冒険者 レック
少年がココリククと暮らすようになって三ヶ月ほど経ち、いくつか分かったことがある。
ドーの国、グーの息子、ギィ。家は鍛冶を生業にしており、年齢は15歳。
――ココリククは少なくともドーという国は知らないし、おそらく地図にも載っていない。それに平身族の見た目なのに名前は小人族に近い。
なんというか少年の話はところどころココリククの知識と食い違っている様に思う――といっても少年が結構な速度でココリククの言語を覚えてくれたとはいえ、まだまだしゃべりも意味もカタコトで使っている。
「それでこれからどうやって暮らしていこうか」
ココリククは言った。少年を引き取ってから、ガルゥに拠点を構えて三ヶ月経つが、ココリククもいつまでもここに留まれるわけではない。さすがにココリククも仕事があり、あと三ヶ月程度でここから出て行かなくてはならない。
少年もここでの暮らしに慣れてきたし、彼が望むなら彼はここで暮らしていくのも良いかもしれない。もちろん、面倒を見ると言った以上――少々危険だが――ココリククがあちこちと連れ回してもいいのだが、まずは彼の意見を知りたい。
ここは小人族の都市ガルゥ、遺跡の観光地でもあるが、昔ながらの鍛冶を営む工房はたくさんあった。
彼にとっては暮らしやすい条件が揃っていた。彼は鍛冶屋の息子というだけあって、それなりに鍛冶仕事も出来るから望めば職にも困らないだろう。
――最近、鍛冶はあまり儲からないがココリククが少々資金援助してやればとりあえず暮らすことは出来るだろう。それ以後のことは彼も若いし、おいおいと考えてゆけば良い。
ひとまず当面どうするかを決めたいのだ。
「冒険者というのは儲かりそう?」
少年ギィは言った。
「冒険者になりたいのか」
「ちょっと違う。生まれ故郷に帰る手がかりを探したい。そのためにまずこの大陸のいろいろな場所に行ってみたい。ココリククのような冒険者は都合が良い」
「そうか」
ココリククは申し訳なさそうに言った。
ルルァの遺跡のあの扉に少年が召喚されてから、何度か行ってみたがあの扉以外のものは見つからず、扉に魔力を注いでも何の反応もなかった。
扉のことについて少年ギィにも同行して見てもらったが、何も分からないという。
少年にも見たことない刻印があの扉には刻まれていたということだ。
「うん、気にしないでココリクク。ちょっと楽しそうだと思うんだよね。遺跡を見て回るのも、冒険の旅も」
「じゃあ、いろいろな知識と冒険者としての戦闘術を僕の知る限り教えるよ」
ココリククは少年ギィを一流の冒険者にすることを約束した。
それから、さらに三ヶ月の月日が経った。
まず、少年ギィにはココリククが使う平身族の一般的な言語と、南の大陸ヴ・グァでの公用語と作法などの一般常識を教えた。
遺跡に関する知識は三ヶ月の間では無理なので、彼が読める言語でココリククが基本的な事をまとめた教科書を作った。あとで覚えれば良い。
ギィの戸籍はヴァ国で認められて、ガルゥの出身となった。冒険者になるので基本的に身分証明は大手運用会社デュパ管轄にはなるのであまり意味はないが、戸籍がないとデュパに入会が出来ないのだ。
問題は冒険者としての腕っ節だと、ココリククは考えていたがそちらもそれほど問題なさそうだった。
少年ギィは魔力があり、すでにいくつかの魔法を扱えたのだ。ココリククの見立てでは、ギィの魔力使用量は軽く狭義の魔法使いのラインを超えていた。
――狭義の魔法使いは十分に役立つ魔法を扱える。冒険者にとって、これはすごいアドバンテージだ。
「じゃあ、今日は卒業試験を行おうと思う」
ココリククはギィに言った。
「卒業試験とは? 何をするのですか」
ギィはこの師匠が結構あれな事に最近、気づき始めたので、顔を青ざめさせた。
というか、なんとなくいつもの鍛錬場とは違うガルゥ郊外のさらに外れ湿地帯に連れてこられた時点で何か察していた。
「もちろん、ガチンコ(模擬戦)」
と、ココリククは笑いながら言った。
ギィはココリククと距離をとった。
ココリククは問答無用とばかりに魔法を発動した。
魔力に質量を持たせ、拡散させ、単純に殴りつける。
――この世界で最もポピュラーな攻撃魔法である。魔法名《衝撃波》――
《衝撃波》は広範囲に広がるため、よける事はほぼ不可能である。
普通の魔法使い相手なら同じように質量を持たせた魔力を壁にする《魔壁》を使えば良いのだが、ココリクク相手ではそういうわけにはいかない。
そもそもギィはこういった魔力に質量を持たせるという概念の魔法が苦手だった。
だからギィは空に逃げた。
魔力を風に変化させて力業で空を飛ぶ魔法。
――すくなくともココリククのしる常識とは外れている。知識の埒外、名前もないような魔法。
「相変わらず、おかしな魔法の使い方と、効率の良さだ」
ココリククは笑った。ギィの使う魔法は大昔の文献にあるような魔法に似ている。
四大元素(火、風、水、土)の考えをもとに魔力を変化させる魔法である。
通常、こういった魔法を風に変化させるというのは、魔力に対して「風」という現象の変換効率がすこぶる悪い。
どれだけ訓練したとしても、人を自由に飛ばせるレベルの風を起こすには狭義の魔法使いの一日の魔力量が必要というのが常識なのだ。
ギィは並の魔法使いではないが、そこまで魔力量が多いというわけではなかった。つまり、変換効率がすさまじく良いという話。
一方、《衝撃波》などは効率の良い魔法だった。しかし、弱点もある。魔力に質量を持たせるということは重力の影響を受けるということだ。
つまり、縦方向への威力が弱まるのと、縦方向の範囲が極端に狭くなるということだ。
ギィはなんとか《衝撃波》の範囲外に逃げ切った。
そして、そのままココリククに向かってこぶし大の火球十個を魔力で生成し投げつけた。
火球はココリククの周りを囲む様に飛んでいく。
「困ったなあ」
ココリククは言った。《魔壁》を使えば火球は止められるが、ギィの火球はしばらくその場にとどまるのだ。
正直言って、すごく熱い。炎が身体の近くにまとわりつくわけだから《魔壁》を使ったところで熱は逃げないのだ。
だが、あいにくここは湿地帯で泥とか池はたくさんあった。
ココリククは地面に右手をおいて、左手首はぐるぐると回していた。
そして近くの泥池に向かって《衝撃波》は放たれた。
経験と修練によって完璧に計算された《衝撃波》は泥池を爆発させるには十分だった。ココリククの辺りに泥のスコールが降り注ぐ。
火は泥水によって鎮火された。
火は消えるが、ココリククは泥だらけである。
それを見ていたギィは何かの異変に気がついた。
自分よりさらに高い場所に多くはないが魔力を感じた。
ココリククは遙か空の彼方に魔力を集めていた、その魔力に質量を与える。
《衝撃波》というには威力が弱くてお粗末であるが、単純に飛んでる人間を一人はたき落とすには十分だった。
「うわ、ちょ、ま」
はたき落としを食らったギィはパニック状態になり精密な風魔法の制御が不安定になって墜落する。
地面ギリギリのところで風魔法の応用で受け身をとろうとしたが、完全には成功しなかった。
少々、打ち所が悪くて気絶してしまった。
――少し身体が温かいのをギィは感じた。
それがすぐに師匠であるココリククの生体コントロールによるものだと分かった。
ココリククとの模擬戦は初めてではなかった、無茶苦茶をする人だが、ある程度は最悪の事態をさけるためのバッファを用意しているのはギィも知っていた。
しかし、それにしても今回の卒業試験はそのバッファが少なかった様に思う。
「俺は不合格なのか」ギィは目を覚ますとそんなことを口走っていた。
それからすぐにギィはココリククと暮らすガルゥの拠点にいることを認識した。
「いや、合格だよ」ココリククは言った。
「でも、俺はココリククが左手で別の魔法を操作しているのに気づかなかった」
「負けた原因を冷静に分析できているなら大丈夫だよ」
「でも」
「それにそもそもの敗因は場所が湿地帯だったことだ。君の得意な魔法は火と風だろう、条件が若干不利だったんだ。冒険者は不利な条件では戦わないこと」
ココリククは言った。
ギィもようやくそれで理解した。この卒業試験はおそらく『冒険者たるもの不利な場合は逃げること』というのを教える為のものだったのだ。
「はあ」とギィはため息をついた。
「どうした?」ココリククはにまにまと笑っている。
「そういうのは口で言ってください」
「こういうことは経験しないと分からないからね」とココリククは笑いながら言った。
――師匠らしい、とギィは思うことにした。
「それとこれを渡しておくよ」ココリククは言った。
デュパに申請していたギィの冒険者登録が完了したのだ。ギィの身分証が送られてきた。
「冒険者名、レック」とギィは不思議そうに言った。
「念のためだよ、冒険者は慣例で冒険者名というのをつけるのが普通だよ。レック」
とココリククはギィを冒険者として認めるようにそう呼んだ。
「そういうものなんですね。ありがとうございます」
ギィ、改めレックは素直に喜んだ。すこしだけココリククに認められた気がしたから、――すこし名付けられたことに、こそばゆい感じがしているのは隠せただろうか。




