「それとこれとは別の話です」
「そう言うお話は、エル姉様が先でしょう!」
メルリは、テーブルに手を突いて立ち上がる勢いで母と一番上の姉を見た。
「だいいち、わたしには早いお話です」
メルリは、機嫌を損ねてプイッとそっぽを向いて見せた。
「あら、エルラーナは心配要らないわ。あの子になら幾らでもお相手が見つかるわ」
「貴女は、自由気ままにやりたい放題。作法もダンスも真面目にやらずに、本ばかり読んで籠っていたと思ったら、城を抜け出して危険な場所に行っている。メルリ、貴女には自分の立場をわきまえて貰わなければなりません」
母親の目が鋭くメルリを突き刺した。
「それとこれとは別の話です」
メルリは、不貞腐れてどっかと椅子に座り直した。
「メルリ!そう言った不作法な態度から直していかなければ、王族としての質を疑われます。なまじ魔素に恵まれているから、各国からの注目を集めている事を自覚なさい」
「お母様は、これを機会に貴女が淑女としての振る舞いを身に付ける事を望んでいるのよ」
ヘレナメルクは、メルリを見て、スッと目を細めた。落ち着いた言い方だがその凄みは有無を言わせない響きがあった。
メルリは、反論を口にしようとするが、口元がぱくぱく動くだけで言葉は上手く出て来なかった。
「お相手は、ラッドレイスの第四王子ドミーク様です。あちらのご両親も、ご自分の研究ばかりで結婚しようともしない彼を心配している様ですわ。貴女と結婚すると決まれば、こちらに来てくれるそうよ。だから、貴女は、この国を出なくても良いの。良い話でしょ」
ヘレッタ王妃の話を聞きながら、メルリは興味無さそうにケーキを口に運び、茶を飲んだ。
せっかくの美味しいケーキが台無しだわ。
メルリは、口に出さない文句をお茶で飲み込んで、雲の浮かぶ青空に目を向けていた。
つまり、わたしをお嫁に出さずにこの国に縛り付けるための結婚なんだわ。
ナッサヘルクが、魔素を扱える人材、つまり、魔術師や魔法使いを支援したり保護する背景には、その力の制御や軍事転用が目的である。それは逆に言えば、他国に力を持たせない為でもある。しかし、近年魔素を扱う素質を持つ者が希少になって来ている。その為、ナッサヘルクは、よりそういった者たちを保護育成しなくてはならなくなっている。
魔素に関して類稀なメルリを他国に嫁がせるなど、ありえない事なのだ。
だったら、結婚なんてしなくても良いのに。
メルリは、そう思う。
わたしに子どもを産ませたいのね。
メルリは、うんざりとした。だが、目の前の二人の視線の圧に言葉は出ず、カップの中の茶に映るぼやけた自分の目を見ていた。
「メッサのシッコウ王が亡くなられて混乱する中、この国に対する批判的な憶測も飛び交っております。それは、根も葉も何の証拠も無い浅慮によるもので、メッサ国もそれには否定の声明を出しています。ですが、周辺国からの不審を拭い切れる事ではありません」
昨年の夏、メルリたちが姉の出産の為にメッサに行った際、メッサの王城に何者かが襲撃して来た。その最中に、王は執務室で大臣に殺害されると言う事件があった。
その襲撃者が魔法を扱い、異形の姿をしていたと言う目撃した兵士の証言から、魔法を扱う者、魔法を扱う国、連想し、ナッサヘルクの陰謀説が浮上した。大臣の奇行も魔法によって操られていたのだと言う者も少なくない。大臣のヤカメは、忠臣として長年メッサ王に仕えていて、王を殺害する動機が見当たらないのも理由だった。
新たに王になったシルバは、その時城に賓客として迎えていた人々の関与を正式に否定したが、国民は納得できるものでは無かった。全てが不明に終わり、国王殺害の罪は自害した大臣のヤカメが負う事になった。彼と国王の関係を知る者には受け入れる事のできない内容だった。
荒れる国民に新国王シルバの横から口を挟んだのは、ヘンネルース神聖教だった。
「魔法に頼っていた時代を復古し、かつての戦乱の時代を再び起こそうとしている者たちが居る。彼らは、その力を見せつける為にこの城に襲撃したのだ!そして、忠臣であるヤカメ殿を操り、優しき王を殺害し、この国に混乱を招こうとした。それは余りにも罪深い!だが、見よ!新たな国王シルバ様は、その智に満ちた眼で罪を見つめておられる。シルバ様は、聡明なお方。必ずや王の無念を晴らしてくださる。今、国民の心は掻き乱れている。だが、混乱しては敵の企み通り。今はこの智王シルバ王の元、一つになるべき時ではないか!」
その演説は、メッサ国民の支持を得た。シルバは新国王として受け入れられた。それと同時に魔法に対する不信感は強く国民に刻まれる事になった。魔法に対する否定的な立場のヘンネルース神聖教の思惑通りの結果を呼んだ。
この事件の事が広がり、魔法に対する不信感もまた広がる事となった。それが、魔法支持のナッサヘルクの立場を少なからず揺らしていた。
メルリの婚約話を隣国ラッドレイスに持ち掛けたのも、姻戚関係を作り、関係強固の足掛かりにしようとする意味もあった。
「年齢は離れているけど似た者同士、きっと気が合うわよ。こちらに会いに向かっていると頂いた手紙にありました。ですからメルリには、それまでに少しでも作法を学んで貰います」
ヘレナメルクが蛇の様な表情でメルリを見つめ、メルリは恐ろしくて身体を縮めた。
この話をわたしにしたって事は、すぐに来ると言う事だわ!
何か手を打たないと…
メルリは、身体に走る寒気と戦いながら自室に戻った。ヘレナメルクのあの目は、意見や拒否を受け付け無いと物語っていた。
「メルリルーク様、お手紙が届いてますよ」
ベッドに突っ伏しているメルリにリリーナが手紙を手渡した。その手紙の文面を読んで、メルリはニヤリと笑った。
「そう!来るなら居なければ良いのよ!」
メルリは、空に向かって拳を振り上げた。
「メルリー!」
リゾン湖の東岸沿いに進むアーナス街道を南下していく一行に声を掛ける人物が居た。
「エルシィ!」
メルリとサナエは、その声に手を振って応えた。
エルシエッタは、赤毛狼のロングの背に乗って現れた。二人の側に来ると、ロングの背中から飛び降りて、二人に抱きついた。
「久しぶり!」
エルシエッタとは、冬になる前に会ったきりだった。魔獣のロングとランティと暮らす彼女は、町に住む事が難しい為、人里から離れた場所で暮らしている。メルリが城で一緒に暮らす提案もしたのだが窮屈だからとエルシエッタから断っていた。それで、ロランシアの森の端に家を建てて暮らす事になった。頻繁に訪れる事のできないメルリたちの代わりに、マルスやイクノが時折様子を見に行っている。
「ボクも会いたかったよ!」
今回の事は、マルスに手紙を持たせて知らせていた。読み書きを勉強中のエルシエッタの代わりに読んで聞かせたマルスは、その時に今回の計画に巻き込まれている事を知って驚愕した。
そのマルスは、ロングにのし掛かられ街道端に倒されて、顔中を舐められている。何故か妙に懐かれている様だ。
マルスも抵抗するが、ロングの友だちに会えた興奮はすぐには収まらない。
「相変わらず、仲良しだな!」
エルシエッタは、嬉しそうにそれを見ていた。
その横顔を見て、サナエは少しだけ胸がちくりとした。
「さぁ!行くわよ!日が暮れるまでに船着場に辿り着くわよ!」
メルリは、意気揚々と声を上げた。




