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伝説の忍び、異世界に忍ぶ  作者: 槻白倫
第一章 伝説の忍び
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005 忍び、敵対す

 背後から迫り、即座に路地裏に引きずり込む。


「――っ!?」


「動くな」


 首にナイフを当て、自身が命の危機にある事を知らしめる。


「聞きたい事がある。正直に答えろ」


「……何だ」


 月影の言葉に、相手が冷静さを保って答える。


 流石に、暗殺を生業にしているだけある。即座に月影を同業者だと見抜き、その同業者が誰であるのかを探ろうと時間を稼いでいる。


「お前達は公爵令嬢の暗殺を企てる者か? それとも、また何か別の目的があるのか?」


「……はっ。お前も同業なら分かるだろ? 私が言うと思うか?」


「そうか」


「ぐぉっ!?」


 月影は、迷う事無く目の前の男の肘の骨を折る。


 ばきゃっと嫌な音が鳴る。が、やはり同業者。脂汗をかきながらも、取り乱す事はしない。


「は、ははっ。これくらいで、吐くと思うか……?」


「いいや?」


「がぁっ!?」


 続けて、反対の肘の骨を折る。


 時間をかければ、この男の仲間が来るのは明白。そうなれば、多少面倒だ。


 手荒でも、時間をかけないように動く他無い。


「もう一度問う。お前達の目的は公爵令嬢の暗殺か? それとも、別に目的があるのか?」


「ぐっ……ぅ……言うと、思うか……?」


「見上げた根性だ。だが、沈黙は時として雄弁よりも銀である事を知っておくべきだったな」


「は?」


「口を割らないという事は、口を割れない事情が在るのだろう? つまり、漏洩すれば事になる、という事だな。それが分かれば十分だ」


 言いながら、月影は男の首をかき切る。


 盛大に血を噴き出しながら、男はその場に倒れる。


 頑として口を割らない。という事はつまり、それほどまでに重要な何かを担っているのだろう。


 公爵令嬢の護衛であれば、路地裏に連れ込まれた時点でそう言えば良い。何も言わなかった。その時点で、やましい事を隠している確率が高い。


 暗殺を否定しなかった。けれども、肯定もしなかった。


 けれど、彼等が護衛ではない事は確実だ。自身の街で護衛を付けるのであれば、騎士を使えば良いだけの話だ。貴族が護衛として騎士を付ける事は何ら不思議な事ではないのだから。


 軽く男の死体を漁る。


 袖口に隠された暗器。小瓶に入った毒薬。白兵戦用の短刀。その他、暗殺の小道具。


 殺す気満々の装備である。


「……珍しい事では無いか」


 その立場ゆえに、貴族は命を狙われる事が多い。公爵ともなればなおさらだろう。


 自身の領地内とは言え、公爵令嬢の護衛が侍女一人だけである事に違和感を覚える。


 誘い出している? それにしては、侍女はあまりにも弱い。五人の暗殺者を相手取れる程の実力は無いだろう。


 お忍びで無理矢理出てきた。そんな可能性も在るだろう。月影の前世の主も、お忍びで良く城下町に遊びに出ていた。勿論、主を護るために月影は陰で護衛をしていたけれど。


 ひとまず、公爵令嬢の事情は考えないで良いだろう。


 問題は、残り四人の暗殺者だ。


「……他人の仕事は好かんがな」


 月影は毒物以外の暗殺道具を回収する。毒物はどんな効果があるか分からないので、回収はしない。


 自身で手入れをした武器ではないのがいささか不満ではあるけれど、背に腹は代えられない。


 暗殺道具を装備し、月影は死体をそのままにして走り出す。


 死体の身元が割れれば、この街の住人ではない事は分かるだろう。残した毒薬から暗殺者の類いであると判明するはずだ。


 残り四人の武器を奪うつもりは、今のところは無い。その四人の死体も発見されれば更に暗殺者の証拠として強いだろう。


 まぁ、月影が残り四人の暗殺者に勝つことが前提となるのだけれど。


 馬車の音のする方へと走る。


 暗殺者の実力は二流程度。背後から迫る月影に気付けなかったのが良い証拠だ。


 一流であれば、月影の接近に気付いていたはずだ。生前に出会った忍びの中でも、月影の存在を感知して白兵戦にまで至った者も居た。その者達は暗殺術も鮮やかであれば、白兵戦でも一流の武士の如く立ち回った。


 そんな相手に比べれば、二流暗殺者など物の数ではない。


 馬車に追い付き、即座に残りの暗殺者を視認しようとしたけれど、姿が見えない。


 一人の姿が消えたのを確認して撤退したのか、あるいは――


「ふっ!」


 ――下手人が居る事を感じ取って迎撃をしてくるかだ。


 振り下ろされる短剣を避け、即座に首をかき切る。


「なっ!?」


「無駄な呼吸が多い」


 暗殺は一撃必殺が望ましい。それが失敗した段階で、暗殺は半分失敗したと思った方が良い。


 これで残り三人。けれど、こちらを窺う気配は無い。


 この男だけが様子見を任されたのだろう。相手に分かりやすいように移動したおかげで簡単に釣る事が出来た。


 脚運びに視線の移し方を二流まで落とせば、同業者であれば気付く。下手人が子供であると分かれば手を出して来るだろうと踏んでいたのだが、予想通りで助かった。


 しかし、これで確定した。


 逃げた事と言い、こうして殺そうとして来た事と言い、やましい事をしているのは確かだ。


 自分達が利用される可能性があるから、全て排除しておきたかったけれども、立て続けに二人殺していれば相手も無謀にも手を出して来る事は無いだろう。


 公爵側に優秀な()が居ると勘違いしてくれるはずだ。自分達の手に負えないと分かれば、手を出して来る事は無いだろう。


 これ以上追う必要は無いし、遅くなってはフィアが心配するだろう。


 先程殺した暗殺者はそのままにする。


 そのまま放置しておけば、後で誰かが気付くだろう。最初に殺した相手と合わせて、二人が暗殺者である事が明るみに出るはずだ。そうすれば、公爵令嬢も護衛の一人や二人付けるだろう。


 ただ、このまま発見されずに暗殺者側に回収される恐れもある。そうなっては面倒だ。


「派手なのは好きじゃ無いが……」


 月影は指を曲げて穴を作ると、その穴の部分を口元に当てる。


 そして、上を見上げて勢いよく息を吹く。


 直後、月影の口元から炎が噴き上がる。


 炎は建物を超えて轟き、盛大な火柱を上げる。


 忍術、火遁ノ術である。


 本来であれば攻撃や目くらましに使ったりするのだけれど、今回は目印にだけ使った。贅沢な目印である。


 この火柱を見た警邏中の騎士がこの場所にやって来る事だろう。


 その前に、月影はこの場から離れる。


 足音無く、気配も無く、月影は走る。


 これで、やるべきことはやった。後は野となれ山となれだ。


 公爵令嬢も、フィアが怒鳴った事でもう二度と来る事も無いだろうし、暗殺者が出たとなれば暫くは外に出る事も無いだろう。


 そうなれば、冒険者になるまで安心して暮らす事が出来る。


 冒険者になれば今の棲み処から出られるし、公爵令嬢に絡まれる事も無い。


 ひとまず月影はやりたい事も無い。使命も、任務も無い。であれば、仲間として育ったフィアを手伝えば良いだろう。


 生前の主に出会ってから、削ぎ落したはずの情とやらが月影の中で少しずつ芽生えているという事には気付いていた。


 必要に迫られればその情を切り捨てる事も出来る。迷いなく相手を殺せた事がその証左だ。


 ただ、生前は情よりも主の命令を優先した事で主を失う事になった。


 命令に従うのは、忍びとして正しかったのだろう。忠言を呈するのは家臣の役目であり、忍びは粛々と命令を実行すれば良いだけなのだから。


 情なんて物が芽生えてしまえば、少しだけ過去の行動を後悔してしまっている自分が居る。


 忍びとして正しくあれても、主が情を寄せてくれていた月影として正しい事が出来たのか。それが、月影には分からない。


 答え合わせなんて出来るはずが無いのだから、気にしたところで仕方の無い事なのだけれど、ふとした時に考えてしまう。


 殺す事を考えていた月影には、今の人生は少しだけ考える事が多かった。


 それを、嫌とは思わないけれど。


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