001 忍び、入学す 1
二章、始めます
煌びやかで荘厳な講堂。
ステージに立ち挨拶をする学長。
学長の話を緊張と期待感を露わに聞く子供達。
そんな子供達を真剣な表情で、しかし、微笑まし気に見守る教師達。
そう、今日は子供達にとって晴れ舞台。王立パーファシール学院の入学式なのである。
学長の挨拶が終われば、講堂の全員から惜しみない拍手が送られる。
学長は人当たりの良い笑みを浮かべながら、生徒達に手を振ってステージを降りる。
「続いて、新入生代表挨拶。新入生代表、アイザック・パーファシール」
「はい」
新入生代表がステージに上がる。
アイザック・パーファシール。此処、パーファシール王国の第二王子である、というのは事前情報で得ている。
厳かな雰囲気漂う中、アイザックの代表挨拶はそれをぶち壊すものだった。
「特に能書きは無い。私の生涯の目標はこの世に存在する四体の魔物の王の討伐だ。私はこの六年間をそのために費やすつもりだ。王位に興味も無ければ、権力争いに加担するつもりも無い。私にそのようなモノを期待する事の無いように。魔物の王の討伐を目指す者だけ、私に声をかけろ。以上だ」
アイザックの予想外の挨拶に、生徒達はおろか教師達も動揺を隠せない様子。
恐らく、事前に渡されていた台本通りの挨拶では無いのだろう。
ステージを降りようとしたアイザックであるけれど、ぴたりと動きを止めてからまた演台の前に戻る。
「言い忘れたが、身分は関係無い。強い奴は大歓迎だ。特に……いや、やめておこう。横取りされても不愉快だからな」
意味深にそう言い放ち、今度こそ演台を後にする。しかし、『特に……』の後に向けられた視線はただ一人を貫いていた。
今年の一般入試での入学した生徒。名をツキカゲ。
面倒な者に目を付けられたと、ルーナは心中で溜息を吐く。
そう、ルーナもこの学院に入学しているのだ。目的は勿論ミファエルの護衛である。
ミファエルは公爵令嬢。侍女との間の子ではあるけれど、取り入れるなり婚約を結ぶなりすれば下級貴族には太いパイプになる。ミファエルは利用価値が高い。
しかし、それ以上にミファエルの目の方が利用価値が高いようなのだけれど、その全貌をルーナは知らされていない。
今のところ、警戒すべきはミファエルにあの手この手……つまり、手段を選ばずに取り入ろうとする者達と、百鬼夜行を雇った者達である。
学院であれば百鬼夜行のような派手な事は起きないだろうけれど、学生達には必修科目として実地訓練がある。勿論護衛は付くけれど、護衛よりも強い者が来る可能性も在る。油断はしない。
ともあれ、安全な学院であろうとも安心ではない。ルーナにとっては常在戦場。護衛対象が居る限り、何処であろうと戦場なのだ。
目立たず。溶け込み。日常生活でも影のように過ごす。そう決めていたのに……。
「なんだか凄い方に目をつけられてしまいましたね、ツキカゲさん」
「そうだね」
「魔物の王の討伐、ねぇ……お前は興味ねぇの?」
「無いよ。僕はしがない兵士志望の学生だからね」
「ま、そーだよな。どえれぇ目標掲げてんなぁ、王子様」
両隣から声をかけられる。
入学試験。目立たないようにしていた。完璧に溶け込めていた。試験も合格範囲内の実力だけを発揮していた。
話しかけられたら上手く受け答えをして、こうして両隣に知り合いと呼べる相手を作る事にも成功した。
にもかかわらず、ルーナは目を付けられた。
溜息を吐きたくなる気持ちをぐっとこらえる。
突き刺さるような視線も無視する。
視界の端、ぶすくれた様子でミファエルがルーナを見るのが目に入る。
どうしてこうなった。
やり方を間違えたかもしれないと、ルーナは少しだけ後悔した。
〇 〇 〇
学院に入学する少し前。百鬼夜行事件は完全に終息し、その後にミファエルに向けて刺客が差し向けられる事は無かった。
しかし、騒動終結の立役者であるルーナの名は世に上がる事は無く、また、ルーナは公爵領で隠れながら生活を送っていた。ルーナは世間的には死んだことになっているため、その姿を見られるのはよろしくないからだ。
けれど何もしなかった訳ではない。
ミファエルは学院に入学する準備と勉強をしており、オーウェンはその手伝いをしている。アリザは未だ療養をしているけれど、徐々に職場復帰のための回復訓練を行っている。
ミファエルを護るのであれば、ルーナも学院に通う必要が出てくる。そのため、ルーナも学院に通うために勉強をしていた。具体的には、ミファエルの勉強を覗き見ていたり、公爵家の書庫で勝手に本を読んで勉強したりしていた。
算術は良いけれど、この王国の歴史や魔物の生態に疎かったり、フィアとの旅すがらの勉強だけでは少しだけ不十分な気がしていたので、公爵家で知識の補完が出来たのは良かった。
一度見た物は忘れないのがルーナだ。勉強の方、特に暗記系は問題無いだろう。
本当であれば、ルーナは学院に通う事はしたくはなかった。学院に通わずとも護れる自信があったし、隠れきる自信もあった。
しかし、王立学院には結界が張られており、関係者以外の立ち入りが出来ないようになっているらしい。
準備期間さえあればその結界を欺く事も出来ただろうけれど、あまりに期間が少ない。そのため、簡単にミファエルの傍にいられる方法を選んだ。
ルーナは貴族ではないため、学院には一般での入試になる。貴族は学院に通う義務があるけれど、平民は学院に通う権利があるだけだ。実力が伴わなければ、学院には通えない。
また、学院にはそれぞれの学科があり、執政科、商業科、騎士科、従事科、兵士科、魔法科、技術科の七つに分けられる。ルーナが応募をするのは兵士科だ。
何処に入っても良かったのだけれど、平民が選ぶ一番無難なものを選んだ。
目立たず、普通を演じる事で、誰もルーナをミファエルを護る正体不明の存在とは思わないだろう。という、ルーナの常套手段だ。
貴族の学院説明会と一般入試の日が同日に行われ、貴族達は今年の平民がどれだけ出来るのかを見学する事になっている。人材の確認と、筋が良ければ唾を付けておこうという魂胆なのだろう。
平民の場合、これでもし入学が出来なくとも、貴族のお眼鏡に適えばその貴族の領地で働く事が出来る。学院には通えなくても、貴族に選ばれるというのは平民からしたら大出世だ。
見習いからの下積みになるけれど、普通に働くよりは給料が良いので、毎年多くの者が受験に来ている。
未来を夢見る子供達には、貴重な一枠を奪ってしまう事に申し訳無さを覚えるけれど、こちらも仕事なのだ。
「ん、呼ばれたか」
アリザに呼ばれ、ルーナはアリザの部屋へと向かう。
「なんだ?」
アリザの部屋に音も無く現れれば、アリザは感心したような呆れたような顔をする。
「よくもまぁ、毎度音も無く出てこられるものですね」
「それが仕事だからな」
影に潜んで主を護る。何者にもさとられないように行動をするのは当たり前だ。
「まぁ良いでしょう。ルーナ、入学の準備は整っておりますか?」
「ああ。筆記も実技も問題あるまい」
「その自信は何処から出てくるのやら……。いえ、別に貴方の実力を疑っている訳では無いのですが」
「出来る物には出来ると答える。物の出来不出来を偽ったりはしない」
仕事上、何より面倒なのが虚偽の報告である。出来ない物は出来ないと言った方が物事は素早く安全に進むものだ。
「ともあれ、入学が出来そうで何よりです。志望学科は?」
「兵士科だ」
「一番無難なものを選びましたね」
「その方が目立たないからな。少年が兵士を目指して入学した、というありきたりな理由の方が勘ぐられないだろう」
「ですが、御嬢様は執政科です。騎士科、もしくは従事科の方がよろしいのでは?」
「近しい者程疑われかねない。正体が割れてしまえば、相手にとっての計り知れない恐怖として機能しなくなる」
「その理屈は分かりますが、近くに居なくて御嬢様を御守できるのですか?」
「問題無い。私にはこれがある」
言って、ルーナの影から一振りの刀が現れる。
銘を百鬼夜行。先日の事件でのルーナの戦利品だ。




