弟子の成長
ココリククがグラキの家庭教師になって三年の月日が経っていた。
いつもココリクク達が訓練をしている都市ロウ郊外の平原地帯。
現在、二人は模擬戦をしていた。
グラキは3メートルある槍を持ってココリククに突きを繰り出す。
この三年でグラキの体格は成長していたが、3メートルの槍はやはり背丈に合ってはいなかった。
しかし、圧倒的な魔力を自由自在にコントロールするグラキには身体への補助が効いていた。
槍はグラキの手足のように動き、ココリククを攻め立てる。槍捌き、体捌きともに練度を増していた。
一方、グラキとの訓練で以前より鍛えられているとはいえ、三十九歳のココリククには槍を躱し続けるのに骨が折れた。
なのでココリククはグラキから距離をとった。
グラキは槍が届かない距離までココリククが逃げたのを追おうとはしなかった。やはりグラキとココリククでは経験の差があり、無理に深追いするとココリククの魔法の餌食になってしまうことをグラキは分かっていた。そのまま槍を置いてライフルを構えた。
間髪いれずにココリククを狙い撃つ。
グラキはココリククが得意とする魔法《衝撃波》のような魔法使いが好んで使う遠距離の魔法は苦手だった。
ココリククは銃弾から身を守る為の《魔壁》魔法を使う。
グラキの銃弾はココリククの前方で遮断され散っていく。
ココリククは銃弾を気にせず、《衝撃波》の魔法をグラキに放つ。
《衝撃波》の恐ろしいところは魔法使いでないとその広がり襲ってくる波を検知出来ないところだ。魔法にたいして感度の悪い人間なら知らないうちにやられているというのがオチである。
この魔法に対応する方法は範囲内に入らないことか、《魔壁》を張って耐えることかのどちらかだ。
基本的に《衝撃波》の範囲から逃げることは不可能である。魔法が到達する速度が人間の移動速度を超えているうえ、そもそもの攻撃範囲が広いからだ。
しかし、グラキはどちらの方法もとらなかった。いや、具体的に言うと《魔壁》を張ってはいるのだが、使い方は一般的ではなかった。
《魔壁》は魔法使いの前方を遮るように使うのが一般的であるが、グラキは身体を覆うように《魔壁》を張った。彼がこの3年間で対ココリククのためだけに開発した魔法だ。
そして、そのままライフルを剣に持ち替えて突撃した。
身体を魔法で強化したグラキの突進は先ほど放ったライフルの銃弾より早いのではないかと錯覚するほどだった。
ココリククはその突進が直線的なのを理解している。ギリギリの所で躱して横方向への打撃を加えようと鉄の棒で薙ぎ払おうとした。
その打撃は普通ではない。特注で作った50センチほどの鉄棒に、強度を高めるための刻印魔術が仕込まれている。――これはココリククが今日のために対グラキ用に考案した武器だった。ココリククにとってグラキの存在は特別なものになっていた。いままで戦った人間の中で間違いなく最強である。だからこういった新しい武器を開発する必要があった。
しかし、グラキはその攻撃も読んでいた。いや、読んでいたと言うより本能的に危険を察知したという方が正しいだろう。しゃがむようにして身を低くし、致命傷を免れる。さらに自分の前方に《魔壁》を張り、身体を反転させ、《魔壁》を足場にしてココリククに再度、突撃した。
虚を突かれたココリククは鉄棒でグラキの剣を間一髪のところで受け止めた。
――ガチン。と鉄と鉄がぶつかる鈍い音がした。
グラキの剣がべっこりと折れていた。
「ここまでにしましょう」とココリククが言った。
――正直、これ以上続けるとどちらかが大怪我をしてしまう。
そして大怪我をする可能性が高いのはココリククであることをココリクク自身が悟っていた。
「はい。ありがとうございます。師匠」
と、グラキは一息の深呼吸をする。それで呼吸が整うのだ。
そのグラキを見て、ココリククはもう無理だ、と思う。ココリククの息はまだ荒い。完全に体力では負けてしまっているのだ。
「それにしても、その鉄棒なんですか」グラキが言った。
刻印魔術入りの鉄棒は今日、初めて使った物だ。
「ただの護身用の、棍棒です。刻印魔術が施されているので、魔力を流すと強度が増します。持ってみますか」とココリククはグラキに棍棒を渡した。
ココリククはヘラヘラと笑って言ったが、内心ではヒヤヒヤしていた。本当にこの棍棒に命を救われるとは思っていなかったのだ。
「へえ、以外と軽いですね」とグラキは言った。
「中は空洞で収納、出来るんですよ。手元のボタンを押しながら棒の先端を押すと手元の太い方に入り込むんです。長いと携帯しにくいですから」
出すときはボタンを押しながら引っ張るか、振り回せば伸びます、とココリククは説明した。
「へえ、面白いですね」グラキは面白そうに言った。
「餞別です。君にあげましょう」ココリククは言った。もちろん、もう一本作っているのでココリククが困ることはない。
「え、どういうことですか」
「来月の頭にある軍の入隊試験に君は挑戦する。そしておそらく受かるでしょう。だから僕に出来ることがなくなるという話です」
予定より大分、早かったなあ――という思いはココリククにもあるが、これ以上グラキにしてやれることがないのも事実だ。
グラキは急なことを言われてすこし驚いていたが、何かに納得し、うつむいたまま「ありがとうございました」と言った。
――1ヶ月後、グラキは入隊試験に合格した。
彼が入隊試験での模擬戦で試験管を完膚なきまでにのしてしまうのは別の話だ。




