「あり得ないわ!」
「あり得ないわ!」
メルリルークは、怒っていた。両腕を振り回し、その綿毛の様な癖の強い金髪を揺らして、雲がまばらに浮かぶ青空に声を上げた。
青色の爽やかなワンピースに白いレースをあしらった、可愛らしい服装のメルリの広めのスカートが活発に歩くメルリの歩調に合わせて揺れていた。
その後ろをサナエは、少し困った様な表情でついて歩いている。
サナエは、茶色がかった軽やかな黒髪を結い纏めた髪型で、紺色のスカートがふんわりと広がったメイド服を着ている。少し変わっているのは、その腰に片手用の剣が下がっている事だった。その鞘は、花をあしらった華やかな装飾はされているが、その服装に剣とは、どこか違和感を感じてしまう。
サナエは、目の前の金色の綿毛が揺れる度に、春の穏やかな光がその髪を透かして、光り輝く様子を綺麗だなと、感じていた。そんな事を口に出したら目の前の金髪の少女は、すぐさま振り向いて、話を聞いていない事を指摘して機嫌を損ねる事だろう。それもまたいつも通りのやり取りだなと、サナエは少し肩を窄めて笑った。
「サナエ!聞いてる?」
振り返った至極色の目がじっとサナエの茶色がかった黒目を覗き込んでいた。
「き、聞いてるよ」
サナエは、見透かされた気がして、少し後ろめたくもあったが、そう答えた。
自分の声が少し上擦った事にしまったと思いながらも、何だか可笑しくて、サナエはにやけてしまった。
「笑い事じゃ無いわよ!これは一大事だわ!絶対に阻止しなくてはならないわ!」
「でも、まだ決まった訳では無いのでしょ」
「そうよ!決まってたまるものですか!こんな事、あり得ないわ!」
メルリは、両拳を握ってワナワナとさせると、キッと振り返って再び歩き出した。
「断固抗議だわ!」
ズカズカと歩みを進めるメルリにサナエは首を傾げた。
「抗議するなら、どうして城を抜け出したりするの?ちゃんと話をした方が良くない?」
「それは、これよ!」
サナエの疑問にメルリは肩から下げた小さな鞄から手紙を取り出して見せた。
その手紙の差出人は、サレアナだった。
サレアナは、去年の初夏に北の国メッサに旅した時に知り合ったパンスティーク国の第三王女である。メルリと同じく本が好きで、意気投合して仲良くなったのだ。
「サレアナ」
サナエも黒髪の美少女を思い出して、目を輝かせた。
メルリと手紙のやり取りをしているのは知っていたが、あの一件以来会っては居ない。
「サレアナから、ご招待されたのよ!是非にパンスティークにいらして下さいって!」
「だったら、正式に準備して行くべきよ。こんな勢い任せで何の準備もせずに行けないわ」
「大丈夫よ!サナエに持たせた鞄の中にお金もあるし、マルスに運ばせている鞄には着替えも入っているわ」
そう言って指さしたそこには、マルスが大きな鞄を担いでついて来ていた。
どおりで、大きな鞄を持ってると思った。
サナエは、後ろからついて来るマルスが大きな荷物を持たされているのは気が付いていたが、荷物持ちに連れて来られたのだと知り、同情した。
またお忍びで、魔獣の巣窟に出掛けるのだと思っていたサナエは、そうでは無いと知り不安を感じた。
「そういう意味じゃ無くて、色々と手続きとか、お礼の品々とか、メッサにいった時みたいに準備する物でしょ。お友達とは言え、王族同士の交流なのよ。それにパンスティークまでとなると、かなり時間も掛かるよね。馬車すら用意していないし、長時間出掛けるとなれば、ちゃんとお伝えしないと大事にるわ」
「もう、サナエはいつからそんなお堅くなったのかしら。マルナみたいだわ。大丈夫よ。置き手紙はして来たわ。しばらく帰りませんって。そう、今わたしは、リーシアの気持ちが分かるわ」
メルリは、両手を広げてくるりと回った。
サナエは、メルリが事の大きさや見積もりの甘さを分かっていない事に心配でならなかった。
そこでサナエは、気が付いた。怒っている内容は、実はそれ程メルリに取ってはどうでも良いのだろうと。いや、どうでも良いのでは無く、どうとでも出来ると思っているのだろう。必要だったのは、城を出る口実なのだ。
サナエは、ため息をついた。
背後で、マルスが鼻息荒く苛立つのが聞こえた。
メルリにその事が告げられたのは、三日程前の事だった。
いつものようにリリーナとサナエがメルリの遅い朝食を用意していると、ハウスキーパーのマルナが現れて、「朝食が済んだら、メルリルーク様をヘレッタ王妃の元へお連れするように」と伝えた。その改まった雰囲気にサナエもリリーナもあまり良い予感はしなかったが、メルリが朝食を済ませると、その事を告げた。当然のようにメルリは、嫌な顔をしたが、しぶしぶ従った。
王妃の部屋に入室したメルリは、王妃の側付きのシーナに促され、バルコニーのテーブル席に案内された。
既にヘレッタ王妃と第一王女のヘレナメルクが席に着いていて、メルリの来室に気が付くと、メルリたちにニコリと笑顔を見せた。
メルリは、その笑顔に背筋がゾクリとするのを感じて、冷や汗が滲んだ。
「おはようございます。お母様、お姉様」
と、スカートの裾を少し触って膝を曲げて挨拶した。メルリは、レモン色の袖とスカートが七分丈のシンプルなドレスを着ている。その胸元には、魔獣の巣窟で見つけた青い宝石の美しいネックレスが揺れている。
「おはよう、メルリ」
二人は、メルリに席に座るように促した。
「と言っても、もうすぐお昼になってしまうわ」
待ちくたびれたと言った顔で、ヘレッタは空になっているカップを指先で弄りながら、メルリを見た。
メルリは、バツが悪そうに運ばれて来たお茶を見て、用意してくれたシーナに礼を言って視線を逸らした。
「その服、とても似合っているわ」
ヘレナメルクが人差し指を口元に当てながらメルリを品定めする様に見た。
「ありがとう、お姉様。サナエに選んで貰ったの」
「でも、子供っぽいわね」
「そうね、それでは困るわ」
姉と母が、何か企んでいる雰囲気を感じて、メルリは、やはり来なければ良かったと後悔した。
「オレンジのタルトです」
そこへ、レリアが切り分けたケーキをそっと置いた。
柑橘の香りがタルト生地の香ばしい香りに混じってメルリの鼻を抜けていった。朝食を食べたばかりだが、メルリの食意欲を誘った。お茶からもフルーツとミントの香りが微かに漂って来ていた。
「そのネックレスは、どうしたの?」
ヘレナメルクが、メルリの胸元のネックレスについて尋ねた。
「これは、ダン…いえ、地下の宝物庫で見つけたの」
「そんな物あったかしら?」
ヘレッタが記憶を辿るように考えた。
「普通の魔鉱石では無いわね」
ヘレナメルクがじっとネックレスを見て驚いている。このヘレナメルクもメルリ程では無いが、魔素に恵まれていて、感知する事ができるのだ。
「聞いた事があるわ。湖底の空と呼ばれる希少な魔鉱石があるって。山から運ばれた魔鉱石が湖底で何百年何千年掛けて青く変わるらしいわ。きっとそれね」
「そんな物があったなんてね。とても似合っているわ。エイナーリア様が護って下さりそうね」
メルリは、ネックレスの出所を追求される事を恐れたが、ひとまず褒められた事に気分が良くなり、ケーキの先を切って、フォークで口に運んだ。爽やかな酸味と香りがカスタードと生地の甘さにとろけて、メルリの頬を柔らかくした。
思わずニンマリとするメルリを見て、ヘレッタとヘレナメルクは、目を合わせて頷いた。
「メルリ、いえ、メルリルーク。大事なお話があります」
来たか。と、緩んだメルリの頬が一瞬で引き攣るのが分かった。
「貴女には、婚約をして貰います」
メルリは、咳き込んでしまった。それは、舌先に残ったタルト生地の所為だけでは無かった。




