032 パーファシール王国 VS 蟲 1
三日。それが、彼等に残された猶予期間。
だが、マギアスの見立てでは、三日も耐える事は出来ないだろう。
絶えず戦い続ける現状。加えて、常に負荷をかけられている結界。そして、無尽蔵に湧き出る蟲達。
持って一日半。それが、マギアスの見立て。
王都の結界も柔では無い。上級魔法も容易く防ぐことが出来、ドラゴンの咆哮にすら耐えられる強度を誇っている。
だが、小さいながらも丸一日以上も攻撃を続けられ、その対処もままならない現状であっては負荷が蓄積されるばかり。
通常では有り得ない程の数の圧力は、恐ろしい速さで結界の限界を引き出そうとしていた。
「……なるほど。やっぱり人が空間を空けた形跡がある。それに、持続するために此処じゃない何処から魔力が流れてる。ていうか、これ結界を維持するより膨大な魔力なんですけど……一体、誰が何のためにこんな事を……いや、そんな事言ってる場合じゃないな。うん、でも、これならボク一人でも何とか――」
穴を調査しながらぶつぶつと独り言を呟くマギアス。
蟲達はマギアスに興味を示していないのか、一直線に王都へと向かっている。
「これなら直ぐにでも調節し――!?」
粗方の解析を終えて陣地に戻ろうとしたマギアスに向かって、穴から高速で何かが飛び出してくる。
反射的に防御魔法を発動させるマギアス。しかし、高速で飛び出した何かの威力を削りきる事は出来ず、勢いそのままに吹き飛ばされてしまう。
「――っ!?」
防御魔法で防ぐ事は出来たのでマギアスに怪我は無い。けれど、筆頭宮廷魔法師であるマギアスの魔法を押し返す程の力。決して、侮る事は出来ない。
「なんっだよ、もう!!」
空中で体勢を立て直し、防御魔法を強化しながら穴の方を見やる。
そして、絶句する。
穴からは何かが覗いていた。
空を飛ぶ百足よりは小さい。けれど、決して小さいとは言えない程の巨躯。
頭部から伸びる角は筒状になっており、その筒から煙が上がっていた。
前足が空間を掴み、背面から伸びた鉤爪も同様に空間を掴んで身体を固定する。
何をしようとしているのかは分からない。けれど、何かをするのだけは分かった。
止めようと即座に魔法を放つその直前、轟音を上げて角からナニカが撃ち出された。
音を置き去りにして飛来するそれは王都へ向かって一直線に進む。
だが、王都には結界が在る。度重なる負荷が在ろうとも、ドラゴンの咆哮すら防ぐ事が――――
「……ッ!!」
マギアスは、起こった結果を見て息を飲む。
巨大な角を持つ蟲から放たれたナニカは、意図も容易く、慈悲も、容赦も無く、王都の結界を貫いて見せた。
結界が、貫通された穴から徐々に消失していく。
一瞬の思考停止。
直後にマギアスは王都中に聞こえる程の声で魔法を使って叫ぶ。
「直ちに第二防衛線に引き下げろ!! 遠征組は蟲達を横合いから牽制!! 少しでも王都に降りかかる負担を減らせ!!」
命令の最中、即座に角の蟲から第二射が放たれる。
「やらせるか!!」
即座に射線に滑り込み、防御魔法を発動する。
ただ防ぐ防御魔法では無い。受けた威力をそのまま反発させる、反撃型の防御魔法だ。
「――くっ、らえぇッ!!」
反発させて射線を逸らし、地面を歩く蟲達に直撃させる。
ナニカは地面を貫き、衝撃で蟲達が吹き飛ばされる。
マギアスだから出来る芸当。普通の魔法師では、発射されるナニカを捉える事すら出来ない。
「重……っ」
結界を貫通させる程の威力を持つ攻撃を一人で防ぐのは容易ではない。
それに、今の一撃で分かった。マギアスでは完全に防ぐ事は出来ない。
「最悪……こういうのって絶対にアステルの役目でしょうよ……」
泣き言を言いながら、第三射に備えるマギアス。
「最年少なのに一番働かされてる気がする……とほほ」
直後に、第三射。
「――ッ!! ぐぎぎ……っ!!」
これも、反発防御を使って地面に落とす。
「はぁ……はぁ……っ……こりゃ、きっついわぁ……」
衝撃が直接身体を襲う訳では無いけれど、攻撃に対応するために魔力を身体中からひり出すのは身体に負荷がかかる。
「きっついの、久々……」
愚痴ってる間に、第四射。
それも、反発防御で地面に落とす。
一番はそのまま反発させて蟲に当てる事なのだけれど、威力が強すぎてそれが難しい。
「ていうか、聞いてないぞぉ……こんなのが居るなんて……。はぁ……厄日だなぁ……」
溜息を吐くマギアスに放たれる第五射。
マギアスは、気合を入れた様子で反発魔法を行使する。
「ボクはもう動けないぞ。頑張れ、若き君達。ま、大体ボクより年上ばっかだけどね!!」
〇 〇 〇
「おいシオン!! なんだよあれ!!」
突如現れた角の蟲に、シーザーは面食らったように声を上げる。
「分からない……あんなの、見た事ない……」
自身の知らない蟲を前に、シオンも呆然とする。
「はいはい、呆然としない」
ドッペルゲンガーはぱんぱんっと手を叩いて二人の注意を引く。
「マギアス様が言ってたでしょ? 僕達は前線後退のために時間を稼ぐことに集中だ。ほら、招集かかってるから行くよ!」
今回ばかりは生徒だから、子供だからと言っている場合ではない。少しでも戦力が必要場面なのだ。
だからこそ、生徒達も前線に駆り出される。
「お、おう!」
「そうだな……。よし! 今俺達に出来る事をしよう!」
遠征組の指揮官が全員を招集し、遊撃のための部隊編成を即座に行う。
結果、三人は遊撃部隊に選ばれ、即座に戦闘へと向かう。
「良かったじゃんシオン。暴れ放題だよ?」
「ああ。溜まった鬱憤、晴らさせてもらおうか!」
「だな! 王都には一匹も入れねぇ!!」
気合を入れる三人と、それを後ろから見守る女子達。
「む……」
エンジュはむすっとした表情で三人を見て、スノウも少し思案する様子で三人を見ている。
アルカはそんな事よりも実戦で不安そうな顔をしており、ポルルとペルルはいつもは見せない真面目な表情で戦場へと意識を向ける。
「がきんちょ共!! こっから先は誰が死んでもおかしくねぇ戦場だ!! 護る事、死なねぇ事を意識しろ!! 良いな!!」
部隊長である兵士が声をかける。
部隊長の言葉に、全員が勇ましく返答をする。
「俺らがすんのは時間稼ぎだ!! 無理に倒そうとすんな!! 引き剥がせるだけ王都から引き剥がせ!!」
その声を合図に、前衛組は走り出す。
前衛に選ばれたのはシオン、シーザー、ドッペルゲンガーの三人と、他遠征中に前線に組み込めると判断された者達。
残りの者達は後方支援に回されている。特に、回復魔法が得意なアルカは集団の一番後ろに配置されている。
シオンが魔法で蟲の大部分を倒し、シーザーとドッペルゲンガーが露払いをするという役割だ。
現状では流石にドッペルゲンガーも手を抜く訳には行かない。ツキカゲを模倣した全力で挑む。
シオンが大胆な魔法で蟲達を一掃し、シーザーとドッペルゲンガーが詰める敵を的確に捌いていく。
そして、三人から漏れた敵を後衛が仕留める。
良い連携を見せる彼等を、オーウェンは横目で見ながら余所を意識している場合ではないと、自分の担当に集中する。
奇しくも、ドッペルゲンガーとオーウェンの持ち場は隣同士だった。こうなれば、有事の際にはドッペルゲンガーも手を出しやすいので丁度良い。
六尺棒を振り回し、迫る蟲を軽々とシオンの魔法の範囲に吹き飛ばす。
全力は出すけれど、ちゃっかりと余力を残そうとするドッペルゲンガーだった。




