第一話 出会い
異世界行きの穴に落ちた(落とされた)先は……空中だった。つまり俺は、落下中ということになるな。……はぁ!?
「何を冷静に考えてるんだ、俺は!」
って、自分で自分にキレてる場合じゃない!このままだと地面にぶつかる!
「そ、そうだ!こんなときの筋斗雲!」
懐を叩き、筋斗雲を呼び出す。地面ギリギリのところでしがみつき、なんとか衝突を免れた。
「ふぅー危なかった……。」
あの女神、空に放り出しやがって次会ったら覚悟しとけよ。
「んで、ここは森か?」
見回す限りの木、木、木。ただただ木があるのみ。こんなに生い茂っていたら、筋斗雲で飛ぶことも出来ないし、そもそも道があるかどうか……。
「……掻き分けていくしかなさそうだ。」
何かに襲われても対処できるよう、如意棒を担いで道なき道を進んでいく。
十分ほど歩くと、渓流に出た。
「そういや、閉じ込められてから体を洗ってないな…ちょうどいい、水浴びすっか。」
渓流に入り、汚れを落とす。垢が流れていくのがわかるほど、すっきりした。
「久しぶりに水浴びしたな。たまにはいいもんだ。」
寝転がり風を感じていると。
「誰か助けて!」
助けを求める声が聞こえて来た。
「…結構近いな、行ってみるか。」
「離して!」
声が聞こえた場所ではかごを持った少女が暴漢の手を振りほどこうと、もがいている。
「大人しくしな!それに、助けを呼んでも無駄だ!この辺りは人が滅多に来ないからな。諦めろ!」
「そんな……誰か、お願い助けて!」
暴漢の手が顔に近づいてきてもうダメかと諦めたとき、ビュンッと風を切る音と同時に暴漢が倒れる。その瞬間に見えたのは、遠くから伸びてきた『棒』だった。
「おーい君、無事か?」
如意棒を顔面にぶつけられ、伸びている暴漢の横でへたりこんだ少女に安否を問う。
「は、はい…」
「そうか、怪我がなくて何より。んじゃ俺はこれで失礼。」
「あの!助けてくれて、ありがとうございました。」
「なーに、礼にはおよばないよ……あ。」
クールにその場を立ち去ろうとしたが重要なことを思い出す。今の俺、迷子なんだった。
「実は、ここら辺に来たばかりでな。道に迷っているんだ。嬢ちゃん、その…近くに村はあるか?」
かっこよく立ち去ろうとしただけに恥ずかしくなって顔が赤くなる。
「紫だったら、トマナという村がこの先にあるよ。」
「そうか…。」
村があるのは分かった。しかし、この服装(赤と金色の派手な模様柄)では行ったところで目立つのは目に見えてるし、変に警戒されては困るな。どうする?
「えっと…お礼もしたいし、良ければ私の家に来ないか?道案内もするぞ。」
「それは助かる。しかし、俺みたいな素性のわからない奴を家に招いていいのか?」
「あなたは私を助けてくれたからな。少なくとも私は悪人ではないと思っている。」
俺は人じゃなくて妖獣なんだよな。でも、言ったら面倒なことになりそうだし、黙ってよ。
「……そうだな、ここで会ったのも何かの縁。お言葉に甘えさせてもらおう。」
縁は大事にしておくもの、粗末に扱うものではないし。せっかくの誘いを断るわけにもいかない。
「…ところで、嬢ちゃんの名前を教えてくれないか?いつまでも、名前がわからないわけにはいかないし。」
「そういえば、まだお互い名乗っていなかったな。私はガルトン家の長女リーフェ·ガルトンだ。貴方の名前は?」
「俺は孫悟空、悟空とでも呼んでくれ。よろしくな、リーフェ。」
「よろしく、悟空!」
その後、トマナまでの道案内をしてもらい、道中はリーフェがトマナについて、どんな村なのかを話してくれた。田舎にある小さな村で農民がほとんど、しかも高齢者と来たもんだ。仕事を斡旋してくれる『ギルド』というものは、若者が少なく機能してないのが現状らしい。
リーフェに連れられ、森を三十分ほど歩くと街道に出た。進むにつれ、丸太で造られた簡素な柵が見えてくる。
「あの柵の向こうが私の住んでいる村、『トマナ』だ」
門をくぐり村を見て回すと…どことなく寂れているのが窺える。
「この村ってなんていうかその……」
「悟空の言いたいことは分かる。……私の家はあの高台にある。」
リーフェが一瞬だけ、悲しい顔を見せた。
「ここが私の家、立派だろ。」
「立派ていうか、屋敷の間違いじゃない?」
高台を登ってリーフェの家に着くと、他の家とは大きすぎる建物が建っていた。むしろ屋敷というほうがしっくりくる。
「他の村から見たら、全然小さいがな。」
「この大きさでか…とんでもねぇな。」
まぁ、あの岩の中で三百年も過ごしてたら感覚がおかしくなるのは無理ないか。
「さぁ、悟空。お父様に挨拶するぞ。」
「お、おう。」
ドアを開け、入るとロビーの中央に大柄な男性が立っている。
リーフェは勢よくその男性に駆けて行き、その胸に飛び込んだ。
「リーフェ!怪我はないか?」
「お父様ったら…私が森によく行くのは知ってるでしょ?」
「町の冒険者が少ないからとはいえ、お前が外に行くのは心配だ。やはり、専属の冒険者を雇わなければ…。」
「もぅ、そんなお金は無いのに無理しないの。」
「しかし…」
その人が腕を組んで考えていると、俺に気づいたようで俺の元へ歩み寄ってきた。
「リーフェ、そちらの方は?」
「この人は私を暴漢から助けてくれた、孫悟空だよ。」
「そうか、君が娘を助けてくれたのだな…本当にありがとう。」
「頭を上げてくださいよ。俺は『人』として、当然のことをしたまでです。」
「そうか…君は謙虚なんだな。改めて自己紹介させてもらおう。私はリファン·ガルトン、トマナの村長を勤めているよ。」
へー村長ねぇ…え?
「リーフェって村長の娘だったの!?」
偉い人の前だと言うのに、失礼なほど大きな声を出してしまった。
「あれ、言ってなかった?」
「そんな大事なこと、早く教えてくれたらよかったのに…」
その後、俺はリファンさんに応接室に案内されて話を交わしている。
「なるほど、悟空殿は旅の途中でリーフェに会ったということか。」
「はい。その通りです。」
神に落とされて森にいたなんて、信じてもらえないだろうから。色々(いろいろ)なところを旅しているという設定で話している。
「ところで先ほど冒険者が少ないと言いましたが、そんなにいないんですか?」
「あぁトマナは高齢の農家が多くてな。冒険者をする若者がリーフェだけなんだ。」
「そんな事情が…」
「村起こしをしようにもこれという特産品がなくてはやりようがない。『魔王』様も頼りないし、どうしたものか。」
ため息をつくリファンさん、俺にも何か出来ることはないかと考えた。冒険者が少ないなら……。
「リファンさん。」
「なんだね?」
「専属冒険者として、俺を雇いませんか?」
「悟空殿……気持ちは嬉しいが私にはお金がなくてな、満足に報酬は出せないのだよ。」
「…俺は住む場所と食べ物をもらえれば満足です。」
農村だったら、お金を貰うより物で貰った方が断然いい。
「食べ物で良いのか?それなら大丈夫だ。空き家も何軒かあったはずだから、そこで良ければ。」
「交渉成立ですね。これからよろしくお願いします、リファンさん。」
「こちらこそ頼むぞ、悟空殿。」
リファンさんに手を差し出されて、俺は答えるように固い握手をした。
「地図だと…ここらへんにあるらしいけど、どれだ?」
俺はその後、リファンさんに渡された地図をもとに貰った空き家を探していた。しかし、空き家が多すぎてどれが貰った家かわからない。見た限り、ほとんどの家が空き家なのはわかるのだが……
「うーむ、目印があると楽なんだけど。」
どの家か見回して考えていると、一軒だけポッと灯りがついた。
「……あの家かな?怪しいけど、迷うくらいなら行くか。」
きしむドアを押し中に入ると、テーブルの上にランタンがポツンと置いてある。灯りの正体はこれか。
「しかし、何故勝手に火がついたんだ?」
腕を組み原因を考える。そして、『もうひとつの違和感』も。
「で、その手に持ったナイフでどうするのかな?『お嬢さん』。」
後ろに向け、声をかける。そこには、頭に角が生えた女がナイフをかかげている。
「…!何故わかった!?あたいは姿を消していたぞ!」
「数百年生きた妖獣なめんなよ。殺気が駄々(だだ)もれだ。」
そう、『もうひとつの違和感』とは誰もいないはずなのに、強烈な殺気を感じたことだ。しかし、初めて会ったはずなのにこいつからは懐かしい気配を感じる。
「で、何故俺を襲おうとした?」
「それは……お前が偽物だからなぁ!」
「はぁ?」
そいつは再びナイフを構え、襲ってきた。
「ちょ、刃物を振り回すな!危ないだろ!」
「問答無用!」
「こうなったら……伸びろ、如意棒!」
ナイフと如意棒が交わり、重い金属音が鳴り響く。
「たくっ、危ねぇ女だ。」
間一髪、如意棒を伸ばしてガードすることに成功した。そのまま如意棒を構え、次の攻撃に備える。
だが、その構えは無意味だということに気付く。女の顔が青くなり、汗が滝のように流れているのだ。
「そ、その伸びる棒は如意棒……まさか、あんたは本物の……孫悟空!?」
「おい指差すなよ、失礼だろ。」
しかし、言い終わる前に女が白目を剥いて膝から崩れ落ち、倒れた。
「おい、どうした!?しっかりしろ!」
その後、俺は倒れた女を抱え寝室のベッドに寝かせる。なかなか起きないので、部屋の掃除をして時間を潰す。ちょうど廊下の掃除が終わる頃、ドアのきしむ音が聞こえた。
「お、やっと起きたか。」
「あの、さっきはごめんなさい。」
「気にすんな。それより、体調に異常はないか?」
「驚いただけですから、異常はありません。」
「そうか、何もなくてよかった。」
突然襲って来たのは驚いたがな。
「そういや、さっき俺のことを偽物と言ってたが、どういう意味?」
「それは…………だからです…。」
目線をそらして小声で話すものだからよく聞こえない。
「すまない。聞き取れないから、大きな声で言ってくれ。」
「それは……あたいの『憧れ』だからです!」
「俺が……憧れ?」
「はい!あたい達、牛人族の初代魔王である『牛魔王』様と肩を並べた孫悟空さんはあたいの憧れです!」
ん?牛魔王だって、まさか……。
「なぁ、その牛魔王って奴。片方の角が欠けてるか?」
「あら、よくご存知ですね。」
間違いない。牛魔王、本人だ。てことは、この子はあいつの子孫にあたる。旧友の子孫に会うなんてどんな偶然だ。
「なるほど、理由はわかった。」
しかし、何か大事なことを聞き忘れているような……。
「あ、そうそう。聞き忘れていたことがあったんだ。嬢ちゃんの名前は?」
「そういえば、まだ名乗っていませんでしたね。あたいの名前は、マルといいます。」
自己紹介に続けて、マルは驚きの事実を告げる。
「魔術を極めた『魔王』です。」
魔王?……え、この子が?
「リファンさんが言っていた、この辺りを治めているあの魔王か。」
「違いますよ。この辺りではなく、この島です。」
「……マル、この世界について教えてくれないか?正直、何も情報がなくてな。」
「あたいで良ければ、何でも答えますよ!」
その後、マルからこの世界は三つの国で成り立っているという話を聞いた。北にある世界で一番大きな国『剣王国』、西の山脈にある国『武王国』、東にある自然豊かな島国がここ『魔王国』。
それぞれの国は、国によって極めている術がある。剣王国は剣術、武王国は武術、魔王国は魔術というように。
その中でも、優れた術の使い手は『王』になれ、剣王と武王、そしてマルの魔王。
「なるほど。教えてくれてありがとな、マル。」
「いえいえ、悟空さんの役にたてたのなら、本望です。」
話が終わって、なんとなく外を見ると暗くなっていた。
「もう遅いし。マル、今日はここに泊まってけ。」
「……いいんですか?」
「あぁ、夜道に女が歩くほど危険なことはないからな。」
「でも、ベッドは一つだけ……まさか!?」
「ベッドのことなら大丈夫だ。俺は床で寝るからよ。」
「そうですか……。」
マルが残念な顔をしたけど、そんなにベッドが不満?
~翌朝~
「おはよう、マル。」
起きてキッチンに行くと、マルが朝ごはんを作っていた。
「おはようございます、悟空さん。」
「いい匂いがするな……。」
キッチン周りに漂う香りが食欲をそそる。
「もう少しで出来上がりますよ。」
マルは手を止めずにクスクス笑う。
「お待たせしました。ベーコンエッグです。」
食卓に出てきたのは、薄い肉の上に卵が乗っている料理。これがベーコンエッグか……。うん、旨い。
「ごちそうさま。美味しかったぞ、マル。」
「ありがとうございます。」
食べ終わった食器を片付けていると、ドアをノックする音が聞こえた。
「朝早くから、誰だろ?」
玄関のドアを開けると、そこには……。
「昨日ぶりだな!悟空!」
「リーフェじゃないか、朝早くからどうした?」
「実は伝え忘れていたことがあってな。ここで立ち話めなんだし、入るぞ。」
それ、俺のセリフじゃね?
「それでリーフェ、忘れていたことって何だ?」
俺とリーフェは先ほどの食卓向かい合っている。(後ろにすごい形相のマルがいるけど)
「悟空は専属冒険者になると言ってたが、ギルドカードは持ってるのか?」
「ギルドカード?いや、持ってないな。」
「それが無いと冒険者として依頼を受けることは出来ないぞ。」
「そんな、規則があったのか。知らなかった。」
しかし、このままでは専属冒険者になることが出来ない。
「そのギルドカードどこで貰えるんだ?」
「ギルドカードはギルドで発行してもらえる。この後予定ないなら、話を通しておくけど。」
「それは、助かる。」
「なら私は先に行って話を通してくるから。」
「おう、また後でな。」