異世界人と魔法のある世界
六歳になったミックの日課は午前中は父親の作業の手伝い。午後からは自由時間という単純なものだった。
農作物の収穫時期や冬になるとまた変わってくるのだが、いまは春も終わり、子供は特にすることがないのだ。
これは他の奴隷の子供達も同じで変わったことではない。
平民以上の子供は午後から学校に通うことが出来るのだが、当然ミックにはその権利がないので、普通の奴隷の子供なら適当に遊んでいる。
ただミックの午後の日課は少し変わっていた。
自分の家はすこし大きな町から離れたところにあるのだが、そこに繰り出すことだった。
この世界の言語を学ぶ事が目的だ。
店先には色々な文字や数字があるので、それを父親に買い与えられたペンと紙に記載して覚えていった。
ミックにはどうも前世の記憶があるらしく、その知識とこの世界の文字を照らし合わせれば、比較的学ぶ事は容易であった。
そうして町のあちこちを探索しているとミックはようやく知ることになった。
図書館という奴を。それはどうやら隣町にあると言うことを知ったのだ。
ミックは感動した。それはこの世界の知の宝庫かも知れないのだから。
このままではミックはただの奴隷の子供にしかすぎないが、知識を手に入れることで変わることが出来るかも知れない唯一の希望がそこにあるのだ。
――そもそもおかしいと思っていたのだ、周りの文明のレベルに対して、図書館のような公共の施設がないことに疑問があった。
問題があるとすれば、隣町までの距離と、そもそも奴隷が図書館を利用出来るかどうかである。
――いま、ミックが持っているペンと紙ですら、奴隷にとってはそこそこの値段の物だったし、買うことも躊躇われるものだった。
「お父さん、ごめんなさい」
と、なんとなくミックは自分の家の方にお辞儀していった。
だからこのことを父に相談するのは一旦止めておこう。
また騒ぎになるかもしれない。
一応、この町にも本屋はあるが、どう考えても高いのである。
父クックの年収を十年間全部貯めても買えないんじゃないか、と思う。
――ちなみに本の値段は本屋に入ることが憚られたので、町の雑踏から盗み聞いたのだった。
そしてもう一つ問題があった。
「あれ、なんだよなぁ」
町には街灯というものがあって、薄暗くなると灯る。
それはわかるのだが、どうも燃料を供給しているわけでなく、電気のようなものが通っているわけではなさそうなのだ。
父が言うには、魔法らしい。
始めは奴隷の父が分からない事は魔法で片付けて子供に教えているものだと思っていたが、どうもその考えは違うらしい。
魔法と言うものが本当に存在するようだ。
しかし、その原理原則がわからなければ、ミックには使いようがなかった。というか、使えるかもわからない。
前世の記憶といっても、それは異世界の記憶なのだ。魔法のない世界でいかにしてもこの身分でありながら、魔法を学べばいいのだろうか。
ミックにも皆目、見当がつかないのである。
町の街灯が灯るのを見ながら、ミックは家路を急いだ。
「――どうしたんだ、ミック」
家に戻ってしばらくして父親のクックに聞かれた。
「いや、たいしたことじゃないのですが」
「なんだよ。まどろっこしいな言ってみろよ」
「あの町にある街灯ですが、あれってどうやったら灯るのでしょうか」
「そりゃ、魔法だろ」
「はい。その魔法というのはどうやったら使えるでしょうか」
「奴隷には使えないな。だからわからん」
――やはり、奴隷には使えないらしい。ミックもなんとなく思っていた事だった。
というか、試しに使おうとして、念じてみたり、叫んでみたりしたが無理だった。
「そもそも奴隷には学がないのだから無理だろう」
「うん?」
「なんだ?」
「学がないから使えないのですか」
「ああ、なんかおかしな事を言ったか」
「ということは、使えないからわからないのではなく、わからないから使えない、と」
「変なことを言う奴だな。……まあ、そういうこと? かな」
「ありがとうございます」
ミックは頭を下げて言った。
「なんなんだよ。急に」
息子がちょっとおかしいことは知っていたが、今日も平常運転なことに父親も少し慣れ始めていた。
「明日、ちょっと帰るのが遅くなってもいいでしょうか」
「いや、そういうのは遅れて帰ってきた子供を叱るのが普通なんだが……」
父親は呆れてしまったが、盗みとかするんじゃねえとだけ言って、その日は寝た。
次の日、ミックはやはり午後になって町に繰り出した。
もう何回も同じように繰り出していたので、どこに何があるか、人通りの少ないところなどはほとんど熟知していた。
周りに人がいない事を確認して街灯によじ登る。
そうすると案の定、文字と幾何学模様が掘られていた。
それを覚えて記憶する。すぐにメモをとって残した。
同じように反対の街灯も確かめた。微妙に違ったが、それも書き留める。
人が見ていないこの場所にあるのは4カ所だったが、それでも十分な収穫だった。
そしておそらく街灯全体に掘られている一本の溝についても一つの考察ができた。
「いままでただの模様か、つなぎ目だと思っていたけど、これはいわゆる回路なんだ」
――さらにそれから一週間しばらく観察していると、あることに気がついた。
町の役人らしき人が街灯の下の方にある扉を開けて石のようなものを交換していた。
「つまり、あれが魔力の燃料に当たるものなんだ」
それでミックはようやく魔法の一部分を掴むことができた。
「――だけど、問題は魔力なんだよなー」
と、ミックは悩んだ。街灯の文字と模様で大方、火が灯る魔法の原理のようなものは分かったのだが、問題のエネルギーの方はどうすればいいのか理解できなかった。
またしても頭打ちだった。
ミックがそんなことに頭を悩ませていると季節は秋になり、収穫で忙しくなり始めた頃だった。
「最近、森の魔物が凶暴化しているらしい」
父親のミックが仲間とそんなことを話していた。
魔物が凶暴になるだけならいいが、そういう魔物は得てして森を抜け出し、畑を荒らすのだ。
つまり、麦の収穫量が減り、奴隷達の給金にもめっちゃ影響する。
5年前に大規模に荒らされた時は奴隷の仲間が冬を越せずに何人も死んだのだ。
仕方ないことだが、やるせないとミックの父親達は話していた。
「魔物というのはそんなに強いのですか」
ミックは父親に聞いた。
「凶暴化した魔物は、それこそ魔法でもつかわないと無理。しかもそんじょそこらの平民様でも無理だろうな。貴族様でもない限り」
「そうなんですね」
ミックは相づちを大人しく相づちを打った。
「でも、心配ないと思う。前回のこともあるし、ツェイム子爵の私兵隊が近々来るそうだ。魔法が使えるのが何人かいるんだとよ」
「なるほど」
と、ミックは言った。
「ちょっとまて、いま、お前何を納得したんだ」
最近、すこしだが息子の言動を読めるようになった父親のクックはまかり間違っても見に行こうとするなよ、と釘を刺したが、息子が聞いてないことを理解した。
この息子がいつかとんでもないことをやらかしそうで不安だった。貴族様に無礼を働いて処刑されそうで恐ろしい。
「まあ、離れたところでコソッと見るくらいなら許されるだろうよ」
と、クックの友人は笑っていた。
――というのも、クックも友人もこういう事は催し物感覚で子供の頃に何回か見に行った事があるのだ。
――そうして三日後、ツェイム子爵の私兵隊が森に入った。
そこでミックは始めて魔法というものを見ることになったのだ。
つまりそれはミックが魔法のおおよその使い方を理解し始めた事ということである。




