2-4 「オタクを食い物にしている側の人間」
カバンから出て来た身分証明書と名刺から、男は達川というアニメ制作会社のプロデューサーである事が分かった。根尾は達川のカバンを乱雑にひっくり返してテーブルの上にぶち撒け、机上に散らばった紙資料のうちの一枚をヒラヒラと翳しながら、「うわあ、こいつオタクかよお」と嫌悪感も露わに口にした。
達川は正確には「オタクを食い物にしている側の人間」である。が、捜査員達から気まぐれに五、六発殴られて心をポッキリ折られた達川は反論するどころか顔を上げる事もできなかった。
「オタクで暴力セックスが好きでうんこ垂れでロリコンかぁ。お前、どうすんだよこの先の人生よお、ええ?」
捜査員は心底楽しそうに、目の前にいる脱糞ロリコン親父に話しかけた。脱糞ロリコン親父こと達川は目に涙を溜めて黙りこくっている。プロデューサー…という事は、そのスジでは名の通った奴なのかもしれない。多くの人間の人権と尊厳を蹂躙して来たはしたが、される事には慣れていない小心野郎独特の態度だ。出来心による痴漢や万引きでしょっ引かれた社長だの会社役員だの議員だのを追い込んでやると大概こうなる。いい気味だ。
ちなみに402号室に居たのはコイツの子飼いの笠井というこれまた貧相な顔立ちの声優で、眉毛とチン毛を全部剃られてケツにアナルローターを突っ込まれ、「抜けたらさっきテメーが吐いたゲロをかき集めて直腸にぶち込むからな」などと言われながらしょっ引かれてきた。こちらの人権蹂躙尊厳破壊ゲームも中々の芸術点の高さであった。
「本当にどうしようもねぇなあ、オタク共はよぉ」
捜査員の一人が嫌悪感と軽蔑も新たに吐き捨てた。
重ねて記すが、彼らは「オタクを食い物にしている側の人間」である。が、そんな事は日本の良心たる天下の大警察官様の知った事では無いのである。
「今日はこんくらいで勘弁しといてやる」
口臭リーダーは土下座する店長の後頭部を踏みつけながら、目一杯ドスを利かせた声で言った。今日潰してしまうのではなく、何度か足を運んでその都度店員や風俗嬢どもをイジめて遊ぶ事に決めたのだ。こういうオモチャは長い時間をかけて楽しむに限る。
その為にも、今度はもっと客がいる時間に来よう。ギャラリーが多い方が興が乗る。
引き上げの際、捜査員達は店長に目配せして何かを促した。この僅かな時間の間にすっかり奴隷根性が染み付いた店長はレジを開け、その中からペラペラの紙の束を取り出し、震える手で口臭リーダーに恭しく差し出した。
「割引券やのうてタダ券出さんかいボケェ!」
口臭リーダーの渾身の鉄拳が店長の鼻っ柱を粉砕した。
達川逮捕の報とその蛮行の詳細はすぐさま「魔法少女キューティ☆フレイル」の関係各所に伝えられた。
ある者は「ああ…やっぱりヤってたかあ」と苦笑いしながら天を仰ぎ、
ある者は「第二期を当て込んで組んでたローンどうすっかな……」と頭を抱えて金策に奔走し、
ある者は次に逮捕されるのは自分だと悲嘆に暮れて先月ようやく寛解したと思った鬱がぶり返し、煉炭を買いに車を走らせるも最期の楽しみにと立ち寄ったパチンコでまあまあの額を勝って機嫌を直してそのままUターンして帰宅し、
ある者は達川が抱える他のスキャンダルが週刊誌に幾らで売れるだろうかとソロバンを弾き、でも気鋭のアニメ監督が売れない女声優を片っ端からヤリ捨ててるなんてありふれたネタなんぞ二束三文にしかならんよな、と早々に皮算用をやめて以前達川から貰った個人撮影のハメ撮りビデオでシコリ始め、フィニッシュのタイミングを見誤って画面に大写しになった達川の顔に射精した。
程度の差こそあれ、皆が皆戸惑い、困り、混乱した。
が、誰も達川の逮捕を「何かの間違いだ」と疑いはしなかった。