「何をしに来た、ガイナード」
ガキィィィィン!
ランスが放った剣の一閃は、グナークを傷つける事なく阻まれた。
ランスの攻撃を阻んだそれは、禍々しい程黒く異形の大剣だった。
「くっ!」
咄嗟に後ろにステップして、体勢を整えるランスの目に入ったのは、全身を黒い異形の鎧に包んだ剣士だった。
「グナーク王、何をしておられる」
鎧でくぐもった声が聞こえた。それは、男性とも女性とも取れない声だった。
「何をしに来た、ガイナード」
「我が軍にたかる虫がおりましたので、こちらにも湧いているのではと」
鎧の剣士は、ランスたちの方を見て居る様だった。その視線は、兜の中で暗く覗く事は出来なかったが、ランスたちは感じる視線の圧に動きが止まってしまっていた。
「余計な事を…戻るがよい」
グナークに命令されても鎧の剣士ガイナードは、その剣を納める様子は無かった。
ジワリと一歩、ランスに向かって踏み出した。
ランスは、そこに感じる圧に押されそうになりながらも、腕を上げて剣を構えた。
汗は吹き出すが体の芯は冷やされるのを感じた。
「ランス…」
サリーナは、鎧の剣士が後数歩進めばランスの命が奪われるのであろう事を知った。それ程までに凶悪な魔素の流れを黒い鎧と剣に感じていた。
「加護の水風」
サリーナが、ランスに魔法で水と風のヴェールを纏わせた。ランスの体を覆った水の膜は、その姿を空間に滲ませ知覚しづらくした。
「そんな物」
ガイナードは、踏み込むと同時に大剣を軽々とランスに向かって袈裟斬りに振り下ろした。その異形の刃は、ランスに逃げ場を与える事なく、斜めに彼を切り裂いた。
「ぬぅ」
ガイナードには、目の前で切り裂かれるランスが見えていたが、その手応えは余りにも希薄だった。
ギィィィィン!
聞こえたその音は、ガイナードの右腹をランスの剣が斬りつけた音だった。
「何!」
剣は鎧に阻まれたが、これにはガイナードも驚きの声を上げて、その衝撃に一歩退いた。
「おぉぉ!」
そのガイナードをランスが追撃した。今度は、剣先を兜に向けて突き出した。
だが、ガイナードも一歩引きながらも既に大剣を切り上げる動きでそれに合わせていた。ランスのその剣先が兜に突き刺さる前に、体ごと剣を弾く事ができるはずだった。しかし、そうはならなかった。
ランスが纏った水と風は、ランスの姿を映し出し、錯覚させていたのだ。ガイナードに見えていたランスと実際のランスは少し違う動きをしていた。一瞬体を起こして迫る動きをしたが、すぐに体を屈めて大剣を受け流そうと剣を下げていた。そこへガイナードの大剣が幻のランスを攻撃した。
そして、ガイナードの切り上げた剣は、切ったはずの肉体の手応えなく振り上げられた。
「たぁぁぁ!」
ランスの剣は、ガラ空きになったガイナードの左脇を捉えていた。
「ぬぅぅぅ!」
ランスの剣はガイナードの脇の鎧の隙間に突き刺さった。
「おぉぉぉ!!」
ランスの気合いの息遣いで、勢い付いた剣はガイナードの左腕を肩から切り落とした。
ガラン!
とガイナードの右腕が石畳に落ちた。
「何だって?」
驚いたのはランスだった。
乾いた鉄の音が響いただけで、その中は伽藍堂だったのだ。
「やってくれる」
ガイナードは、落ち着いた声で言うと、大剣を残った右腕で地面に突き刺した。
そして、ゆったりとした動きで落ちた左腕を拾うと、元の場所に押しつけた。結合部分で何かが蠢く気配がしたかと思うと、その左腕の指先が動きを確かめる様に動かされた。
ランスは、恐怖した。
目の前の黒い鎧が人では無い何かであると言う事実に。
しかし、怯んで迫る死を受け入れる事など到底できない。ランスは、再び剣を正眼に構えた。
その戦いを目の前にセードルフたちは、ただ息ができずに見て居ることしかできなかった。加勢すべきか考えはするが、体が動いてはくれなかった。魔獣に対しては勇猛果敢に挑める彼らも、ランスの相対する二人の異質な存在に異様な脅威を感じていた。それでも彼らは逃げようとはしなかった。それは意地ではあったが、彼らが戦士である故でもあった。
「風よ渦巻け!」
サリーナが魔法を放つと、ガイナードの周りに風が起こり、旋風となって包み込んだ。
「ランス!」
サリーナは、この隙に逃げて欲しいと考えていた。
だが、ランスは、構えた剣に力を流し込んだ。剣の光が広がって行く。
[サリーナ!力を貸してくれ!]
ランスは、サリーナに指輪を通して声を掛けた。
[ランス、今は退きましょう]
サリーナは、怖かった。ランスを失うかも知れない事が。
[僕を信じて]
サリーナは、その声にハッとした。
自分が恐怖に駆られて、ランスの勝利を信じきれていなかった事に。異様な相手に飲まれてしまっていた自分に。
だが、ガイナードを取り巻いて居る風の檻から、腕が出て来るのが見えた。皮膚であれば切り裂き裂傷を与える風を受けながらも、そこから出てこようとしていた。ガイナードの鎧はそれ程、魔素によって強度や耐性が強化されて居るのだと、サリーナは驚いた。
それはつまり、並大抵の武器や魔法では、その鎧を破壊する事はできないと言う事を意味していた。
風の中から、ガイナードの腕が出て、右足が一歩出てきた。
ランスは、自分の中に有る力を剣に込めるつもりで意識した。それが自分の魔素なのだろうと思いながらもまだ、扱う事に日が浅く、明確なイメージは湧いては居なかった。だが、剣に関しては分かる。産まれてから多くの時間を剣に費やしてきた。どう持てば力が伝わり、どう伝えればどう動くのか。どう動かせば、鋭く切れるのか。考えなくても体が知っている。
ランスの持つ剣の光が研ぎ澄まされていくのが見えた。だが、その光はガイナードを討つには頼りない。
[ランス!私も一緒に]
サリーナは、指輪に祈る様にランスに自分の魔素を送り込んだ。同時に自分の心も寄り添わせて。
二人の指輪が光り、その光は強くなっていった。
[サリーナ]
ランスは、自分の中にサリーナを感じられる程近くに感じていた。
[力のコントロールは任せて。ランスは、敵をしっかりと捉えていて]
心強く温かな気持ちがランスに寄り添った。
ランスの動揺や焦り、恐怖が和らぐのを感じた。
目の前のガイナード、グナークに敵わなければサリーナを危険に晒す事になると言う事実が、先程まで強く彼を追い込んでいた。
それは違うんだ。僕たちは、僕たちなんだ。独りじゃないんだ。
ランスは、自分を追い込んだのは目の前の二人ではなく、自分なのだと理解した。
サリーナが、僕の側に居る。それは、何よりもどんな武器よりも僕に力をくれる。
ランスの剣の光が強く、そして鋭く光を放った。
風の中からガイナードの上体が出てきて、その両腕が大剣を持ち上げて風を振り払う様に切った。すると、風はその勢いを弱めて消えた。
魔素喰いの剣それがガイナードの剣の名前だった。
「ぐあぁぁぁぁ!」
ガイナードがその剣を脇がまえから、全身を使って勢いを付けてランスに向かって振り下ろした。
ランスは、腹に溜めた息を吐き出しながらそれに対して一歩前へと踏み出しながら、光の剣を振り下ろした。
「たぁぁぁぁぁ!」
両者の剣がぶつかり合う瞬間、その合を中心に激しい衝撃が中庭を走った。




