異世界に来たら新しい仲間とは思うけど、それよりもやっぱり魔法が気になるよね。男の子だし
ぼちぼち
暗い木々に囲まれた建物の入口付近で僕は一人立っていた。正確には周りに縄で縛られた盗賊たちが転がっているがそれはノーカウント。
結局、突如現れ味方となってくれた彼女らの助力もあって残りの盗賊は案外あってなく片付いてしまった。
「それにしても凄い美人だったな」
僕に盗賊の見張りを頼み、建物内へ入っていった彼女を思い出す。
僕のこれまでの人生でも一、二を数える程に整った容姿に破壊力抜群の笑顔。それに出るところは出て引っ込むところは引っ込んだバランスのいい体。彼女に想いを寄せる男子がどれほどいるのだろうと思わず考えてしまうほどだった。
「お待たせ、大丈夫だった?」
そんな下世話な事を考えながら建物の壁に背を預けていると中から想像していた女の子が出てきた。
「うん、特に何も無かったよ」
大丈夫、とは盗賊たちの見張りのことだ。彼女は僕が盗賊の見張りという名の休息を取っている間も建物内に残党が居ないか自ら確認に行ってくれていたのだ。
「そ、それなら良かったわ。こっちも特に問題はなかったわ」
これで唐突に始まった異世界初の戦いが終わったのかと思うと自ずと力が抜ける。普通、異世界での初めてのバトルってスライムとか弱そうな奴から始まるのがお約束だと思うんだけど僕の初バトル盗賊って過激過ぎないか?
「それにしてもあなた強いのね」
「ん?」
はて、なんのことやら? と首を傾げると女の子は鏡のように鮮やかな栗色の髪を揺らし、こてんと首をかしげた。
「どうして疑問顔なのよ……。私たちが来た時にはもうほとんど終わらせてたじゃない。もしかしてあなたも依頼でここに?」
「依頼? 悪いんだけどなんの事?」
「依頼じゃなかったのね、私たちはギルドからの指名依頼で来てたのだけど、とりあえず無事でよかったわ。怪我はない?」
色々と分からないことはあるがとりあえず今は彼女の問いに答えるべく体を動かす。
「痛ぁっ!」
なんだこれめちゃくちゃ痛いぞ!?
少し体をひねっただけなのに刺すような痛みが腕に走る。どういう事だと自分の左腕に視線を落とすとそこそこの大きさの傷ができていた。
「怪我してるじゃない。リーア、お願い」
僕の腕を見た彼女ははぁとため息をつきながらどこにという訳でもなく声をかけた。
「……腕、見せてください」
「うわっ!」
突如背後からかけられた声に驚きながらも振り向くとそこには先程まで話していた女の子と似た容姿の女の子が立っていた。
「リーアは【ステルス】が使えるのよ。さっきの盗賊に最初に攻撃したのもリーアよ」
最初の攻撃というと……あの光る矢か! 少し共闘しただけだが、彼女は二本のナイフで立ち回りながら戦っていた。遠距離から攻撃をする様子がなかったからおかしいとは思っていたが仲間がいたのか。そういえばさっきも自分のことを私たちって言ってたな。
「ええと、君も助けてくれていたんだね。ありがとう」
「……リーアでいい」
「そうか、リーアありがとう」
「……腕」
「え?」
「……腕、治療するから見せて」
微妙に会話が上手く噛み合っていなかったような気がしたが彼女の厚意を無下にするのは失礼だと思い、黙って腕を差し出す。
僕の腕の傷を見たリーアは一瞬目をぱちくりと見開いたがすぐに元の薄目状態に戻り、腕に手をかざす。
「……【キュア】」
ボソリと呟かれたその言葉の意味をとっさに理解することは出来なかった。が、すぐにその疑問は解決された。
リーアの手からふわふわと浮き上がった淡い光の玉が僕の腕に着地する。その光に包まれた左腕の傷がたちまちに消えていってしまった。
「今のは?」
「……【キュア】。傷を治す、回復魔法」
「リーアは魔術士なのよ。だから【キュア】ぐらいの回復魔法なら使えるのよ」
魔法!? 魔術士!? もしかして世界には魔法があるのか! 女神から異世界転生と聞かされた時に陰ながら期待していたがまさか本当に存在するとは!
「盗賊といい魔法といいほんとに漫画の世界だな、これ」
「マンガ?」
「いや、なんでもない。気にしないでくれ」
考えていることが漏れてしまったように小さく口にしただけなのに彼女は耳に拾って聞いてきた。
この世界に来てまだ何も知らないんだ。とりあえず異世界転移の事や前世の事は秘密にしておいた方が良さそうだな。
「とにかく、助かったよ。ありがとうリーア」
「……ん」
小さくこくりと頷いたリーアはすすすと彼女の横へ移動した。こう見てみると二人はどことなく似ている。もしかすると姉妹なのかもしれない。
「さっき依頼って言っていたけど結局彼らはなんだったんだ?」
「こいつらは盗賊よ。街に商売に来た商人の馬車を襲っていたのをギルドが見つけて私たちに依頼がきたっていうわけ」
「近くに街があるのか?」
「ええ、この辺だと王都の次に大きな街だと思うけれど。あなたはどこから来たの?」
どうしようか。正直に話したところで「は? 異世界? 転移? 何言ってるの?」と頭の心配をされるだけだろうし、隠しておいた方がいいと思うので本当のことは言えない。となると、
「両親が商人だったから色んなところを転々としていたんだけど、少し前に別れてね。ひとり旅をしてたら道に迷ってここにたどり着いたんだ」
まあ、こんなところが無難だろう。
「へえ、そうだったのね。それじゃあもしよければだけど私たちと一緒に街に来る?」
「いいのか?」
「もちろん。あなたには聞きたいこともあるし。リーアもいいわよね?」
「……構わない」
リーアがこくりと頷くと彼女はニコッと笑い握りこぶしをつくる。
「それじゃあ、街に帰りましょう!」
そんな様子の彼女の服を引っ張りながらリーアが再び小さく呟く。
「……名前、聞いてない」
「あ」
名前、名前か。一応地球にいた頃の名前はあるがこの世界では浮きそうだしなあ。
「自己紹介がまだだったわね。私の名前はカレン・レルナータよ。あなたは?」
「え、あっ僕は月宮 蒼隼……」
名前を教えろと催促され、考えていたことがすっぽ抜けて口から出てしまったがもう遅い。
「ツキミヤね。変わった名前ね」
先のマンガのくだりで彼女が地獄耳なのは分かっている。今更否定するのはおかしいか。
「いや、月宮は姓だ。蒼隼が名前。」
「名前と姓が逆なのね。それじゃあ街に着くまでよろしくね、アオト」
出された手を握り返して握手を交わす。ついつい日本感たっぷりの名前を言ってしまったが、逆によかったか。黒髪黒目のこの外見でポールなんて名前だったら違和感が過ぎる。
結果的にだけれど名前の問題が片付いき、ほっと安堵していた僕の袖がクイッと引かれる。
「……リーア・レルナータ」
横目に名前を言ったリーアは盗賊たちの住処を背に歩き出したカレンを追いかけていく。
レルナータ、ということは二人はやっぱり姉妹なのか。と、一人で納得する。しかし、歩き出した二人に置いていかれてしまってはまた何か問題に巻き込まれるような気がし、僕も慌てて二人の後について行こうと歩きだした。