英雄の卵
ドコン国は人材運用会社デュパとしての支店がない。これは中央大陸メトキオの国としては珍しかった。
それは単純に国が冒険者業などの仕事を斡旋しているからだ。というか、魔物狩りや野盗の退治などは基本的には正規軍と傭兵が訓練の一環で行う。
正規軍や傭兵が配備されていない、または手薄な地域は地方自治体が必要に応じて、都度募集をかければ傭兵経験のある市民が仕事を受けるのだ。
傭兵の国だけあって、小遣い稼ぎに一般市民が他国で言う冒険者業を行うことは多い。
だからといってドコン国が閉じられているかといえばそういうわけでもなく、交易は盛んな方だった。
ドコン国では運用会社デュパの基幹事業である人材運用業は行えないが、商品の販売や物流などの仕事は許可さえ取れれば可能なのである。
今回、ココリククがドコン国の都市ロウに入る際もデュパからの依頼で、荷運びの補助要員としてデュパに依頼されることで、入国できた。
この国では物流の護衛は商人が自前で持っても良いし、役所に依頼すれば傭兵の貸し出しも行われる。
デュパの物流は基本的に前者を採用している。
それだけの話だ。
そんなわけでココリククはいまロウの街に滞在していた。
理由はこの都市にいるとされる《英雄の卵》に会うためだ。
それがココリククの仕事の一つだった。
「しばらくの間、この子の家庭教師になってもよろしいでしょうか」
ココリククはそういう風に話を切り出した。
先日、狩りをしていた四人の子供達のリーダーはグラキと言った。おそらく彼が《英雄の卵》である。
ココリククはグラキの家に行き、両親にいきなり家庭教師を名乗り出たのだ。
唐突にココリククがそんなことを言うものだから、両親は訝しんだ。
――何を言っているんだ、こいつ。
そういう険しい顔で父親の方はココリククを睨め付けていた。
母親の方はまだ比較的――穏やかにココリククに質問した。
「ウチは見ての通り平民なのですが。家の外にビエの農園が広がっているのが見えるでしょう」
グラキの母親が言った。
そんなことは言われるまでもなく、ココリククは分かっていた。
つまるところ、家庭教師を雇うような金はないと言いたいのだとココリククも要領を得ている。
いままで何人かの弟子を見てきたが、一応こういったことは何度か経験している。
タダで家庭教師をさせてくれ、というのは最悪の選択肢で相手の警戒感を強めてしまう。
お互いにとってなんらかの利益を提示するか、説得できる合理的な材料を示さなければいけない。
「ゴーラ財団、というのをご存じでしょうか」
ココリククは言った。
「いえ」
グラキの母親は言う。
ココリククはゴーラ財団に関する資料を両親の前に出した。
「いまはまだ活動を知られていないのですが、将来有望な少年少女達を色々な形でサポートしている社会福祉財団でして――」
ココリククは説明を始めた。自分の家庭教師にはお金が掛からないこと、その出資元、ゴーラ財団の目的、外国での活動、など。
「――デュパといえば、かなり大きい会社だったよな」
ココリククの説明が一通り終わったところで、グラキの父親が口を開いた。
デュパはこの国では一般的ではないとはいえ、いくつもの国に存在しているため知名度はかなり高い。
「はい、ゴーラ財団はその創設メンバーの一人であるゴーラ氏が出資しておられます」
「でもな」
グラキの父親の態度は軟化したとはいえ、まだ少し疑っている様だ。
「一応、身分証明というわけではないですが、現在、この街でデュパが商いを行っています。明日にでも確認していただければ」
「それは、わかった」
父親も納得してくれたようだ。
「でも、本当に何もしなくていいのですか」
母親が不安そうに聞いた。
「いえ、一つだけ。役所に行って外国の家庭教師を雇ったことを説明して欲しいのです」
ココリククは言った。
――なぜです、とは両親も聞かなかった。
ココリククの就労ビザではあと一ヶ月しかこの国にはいられないのだ。
長期のビザを取得する必要があった。
こうしてグラキの両親が明日、デュパに確認して問題なければ、ココリククは家庭教師として認められることになった。
グラキへの指導は座学と体術、剣術、槍術、弓術、砲術、魔法と多岐にわたることになる。
彼が正規軍に入ることを希望したからだ。ココリククが家庭教師をするにしても――グラキが今年で十歳であることを鑑みて――ちょうど良い頃合いだったのかもしれない。
ただ教えることが多すぎて、少し時間が掛かるかもしれない。五年くらい。
――まあ、その辺はいいか。
と、ココリククも悠長に考えることにした。
正規軍への入隊試験は十三から可能だが、まず一発では受からないことの方が多い。
グラキの才能ならまず十五歳までには受かるだろう、というのがココリククの見立てである。
ココリククが調べたところによると入隊の平均年齢は十八歳で、最年長記録が二十八歳のようだ。
そんなことをココリククが考えていると、グラキの真っ向斬りがココリククの鼻先を掠めそうになった。
紙一重のところで身体が反応してよけたが、かなり危ない所だ。
十歳とは思えない太刀筋だ。
――おそらく本人は気づいていないのだろうが、魔力を膂力へ転用する魔法を発動しているのだ。
これを無意識でやれるのはすさまじい才能があると言って良い。
それに魔力のコントロールは使用できる魔力量が大きいほど難しいのだ。グラキの魔力量は今の時点でも並の魔法使いを遙かに超えている。
グラキがやっている魔法は身体の隅々に淀みなく魔力を循環させることが前提である。それをこの魔力量で意識せずにやっているのだから、子供扱いできない。
もっとも、刀剣の振り方や体捌きが雑すぎてその膂力を生かし切れていないし、隙が多すぎてベテラン冒険者のココリククくらいだと予測も回避も問題ない。
これだと中型の魔物――グラキを初めて見たとき狩っていたブル――くらいは簡単に狩れるだろう。
あらかたグラキの攻撃を躱したココリククはその辺で拾っていた棒きれでグラキの腹にゴツンと当てた。
怪我する程のものじゃないが、彼が負けを認めるには十分だった。
「くぅ」とグラキは悔しそうに膝をついた。
もしかすると今までこういったチャンバラごっこなどでは負けたことがなかったのかもしれない。
――それにしても腑に落ちないことがあったので、ココリククはグラキに聞いた。
「そう言えば、なんで君は魔物を狩るとき仲間を連れていたのですか? 君くらいの才能があれば一人の方がむしろ安全でしょうに」
それを不思議そうな顔をしてグラキは言う。
「それは、俺が軍人になろうとしているから。人を率いなきゃ練習にならないでしょう」
その言葉をきいてココリククも少し驚いた。子供の考えだが、その言葉にはどことなく説得力があり、末恐ろしい気がしたのだ。
「そうですか。なら座学で戦略・戦術も学ばないとね。それと今より強くならなきゃ」
ココリククは言う。
「弱いと人を率いることは出来ない」
グラキは言った。
「うーん。まあだいたい合ってる」
そうココリククが言った後、グラキは立ち上がって槍に持ち替えた。
次は槍術をやりたいらしい。
「熱心な生徒だ」
ココリククは苦笑いを浮かべた。
最近、歳のせいか――今年で三十六である――体力が落ちていることを自覚し始める。




