら観ている庶民など殆どいない。日本という国がどんどん貧しくなっている今の時代、清貧やスポ根を美徳とする世界観の物語など、自分が生きている世界とは程遠い他人事やファンタジーでないと観られたものではない。

 一昔前であればこういった夢物語は身に降りかかる不条理や理不尽を「ポジティブシンキング」という自己催眠で消化してくれる奴隷を量産する為の洗脳装置としてさぞ効果的であったろう。が、きょうびの庶民は利口かつ狡猾だ。この程度のポジティブ詐欺などでは到底篭絡出来はしないのだ。


 だが、オーディションで勝ち取ったこの仕事は赤波にとって久しぶりの大一番だ。ゆえ、本番とその後の反省会を経て、明日またやってくる本番に向けて英気を養わなければならないこのタイミングでの横槍は愉快な物ではない。


「何?役者の仕事?」

「うーん、まぁ、そうっちゃそうだし、そうでないっちゃそうでないかもしれないし……」


 谷地は赤波が機嫌を損ねそうな報告をする時に、少し持って回った言い回しをして本題を後回しにし、様子を伺う癖がある。つまり今回コイツが持って来たのは、赤波が喜びそうな吉報ではないという事だ。赤波の眉間のシワが一層深くなる。


「いえ、アニメの……昔出てたアニメのイベントの出演オファーっぽいんだけど」

「断っといて」


 赤波はすげなく即答し、谷地に背を向けた。


「いや、報告がてらちょっと話だけ聞いてよ!」

「もうソッチ系の仕事は受けないって、前にも話したでしょ?」

「5分だけだからさ!頼むよ!次のwebドラマの候補出し、頑張ってみるからさ!」

「…………!」


 赤波はキュッと靴音を立てて立ち止まり、しっかり谷地の方へ向き直った。実にわかりやすい反応であった。


「……暇潰しがてら聞いたげる。」


 赤波は小さな溜息をつきながら谷地の方へ歩み戻り、無言で顎をしゃくって先を促した。


今日は共演者の小生意気な腐れ若手女優が本番中にセリフをトチってヘコんでいたので、ちょっと機嫌がいいのだ。


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