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「レーナルスに戻ろうと思う」


「僕は、レーナルスに戻ろうと思う」


 東海岸での戦いが終わり数日後、立ち上がる事ができる様になったランスは、サリーナにそう告げた。

 そこは、ヴァンティーユ連峰の東側の中腹、山よりつき出した様な台地の様になっている場所で、戦いの直前に集結した場所でもある。以前はゼネルカ国の村があった場所だった。その為、まだ住むことのできる建物が幾つか残っている。魔王軍の動向を探る拠点として使われているのだろう。

 そこから東の海岸が望め、旧ナッサヘルク城も見る事ができた。その向こうには、ランスの産まれた大陸、レーナルスがある。

 サリーナは、ランスの言葉を聞いて、呼吸が止まった。

 蒼白になり、身体が震えた。

 サリーナは、言葉が出てこなかった。その代わりに身体が動いていた。その場から逃げようと足が動き、走り出していた。


「サリーナ!」


 その場から走り去る恋人の背中を捕まえようと手を伸ばすが、身体中に痛みが走りランスは手を伸ばしたままその場に膝を突いて倒れ込んだ。

 伝えるべき事を伝えられない不甲斐なさと、サリーナを不安にさせてしまう自分の弱さにランスは、握った拳を地面に叩きつけた。


 結局僕は、何もできなかった…


 ランスは、強く自分を責めていた。

 急ナッサヘルク城でやられて気を失ってしまったランスは、セードルフに背負われて敗走した事を三日後この駐屯地で知ったのだ。





 旧ナッサヘルク城の戦いの直後、傷付いたランスを意識を取り戻したセードルフが背負い、ジングの遺体を、かつて扉だった木の板を担架にして、サリーナとインナークで運び出した。

 城の外では、待機しているユイと数人の兵がいるはずだった。

 そこには、何体かの爬虫類型の魔獣(モンスター)の死骸と、兵士の遺体の一部と流れた血の跡が数カ所有り、人の気配は無かった。


「ハッター!」


 セードルフが声を上げて兵士の一人の名前を呼んだ。

 それは、まだ見習いの若い兵士の名で、彼を慕ってこの別部隊に志願した少年だった。

 だが、応えは無かった。


「ユイィィ!」


 サリーナは、ここまで付いて来てくれたヴァンナット人の少女の名前を呼んだ。

 応えは無かった。


「わたしの所為だ…わたしがユイを巻き込んだんだ…」


 サリーナは、自分が起こした行動が、目の前の死の惨劇を呼び、友を失う事となったと理解した。

 惨状は、城の周辺だけでは無いだろう。見渡せる範囲に人の気配も魔獣(モンスター)の気配も無かった。無事であって欲しいとサリーナは願うが、気持ちは暗く落ち込んでいた。廃墟と化して時の過ぎたナッサヘルクの町並みを見てサリーナは、悪い想像ばかりが先行していた。

 

 この町並みもそうなのね。何もできなかったわたしの罪。あの日、お父様を止められていれば、もしかしたら訪れなかった未来なのだわ。今も何もできないままこの光景を見ている…


 サリーナは、苦しくなる胸をぎゅっと抑える様に両手を胸に当てた。


「サリーナァ!」


 背後から聞こえたのは、ユイの声だった。

 サリーナが振り向くと、城の中からユイが手を振っていた。その隣に申し訳なさそうにハッターが立っていた。


「ユイ!無事だったのね!」


 サリーナは、ユイに駆け寄って抱きついた。


「隊長さんが役に立たないから中で隠れてろって」


 ユイは、サリーナに抱きつかれて少し照れた。

 ハッターは、そのユイを守る名目で戦場から出された様だった。ハッターは、何もできずに隊長たちを死なせてしまった事を後悔して苦しんでいた。

 セードルフは、そのハッターの肩をパシリと叩いた。


「若い戦士の仕事は生き残る事だ。よくやった」


 泣き崩れるハッターにセードルフは、サリーナと代わってジングを運ぶ事を命じた。


 反魔王軍が襲撃により作り出した戦場は、各地で収束していた。

 魔王が撤退した事で魔王軍も撤退し、その勝敗は曖昧なものだった。魔王の暗殺は失敗し、魔王軍に打撃を与えるには及ばなかった事を考えれば、反魔王軍の敗北とも言えた。実際、反魔王軍の死者は、全兵数の半分を超えていた。これ以上の時間を戦っていたのならば、全滅もあり得た。それ程までに魔獣(モンスター)を擁する魔王軍は、強固な戦力があった。先行して突入したサリーナたちの後から、第一隊で突入しようと画策していたライガスも魔具を装備した魔装軍により、阻まれたどり着く事ができなかったのだ。

 魔王軍が撤退した地の端に急造の野営地を作り、怪我人や無事な遺体の回収を行っていた。

 ジングもそこに運び込み、ライガスへの報告を済ませると、先に山に戻る様に指示され台地まで向かった。まだ目を覚さないランスを荷車に乗せて馬に引かせて、山道を一日掛けて登って行った。

 

 ライガスたちは、まだ戻っては居なかった。

 それは、自らが起こした戦いの責任を最後まで見届けようとしている様にも、目的も果たせず、戦いの中で死ななかった事を恥じている様にも見えた。

 ヴァンナットの老戦士は、誇り高く強い意志を持っているのだとサリーナは、感服した。

 だが、結果を見れば、完膚なき敗戦である。

 敗戦の将の責任は重く深いのだとサリーナは、数日前に見たライガスの横顔にみた。

 それは、サリーナも同じだった。自らが望んで向かった戦場で、自分を守り、人が傷付き死んで行くのを目の当たりにして、その重さを痛感していた。

 ユイは、やつれるサリーナを心配して、ランスを看病するサリーナを何度も訪ねたが、サリーナは目を覚さないランスに自分を責めている様子だった。軽口や今日あった事を明るく話しかけても、虚に目を向けるだけだった。

 それが、ランスが目を覚ましてスープを口にすると、サリーナは目に見えて明るさを取り戻していった。

 重く落ち込んだ表情が和らぐのをユイはホッとして見ていた。

 そのサリーナが、泣きながら走っているのを見て、ユイは驚いた。

 起き上がる事ができる様になったランスと散歩に出かけたはずだった。二人の気晴らしになるはずだと、考えていたユイは、そのサリーナの様子に訳が分からなかった。


「サリーナ!」


 ユイが声をかけても止まる事なく、サリーナは宿泊している建物の中に駆け込んでいった。


「サリーナァ」


 そのサリーナの後を追う様にランスが来た。まだ本調子でない為、ふらついた走りで速度も遅い。


「何があったの?」


 睨みつける様にユイはランスに突っかかった。


「いや、それは…」


 口籠るランスに苛立ちをあらわにした。ランスのシャツの首元を掴むとねじあげた。


「はっきり言いなさいよ」


「…君は変わったね」


 ランスは、ユイのその手を持ってそう言った。


「はあ?この状況で何言ってんの?!」


「これからもサリーナを頼む」


「だから、何言ってんのよ!」


 ユイは訳が分からず苛立った。


「僕はこの地を離れる」


「はあ?!」


 余計意味が分からなかった。


「サリーナは、どおするのよ」


「だから、君が彼女の側にいて欲しい」


「ばか!あんたの代わりになれる訳無いでしょ」


「分かってる。でも頼みたい」


 真剣な目で見るランスにユイの手が緩んだ。だが、怒りは増してユイの握った拳に宿った。その拳が、ランスの頬を強く殴った。


「考えがあるんでしょうね。なんにも無いってんなら、あたしがあんたを殺すから!」


「ありがとう」


「ちゃんとサリーナに説明しなさいよ」


 ユイは、腹を立てながらも、ランスの目を信じる事にした。人を信じる事を選んだ自分に、ユイは驚いていた。

 ユイに殴られたダメージも加わり、さらによろけながらサリーナの入っていった建物の前にランスは辿り着いた。


[サリーナ。サリーナ、聞いて欲しい]


 ランスは、指輪にサリーナを感じながら語りかけた。


[僕は弱い。君の側に居ると、僕は強くなれないと感じたんだ。君も、僕の側では強くなれない。僕は君が側に居ればそれ以上は何も要らないと思ってしまう。]


[だったら…]


 ランスの耳元にサリーナの吐息の様な声が聞こえた。


[サリーナ!]


[だったら私は弱いまま、貴方の側にいたい]


[…僕はこのまま君とどこかに逃げてしまいたいと思ってしまう]


[逃げましょう。そして、二人で暮らしましょう]


 それは、サリーナの願いでもあった。

 このまま投げ出してしまいたいと。


[それができないのは、君だ。サリーナ。君は誇り高く気高い。そして美しい。そんな君が、グナーク王をお父上を止め様とせずにいられる訳が無いんだ]


[もう良いの。貴方を失う方が嫌なの]


[分かっているよサリーナ。君がそれでは心からの笑顔にならない事を。僕もグナーク王を止めたい。その為にも強くなりたいんだ]


[だったら二人で強くなりましょ。できるはずだわ]


[できるだろう。強くなる事は出来るかも知れない。でも、多くの命を背負う強さは得られない。僕は決めたんだ。レーナルスに戻って、強くなって戻って来る。グナーク王を止めただけではこの戦いは止まらないんだ。その為の準備もしなければならないんだ。君はこの地で、戦いを止める方法を模索して欲しい]


[そんな事できないわ]


[君にならできるよ。僕は知っている。…僕は、明日旅立つよ]


 サリーナは、ベッドに顔を埋めて泣いた。

 ランスの意思は固く、引き止める事はできないと悟ってしまった。しかし、受け入れる事などできなかった。ランスと離れるなど考えたくも無かった。

 遠ざかるランスの気配を感じて、サリーナは声を上げた。


[サリーナ、君を愛している。世界の誰よりも]


 指輪を通して聞こえたランスの言葉は、サリーナの悲しみを深くするだけだった。

 


 翌朝の日が登ると同時にランスは、セードルフとインナークをともない、北へと向かった。メッサの小さな港からレーナルスのローデットへの商船が出るらしい。ローデットは、レーナルス大陸の北方の国で、セードルフたちの故郷でもあった。

 ランスたちが出発した事を知ったサリーナは、朝日の中しっかりと見えぬ背中を見つめていた。


 必ず帰って来て。ランス。


 サリーナは、弱い自分しか見せる事ができなかった事を後悔しながらランスが示した決意を受け入れた。

 

 私は、そこから強くならなければ。強くなると、この日に誓うわ。


 サリーナは、強くなり父王グナークを止める事を改めて決意していた。




 

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