026 兵士三人組、戦闘す 1
合同遠征を中断し、ゆっくりと王都に戻る一行。
呑気な表情を浮かべている者もいれば、深刻そうな表情を浮かべている者も居る。
生徒達は中止を不安視している者もいるけれど、ちょっとした事情がある程度だと思っている者が大半だ。事を大きく見ているのは、ガヌゥラの胸元の紋章に気付いたオーウェンと他知識に富んだ数名のみ。
後は、経験豊富な歴戦の猛者がただ一体。騎士と兵士以外の事情を知らない者達は、その数だけがこの事態を重く見ていた。
ガヌゥラが斎火の民である事が分かったオーウェンは、一刻も早くミファエルの元へと戻りたい。けれど、集団行動を乱すような行動は出来ない。自分本位に考えるべき状況ではないのだ。
「しっかしよう、中断って何事なんだろうなぁ」
呑気そうな声音で、シーザーがドッペルゲンガーに問う。
「遠征先でドラゴンが暴れてるとか?」
「じゃあ大丈夫じゃね? シオンが居るし」
「俺だって疲弊してないドラゴンは倒せないよ。あれは滅茶苦茶運が良かっただけ。二度目はきっと無いと思うよ」
「二度もドラドンが疲弊させられるって、考えただけでぞっとするわ」
「ドラゴンより強い相手がいるって事だからね」
そんな相手、ドッペルゲンガーは今のところ数人程度しか知らない。
三人が話をしていると、またしても進軍が止まる。
シーザーが当たり前のように列を少しだけ外れて前を覗き見る。
「お、さっきの女の子じゃん。なんかめっちゃ慌ててんなぁ」
先頭と話をしているのは先程緊急事態を伝えに来たガヌゥラだった。
何やらガヌゥラが大きな声で言っているけれど、いかんせん先頭との距離がある。
が、野生児であるシーザーや人の域を超えているドッペルゲンガーにはなんとなく聞こえていた。
「王都、敵襲。蟲、沢山……? まじかよ……魔物の氾濫って事か?」
「――ッ!!」
シーザーの言葉を聞いた直後、シオンは即座に走り出す。
「来たれ風、汝は背中を押す者なり――エア・ブースト!!」
「あ、おいシオン!!」
シーザーが止めようとするも、瞬く間に集団を追い越して王都の方へと駆けていくシオン。
誰もが、唐突な事態に一瞬判断に迷う中、シオンは迷うことなく突き進む。
颯天のようの駆け、一行を置き去りにする。
「っんの馬鹿!! おい待てシオン!! 来たれ風、汝は背中を押す者なり――エア・ブースト!!」
走り出すシオンを、シーザーは慌てて追いかける。
「あ、おい馬鹿!! 戻れシーザー!!」
「すんません!! 俺が捕まえて来ますから!!」
「勝手な行動をすんなつってんだ馬鹿!! って、お前等馬鹿速ぇなぁおい!! すまんコレット!! 指揮権はいったんお前に預ける!!」
「うぃーっす。子守頑張ってくださーい」
「子守じゃねぇよ!! いや、子守か……?」
自信なさげに言って、馴染の兵士が二人の後を追いかける。
ルーナであれば……いや、ツキカゲであればこんな時どうするのか。
ツキカゲは人当たりが良く、少々お節介で、仲間想いな良い奴。たしか、そんな設定だった。
うわ、御主人とは似ても似つかない。
なんて思いながらも、ドッペルゲンガーも列を離れる。
「御免、二人だけじゃ心配だから僕も見て来るよ」
「ツキカゲさんが行くなら、私も……!!」
「それは駄目。勝手な行動してるからね。怒られるだけじゃすまないと思うからさ。皆は此処に居てね」
それだけ言って、ドッペルゲンガーも魔法を唱えて走り出す。
「ちょいと待った。これ以上勝手な行動させる訳にゃいかんのだわ」
飛び出すドッペルゲンガーをすかさず止めに入る兵士。
「すみません、後で懲罰でもなんでも受けますから」
自分ではなく、御主人様が、であるけれど。
ドッペルゲンガーは巧みに棒を使い、兵士を転ばせる。
「はぁ!?」
まさか良いようにやられるとは思っていなかったのか、兵士は驚愕の声を上げる。
「ま、待てこらぁ!! 俺が隊長に怒られるんだぞー!!」
「僕も怒られますからー!!」
何度も言うけれど、ドッペルゲンガーではなくルーナがであるけれど。
ドッペルゲンガーはオーウェンの護衛を任されてはいる。けれど、直近でオーウェンに危険が及ぶ事は無いだろうと確信している。
肌がひりつくような圧を感じてはいるけれど、距離はまだ遠い。
であれば、ツキカゲらしく振舞う方が最優先。オーウェンであれば多少の難事であれば自力で解決できる。
問題は、解決能力を持っていない脳筋二人組である。
「まったく、世話の焼ける……」
愚痴をこぼしながら、ドッペルゲンガーは二人を追う。
不思議と、二人を追えば追う程、肌がひりつくような圧は遠くなっていった。
〇 〇 〇
最初になった喇叭の音。蟲の大群。
その二つだけで、シオンには動かなくてはいけない動機があった。
シオンは知っていた。喇叭の音が世界の終焉を告げる事を。
シオンは知っていた。蟲の大群が、絶望の始まりでしかない事を。
「ふざけるな……っ!! 二度も大切なモノを失ってたまるか……!!」
間が悪いのか、幸いなのか、王都までの距離はそう遠くは無かった。魔法を使って全速力で走れば、三十分程で着いてしまう距離。
暫く走り抜けて、ようやく見えて来た王都の光景にシオンの心臓が締め付けられる。
「――っ!!」
思わず、眼を覆いたくなるような光景。
王都に群がる、蟲、蟲、蟲、蟲、蟲蟲蟲蟲――
数える事すら不可能で、数えたくない程不愉快な程の蟲の大群。
王都を覆うようにして青く薄い膜が張られている。それが結界だという事は直ぐに分かった。何せ、群がる蟲の大群を退け、弾いているのだから。
あの蟲を防いでいる事に安堵する。まだ、大事に至っていなくてほっとする。
王都は防衛を続けており、外壁からは絶えず魔法が放たれている。
まだ、死んでない。まだ、王都は生きている。
安堵と共に、沸々と怒りがこみ上げてくる。
「ふ、ざけるな……っ。なんでいるんだよ……っ!! なんで……なんでこの世界にまで居るんだよッ!!」
憎しみの籠った目で、シオンは蟲達を睨みつける。
光景は同じ。けれど、あの時と同じでは無い事が幾つか在る。
王都は蟲を防げて、自分にはあの時には無かった力が在るという事。
「ぶっ殺してやる……!!」
即座に、シオンは駆けだす。
勝算は無い。あの数をどうにか捌ける自身も無い。
それでも、此処で立ち止まる訳にはいかない。そんな事をすれば、あの時の弱い自分と同じになってしまう。
「来たれ炎! 汝は燃ゆる蛇なりーーフレイム・サーペント!!」
炎が蛇のようにうねり、地面を這いながら蟲達を飲み込む。
群れを横合いから襲われるも、蟲達に動揺の色は無い。真っ直ぐに、王都へと向かう。
「眼中に無いっていうのか……!!」
憤りながらも、シオンは魔法を放ち続ける。
そうしているうちに、何匹かがシオンの方へと向かって来る。
「来たれ炎! 汝は燃え広がる者なり――フレイム・カーペット!!」
炎が広範囲に地面に広がり、高熱で脚から蟲を焼く。
本来であれば痛みで脚が止まる程の威力。けれど、蟲は止まらない。
己の脚が壊れようが、本能に従うだけだ。それだけの頭しか、蟲はもっていない。
迫りくる蟲は炎を踏みつけてシオンに迫るが、辿り着く前に脚が炭化して崩れる。
胴体だけになった蟲を踏みつけ、蟲は更にシオンに迫る。
あまりにも数が多い。シオン一人で捌き切れる数では無い。
最初は数匹程度。けれど、そこから数が増え、十、二十、三十と蟲達はシオンに向ける数を増やす。
「上等だ!! 来るなら来い!! 全部、全部殺してやる!!」
しかし、シオンも止まらない。
止まってはいけない。あの時と、同じになってはいけないのだ。
もう二度と、大切な人達を失わないためにも。




