020 忍び、覚悟を問う
校内に幾つかある談話室。そこに、ミファエルら一党は集められていた。
集められた理由は勿論、七日後に迫った決闘についてだ。
談話室に集まったのは、ミファエル、オーウェン、そしてルーナ。
因みに、ルーナは影の中から発言をするだけで姿は現してはいない。なので、どこからともなく声が聞こえてくるという不思議な状態になっている。
談話室に集められた理由は一つ。七日後に控えている代理決闘の件についてだ。
食堂ではあれ程騒ぎになり、あれ程まで意気消沈していたというのに、談話室に入ってから一向にその気配はなく、むしろ安心したように椅子にふんぞり返る始末。
優雅にルーナの出したお茶を味わいながら飲む余裕っぷり。
「まぁ、勝ったも同然ですね」
むっふーと勝ち誇ったように腕を組むミファエル。
「そうですね。ルーナが出て勝てないなんて事にはならないとは思います」
余裕そうな態度のミファエルに、オーウェンも同意の言葉を上げる。
実際、オーウェンが見て来た中でルーナの強さは別格。
最後の最後、百鬼夜行との戦いは遠めにしか分からなかったものの、それでも凄まじい戦いである事に変わりはない。
ドラゴンや悪魔、その他大勢の魔物と一人の強者を相手にして、オーウェンでは勝つ自信は無い。
「そうです! どんな騎士よりも、私のルーナの方が強いのです! これはもう勝ち戦です!」
ご機嫌にお茶を飲むミファエルに、しかしルーナは無情に真実を告げる。
「いや、私は出ない」
「――ぶっ!? な、ど、どうしてですか!?」
お茶を軽く吹き出し、動揺しながらもミファエルはルーナに訊ねる。
「ベイングローリーの言った事を忘れたのか? 騎士による代理決闘だ。私は騎士では無いゆえ、その決闘の参加条件を満たしていない」
「ルーナは私の騎士です! 問題ありません!」
「以前も言ったように、私は騎士では無い」
「いいえ、ルーナは誰が何と言おうと私の騎士です! 主の私が言うのだからそうなのです!」
「誰が何と言おうと、私は騎士では無い。それは、私が選んだ道であり、私の生きる道だ」
この生き方は変えられない。そして、忍びである事にも誇りを持っている。
「アリザも、私を雇う上でそれで良いと了承した。ゆえに、騎士は私ではない。騎士では無い私はその決闘に参加できまい。騎士科の生徒でも無ければ、国に登録されている騎士という訳でもない私だ。勝ったところでケチを付けられるに決まっているからな」
「そ、そんなぁ……」
目に見えて落ち込むミファエル。
ルーナが騎士でないときっぱりと言い放った事といい、決闘に参加できない事といい、ミファエルが落ち込むのも無理は無かった。
これで、話は振出しに戻った訳である。
「で、では誰が? 誰が決闘をするというのですか? ルーナは受けても良いと言いましたよね?」
「オーウェンが居るだろう」
水を向けられるオーウェン。しかし、その表情は苦々しい。
「……聞くが、私が勝てると思うか?」
「いや、無理だろうな」
「はっきりと言う……」
けれど、オーウェンもルーナと同じ意見だ。
「だが、私も同意見だ。今の私では実力不足……相手はあのベイングローリー候の騎士だ。ベイングローリーと言えば、戦果で実績を上げた家系。ベイングローリー先輩は執政科だが、兄上は騎士科で優秀な成績を修めて卒業している。恐らく、彼の家系の者が参加するに違いない」
ベイングローリーの領地から急いで騎士を送ってもらったとして決闘の日には間に合う。
「何故自分が出るでも無い、勝てる見込みの無い決闘を受けた?」
少しだけ、責めるような声音で問えば、ルーナは淀みなくそれに答える。
「あれが一番丸く収まる。勝てば官軍負ければ賊軍だ。つまり、あの状況まで行ってしまったのであれば決闘を受けて勝った方が良い。負けた後にみっともなく言い訳をする事などしまい」
「確かにその通りだが、それは勝ち目があっての話だろう? 勝ち目がない状況で決闘を受けて、あまつさえお前の存在を知られてしまったわけだ。御嬢様にとってマイナスしかない。これで負けてしまえば退学。マイナスどころの話じゃないぞ」
「決闘に関しては考えがある。それに、私の存在を知られたのは決して悪い事ではない」
「どういう事だ?」
「私は声だけを発した。まぁ、実際には私の声では無いのだがな」
あの時声を発したのは、ルーナの命令を受けた影女だ。あの場には影が多い。影から同時に様々な声を出すのは、影女の得意とするところだ。
聞く者によって男に聞こえたり女に聞こえたり、きっと不気味に思ったに違いない。
「時には一部の情報で攪乱を招く事が出来る。私の場合は、正体も実力も不明な護衛として認知された事だろう」
「御嬢様がお前の情報を開示を求められたらどうする?」
「知ってる事を話せばいい。知っている事があればの話だがな」
「あ……」
寂し気な声を漏らすミファエル。
ミファエルはルーナの事を好いている。自分を護ってくれる人。自分を二度も助けてくれた人。自分を奮い立たせてくれた人。
しかし、それしか知らない。
それだけしか分からないのだ。
答えようがない。彼が何者なのか。彼がどんな人物で、何が好きで、何が嫌いなのか。それが、全部分からない。
落ち込むミファエルを余所に、ルーナは話しを進める。
「それに、情報の開示請求などしないと、私は踏んでいる」
「どうしてだ? 学院に忍び込んだ者が居るんだぞ? 学院側としては即刻情報を開示させるのが道理だろう?」
「逆に聞くが、学院側が主に情報の開示を請求したらどうなると思う?」
「どうって……ああ、なるほど。そう言う事か」
納得したように頷くオーウェン。
気もそぞろで、話についていけていないミファエルは何のことだかさっぱり分からない。
そんなミファエルのために、ルーナは一から説明をする。
「主に大っぴらに情報の開示なんて求めてみろ。学院が賊の侵入を認めた事になり、その対処が出来ずに主に詰め寄った、という風にも見えるだろう。そんな失態を晒したと、公に出来ると思うか?」
「いや、まずしないだろう。秘密裏にかたを付けたいと思うはずだ。その上で学院の結界の強化と防衛設備の向上を密かに行う。結界の強化は見る者が見れば分かってしまうが……大概の者は分からないだろう」
「その通りだ。その上で、私は自由に学院内を動く事が出来る。結界の強化と防衛設備の向上をしても見付けられないのであれば、私の存在そのものが疑われる可能性があるだろう」
「なるほど……。そうなればお前の存在も、他者から見ればかなり曖昧なものになる、という訳か」
納得したのか、オーウェンは一人頷く。
しかし、ミファエルは納得していない様子なのか、むぅっと眉間に皺を寄せている。
「それは、なんだか悲しいです……」
ミファエルの言葉にルーナは触れない。その問答はもう何度もした。今更する事も無いだろう。
「お前の行動の意味は分かった。だが、決闘はどうする?」
「勿論、お前に出てもらう」
「勝てない私がか?」
「今のお前であれば、の話だ」
ルーナの取ろうとしている行動は賭けだ。予想は五分五分。どちらに転んでもおかしくは無い。
けれど、オーウェンの潜在能力はフィアに匹敵するものがあると、ルーナは感じている。
後は、強制的に死線を潜り抜ければ今よりかなり化けると思っている。
「オーウェン。お前に、死ぬ覚悟はあるか?」
「は?」
ルーナの言葉に、オーウェンは思わず呆けた声を上げる。
そして、後悔する事になる。なんで頷いてしまったのだろうと。




