第7話 苺ちゃんは恐ろしい
朝7時、俺は目を覚ました。
昨日のグループラインのせいで、4時間ほどしか眠れておらずとても寝不足だ。
ふとスマホを見ると、ラインの通知が100件以上も溜まっていた。
それも全てあの二人のやりとりだ。
今更何か返すのもめんどくさかったので、俺は既読だけつけて迎えに来ている有栖川さんと学校へ向かった。
「一ノ瀬君、昨日は凄かったね」
「ほんと終始ヒヤヒヤだったよ」
「私も苺ちゃんに怒られた時は、どうしようってパニックになっちゃった」
まあいきなり太陽を下の名前で読んだ時は俺も焦ったけど…。
「このメンバーでウォークラリーの班を組むって、大分無理がありそうだけどな」
「でもちょっと楽しそうかも」
「有栖川さんって、天然だよね」
「そうかな?あんまり自覚はないけど」
「そう言うとこが天然なんだよ」
有栖川さんは、俺の言葉にあまりしっくりきてない様子だった。
◇◇◇
8時25分、いつもどおりの時間に学校へ着いた。
有栖川さんは自分の教室へと向かい、俺は眠気をとるため自販機でコーヒーを買ってから教室へと向かった。
ガラガラガラ
教室の扉を開ける。
俺の席は窓際の一番前なので、前側の扉からだと一直線に歩いて行くだけでいいのだけれど…。
何故か教卓の前でとてもどんよりとしている太陽と花梨が、俺を見るなり手招きで呼び寄せてくる。
「お…おはよ」
俺は恐る恐る挨拶をする。
「おはよ」
「おはよ」
二人とも疲れきった声で挨拶を返してくる。
その表情を見てすぐに分かった。
この二人は多分、昨日から一睡もしていないのだ。
その証拠として、眼は充血し大きな隈が出来ていた。
「昨日は寝てないのか?」
「ああ。ついさっきまで苺の電話に付き合わされていたからな」
「私はあの女と言い合いした後、むしゃくしゃし過ぎて全然眠れなかったのよ」
恐るべし苺ちゃんパワー。この二人をここまでボロボロにするとは…。
苺ちゃんにはあまり関わらない方が良さそうだな。
「そ…それで、二人は何の話をしてたんだ?」
「それがな、花梨が苺だけは絶対に班から外してくれってしつこくてよ」
「当たり前じゃない!!あんな失礼極まりない子、班にいるだけで迷惑よ」
はぁ、朝から厄介な揉め事に巻き込まれたぞ。
太陽は苺ちゃんが彼女だから絶対に班から外す気はないだろうし、花梨はこの性格だからなぁ苺ちゃんを班から外すまで言い続けるに違いない。
絶対に解決しないやつじゃんこれ!!
「ま…まあ花梨もさ、今回は大人になって我慢しようよ。苺ちゃんとも普通に話してみたら意気投合みたいな事もあるかもしれないし」
俺は何とか早く終わらせたいと思ったので、花梨説得を試みた。
「そうだぜ!苺って根はいい奴なんだよ。だからさ、この通り!今回は花梨が折れてくれないか?」
太陽…何故お前がここで入ってくる!?
いいから今は静かにしといてくれ!!
「もう、うるさいうるさいうるさい!!」
ほらキレちゃったよ。
こうなったらもう誰も手がつけられないぞ。
「わかったわよ!!私が大人になればいいんでしょ!!」
え?嘘でしょ。
「あ…ありがとう!!千種もサンキューな!」
「お…おう」
まじか…。あの花梨がこんなにあっさり引き下がるなんて。
今日は雪でも降るんじゃねえか?
「じゃ…じゃあそう言う事で、二人ともよろしくな」
そう言って太陽が逃げるようにして席に戻った。
「何よあの態度…」
花梨がボソッとそう呟いて、席に戻る。
二人とも…間に居る俺が超気まずいんですけど。
俺も花梨が席に戻るのを見届けて、自分の席に戻った。
◇◇◇
昼休み、俺は太陽に誘われ屋上で弁当を食べる事になった。
太陽がこうして俺を誘う時は、決まって何か理由があるので少し警戒心を持ちながら屋上に向かっている。
そして俺と言う人間は、誰かとわちゃわちゃお昼を過ごすよりも一人でゆっくりとお昼を過ごしたいタイプなのでいくら親友である太陽からの誘いでもあまり気乗りがしないのだ。
そうして屋上に着くと、太陽が晴れ渡る青空を見ながら嬉しそうに言葉を放った。
「おお!今日の天気はまじで最高だぜ!」
「そうだな」
「何だよ千種、もっとテンション上げろよ」
「すまん。俺も昨日睡眠時間が短くてさ、このテンションが今の俺の限界」
「それは…俺の責任でもあるな。今日のところはそのテンションで我慢するわ」
「あんがと」
俺たちは貸切状態の屋上で、一番ながめの良い位置を確保しゆっくりとお昼ご飯の準備をする。
太陽は購買で買ったパンやおにぎりを鞄の中から取り出し、俺は母さんの手作り弁当を鞄の中から取り出す。
「それでな千種」
「ん?」
「今週の土曜に俺って初デートするじゃん?」
は?初耳何ですけど?
なんかあたかも俺が知っている風な感じで話し始めるのやめて?
「そ…そうなの?」
「それでさ、お前達もその日に初デートしてくれない?」
「は…はい?ちょっと言っている意味がわからないんだけど」
「だからさ、俺たちと同じ日にお前たちも初デートしてくれって言ってんの」
だからそれが意味不明だって言ってんの!!
「ええと…それは何故?」
「それがその…苺がさ、お前達カップルと初デート対決がしたいって言い出して…」
また出たよ苺ちゃん!!
ほんと絶対関わりたくなかったのに、あちらからご指名がきちゃったんですけど。
「初デート対決とは?」
「苺が言うに、お互いのデート写真をそれぞれ5枚ずつ撮ってそれを苺のニューチューブで出すんだと。そんで見てくれた人たちにどちらの初デートが楽しそうかアンケートを取らせて勝敗をつけるとか言ってたぞ」
まじかぁー。すっごくやりたくないんですけどー。
これって断っていいやつ?いいやつだよね?
「あのぅ、この勝負って我々に拒否権は与えられているんでしょうか?」
「そんなもんあるわけねえじゃん!もしもお前がこの勝負を断ったら、俺が苺に殺されるんだぞ!だから絶対に何が何でも勝負を受けてくれ!これは一ノ瀬千種の親友、岸辺太陽からの本気のお願いだ」
太陽…。そこまで苺ちゃんが怖いのか。そんな恐怖で支配されている関係性って冷静に考えてどうなんだ?
でもこんなに真剣な太陽ってなかなか見る事ないし、それほど本気だって事も伝わってくるし、はぁ親友として助けてあげるしかないよな。
「わかったよ」
「ほ…本当か!!」
「ああ、でも有栖川さんが承諾してくれなかったらこの話は無しだからな」
「そこはお前が本気のお願いをしないと」
「はあ?」
「だって彼氏なんだろ?付き合ってまだ日も浅いんだし、本気でお願いすれば承諾してくれるだろ」
何こいつーーーー!!さっきまでの怯えた小動物な雰囲気がすでになくなっているんですけど!!
「まあそこは、全力でお願いしてみるよ」
「よろしく頼むな!」
こうして俺は、太陽のお願いを断り切れず今週の土曜日に太陽カップルと初デート対決をする事になった。
勝手にこんな事に巻き込んでしまった事を、有栖川さんに伝えるのがとても恐怖でしかなかった。
だがその前に、俺は今日の放課後記念すべき初バイトがあるのだ。
いっちょ気持ちを切り替えて、初バイトを頑張りますか。
最後まで読んでいただき有り難うございます。
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