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伝説の忍び、異世界に忍ぶ  作者: 槻白倫
第三章 斎火の王
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016 御嬢様、案内する

 浮かない顔でミファエルは学院の正面玄関にて人を待つ。


 アイザックに手伝うと承諾してしまった手前、やっぱり無理ですとは言えなかった。


 フランには相手の要求が分からない内から無闇に承諾をするなと叱られたけれど、ルーナは特に何を言うでも無かった。


 ただ一言、『問題無い』とだけ言っていた。


 何が問題無いのかはミファエルには分からないけれど、ルーナが問題無いと言うのであれば大丈夫なのだろうと思う。


 特別、危機的状況になってしまったとは思わないようにしているのだけれど、やはり自分の迂闊さには呆れかえるばかりであり、浮かない顔を浮かべているのはそのためである。


 問題無いと言ってはいたけれど、ルーナもきっと呆れているに違いない。


「はぁ……」


 思わず溜息を吐く。


「おや、おやおや? 溜息なんて吐かれて、どうしたのですかぁ?」


「――っ」


 不意に声をかけられて、思わず身体を跳ねさせるミファエル。


 声の方を見やれば、そこには白と緑の修道服に身を包んだ男女が、同じく白と緑を基調とした制服に身を包んだ騎士が立っていた。


 声をかけてきたのは、ミファエルと同じくらいの背丈の少女。


 新緑色の綺麗な瞳をしており、その目には優しい光が宿っている。


 彼女達が今回学院を案内する事となっている、世界樹信教の信徒達で間違い無いだろう。


「も、申し訳ございません。見苦しい所をお見せしました。私が、この度の案内を務めさせていただきます。ミファエル・アリアステルと申します」


「まあ、貴女が案内をしてくださるのですね? 私は世界樹信教司祭のピュスティスと申します。今日はよろしくお願いしますね、ミファエルさん」


「私は世界樹信教司教のカインド・コーネグリフだ。今日は我々の我が儘に付き合っていただき、感謝する」


 にこりと嬉しそうに挨拶をするピュスティスとは対照的に、事務的に挨拶をするカインド。


 世界樹信教の信徒。それも、司教と司祭を相手にするとは思ってもみなかった。


 怖気付きそうになるミファエル。しかし、そんな間を与えることなく、陽気な声が可愛らしく響く。


「にゃにゃにゃ! それでは(ぼく)のご紹介ですにゃ! 世界の妖精グランプリでナンバーワン可愛いを獲得! 毛並み良し、愛嬌良し、ぱっちりお目々は宝石級! 最強可愛い猫妖精(ケットシー)とは、そう、(ぼく)の事ですにゃ!」


 何処からともなく影が落ちる。


 ミファエルの前に優しく着地をし、アイザックに貰った格好いい外套(マント)を前足で持って、王冠を外してお辞儀をするフラン。


 突然のフランの登場に、空気が固まる。


「……あの、フラン。それだと、自己紹介していませんよ?」


「にゃにゃ!? うっかりですにゃ!」


 照れたように笑いながら、フランは王冠を頭に被せてから再度ピュスティス達に向き直る。


(ぼく)はケットシーのフランですにゃ! 今日は、御嬢さんと一緒に案内させていただきますにゃ!」


 言って、フランは軽やかに跳びあがって、ミファエルの肩に乗る。


 それだけで、ミファエルの心は幾分か緊張が和らぐ。


 自分は一人では無い。フランも居れば、ルーナも何処かで自分を見てくれている。


「やぁぁ、可愛いですぅぅ!! フランさん、握手、握手してください!」


「喜んで!!」


「ふわぁ……肉球ふかふかぁ……」


 フランの肉球を堪能するピュスティス。背後に立つ騎士達の何人かは羨ましそうにそれを見ている。


「ピュスティス、君は此処に遊びに来たのか?」


「あうっ……す、すみません、つい……」


 カインドに叱られ、ピュスティスはしょんぼりと肩を落とす。


「アリアステル殿」


「はい」


「今回、我々は視察をしに来たのではない。ただの見学だ。適宜、説明をしてくれればそれで良い」


 冷たい声音でカインドは言う。表情も堅く、いまいち何を考えているのか分からない。


 けれど、カインドの言う通りでもある。ミファエルは視察の案内を任されたのではなく、学院の見学の案内を任されているだけなのだ。


 これは公務では無い。ただの見学会だ。


 そう思うと、少し気が楽になる。


「分かりました。それでは、早速ご案内いたします」


「みにゃさん、こちらですにゃ~!」


 先頭に立って案内をするフランとミファエル。フランは手に旗を持っており、その旗には『世界樹信教御一行様』と書かれている。


 いつの間に用意したのだろうと思いながらも、ミファエルは平常心で案内をする。


 ミファエルの説明に、フランが面白おかしく言葉を交えて捕捉を入れる。


 その説明に、カインドは至極真面目な顔をしており、好感触なのかどうか分からない。


 対して、ピュスティスは表情をころころと変えて楽しそうに説明を聞いており、こちらは二人の説明を気に入ってくれている様子だ。


 騎士達も物珍しそうに見ており、時折相槌を打っているので、ミファエルとフランの説明に満足してくれているのだろう。


 世界樹信教と聞いて身構えていたけれど、対面してみれば普通の人間だ。危険な思想を持っている訳では無いようで一安心と言ったところだ。


 アリザと父親が何故あんなにも危惧していたのかが分からない。


「此処が学食になります。皆様、二階席にお上がりください。そこで、いったん休憩といたしましょう」


「まぁ! 私、学食というものを初めて食べます! とても楽しみですぅ!」


 素直に喜ぶピュスティスに、ミファエルは思わずくすりと笑みを浮かべる。


「そうなのですか」


「はい! パーファシールは食の宝庫と聞きます! あの、東の国にあると噂のどんぶり(・・・・)というのは在るのでしょうか? 私、それが食べてみたいです!」


「ど、どんぶり、ですか? いえ、学食にはありませんね……」


「そ、そうなのですかぁ? しょんぼりですぅ……」


 しゅーんと肩を落とすピュスティス。


「ですが確かに東の国の料理もございます。是非、ご堪能ください」


「本当ですかぁ? 楽しみですぅ!」


 彼女の欲しがったどんぶりでは無いにしろ、東の国の料理もあると聞いたピュスティスは即座に表情を明るくする。


 感情を素直に表に出す人だなと、素直に思う。


 やはり、ピュスティスがミファエルにとって危険な存在だとはどうしても思えない。それに、騎士の者達も丁寧で紳士的な態度で接してくれる。


 ただの、優しい人達。言葉も通じ、感情も豊かだ。


 本当に危険視しなければいけないような人達なのだろうか? 話し合えば、分かってくれるのではないだろうか?


 そう思う反面、あのアリザがそこまで言う事の意味をきっと自分は正しく理解していないのだろうとも思う。


 もっと、自分の眼の事を調べようとも思うけれど、調べてしまうと怪しまれてしまう。


 自分の眼に利用価値等無い。自分の眼は普通の眼だ。そう思って、生きていくのが一番安全なのだ。


 気掛かりがあるとすれば、先日の公爵邸襲撃の件である。


 ミファエルが狙われたのは間違い無いけれど、その背景が未だに掴めていない。


 ミファエルの眼を狙って来たのか、それとも、ミファエルの命だけが狙いだったのか。


 ルーナは百鬼夜行が貴族の依頼は請けないと言っていたと言ったが、もしかすると世界樹信教が既にミファエルの眼の事を知っていて――


「どうかなさいましたかぁ?」


「――っ」


 物思いに耽っていた意識が外へと向く。


 考え事をしながら移動していたので、気付いた時には二階席で座っていた。


 目の前では、ピュスティスが小首を傾げながらミファエルを見ている。


「いえ。なんでもございません」


 怪訝な顔をするピュスティスにミファエルは笑みを浮かべて返す。


「そうですかぁ」


 にこりとピュスティスも笑みを浮かべて返す。


 願わくば、この笑みに嘘が無い事を、なんて思ってしまった自分に少しだけ嫌気がさした。


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