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「子の宿命として受け入れましょう」


 そのイグネア村は、村と言うよりは、まるで駐屯地の様な雰囲気を持っていた。森を必要以上に切り開かず、荒屋の様な住居が寄り集まっていた。その住居も寝起きする程度のものらしく、村の幾つかの場所に東家の様な屋根の下に共用のかまど作られている。

 そのかまどで今、料理を作っているのが見えた。

 空は紅みを帯び、夜が間も無く訪れる時間になっていた。


「お腹すいた」


 ユイは、その光景を見て胃が刺激されたのか聞こえよがしに言った。


「大したものは用意でき無いが、すぐに食事にしよう」


 ネッテの伯父ガズーナは、笑みながら言った。

 炊事場で煮炊きしているのは、男性が多く女性は少なかった。村に入ってから見かけるのも、ほとんどが男性だった。


「男性が多いんですね」


 シーロ村の様に婦人が興味で近付いて来る事もなく、余所者である一行にも視線を少し向けるだけで、普段通りの生活を続けている村にサリーナは、違和感を感じていた。


「村と言っても、目的を共通に持つ者たちの寄せ集めの様なものだからな。ここで産まれた者も居るが、大概は他所の村やかにから来ている」


 村の歴史は、百年に満たないが、何度も壊滅しては場所を移してまた集結して立て直してを繰り返している。それは、魔王軍との戦いの歴史であり、この山を守った歴史であった。

 しかし、村規模の防衛で守る事ができていると言う事実は、魔王が本腰を入れてこの山を手中に収めようとはしていないとも考えられた。

 それ程、隣の大陸のレーナルスとの戦いと大陸の南方との戦いが激しいと言う事だろう。南東のパンスティークは、レーナルスのソムスと同盟を結び、高度な航海技術を持って下から攻め上げて来ている。


「ここが俺の家だ」


 そう言ってサリーナたちを連れてきた家は、他の家と変わらず大きくは無かった。

 木造の建物で、声を聞いたガズーナの子どもと思われる幼い男の子と女の子が扉から顔を出した。


「お父さん!」


 父親の姿を見ると、二人は走ってガズーナの足にしがみついた。


「ほら、お前らの従姉妹のネッテだ」


 そうガズーナは、ネッテを紹介した。ネッテは、膝に手を置いて少し屈んで二人に笑いかけた。

 男の子は、少し困った顔をして父親の足にしがみついて離れなかったが、妹の方は、「こんにちは」と恥ずかしそうに言った。


「デッテとマーナだ」


 デッテは六歳でマーナは四歳だと、ガズーナは二人の頭を撫でて言った。

 ネッテは、ガズーナには自分よりも二つ上の男の子がいた事を思い出していた。彼は、ここに居ないのだろうかと、辺りを見回した。


「ネッテ?」


「ガナクは?」


 それが、従兄弟の名前だと思い出してネッテは口にした。

 その名前を聞いて、ガズーナは二人の子どもを抱き寄せた。


「ガナクは、十年前に魔王軍の魔獣(モンスター)に襲われて死んだのを覚えていないのかい」


「え?」


 ネッテは、覚えていなかった。ガナクにはタイナも一緒に良く遊んでもらった記憶はあったが、ガズーナが村を出た時に一緒に付いて行ったのだと思っていた。


「タイナ?」


 ネッテは、タイナを振り返った。

 タイナは、沈痛な面持ちで頷いた。タイナは、それを知って覚えていた。


「ごめんなさい。あたし…」


「いや、良いんだよ。良い思い出として覚えておいてあげてくれ」


「ネッテちゃん!?」


 遅れて家から顔を出したガズーナの妻のメメトが驚きの声を上げた。


「メメト伯母さん!」


「本当にネッテちゃんなのね!」


 メメトは、ネッテに抱きついた。


「分かりますか?」


「分かるわよ!大きくなったけど、昔のまんま可愛いネッテだわ」


 メメトのふくよかな胸に抱かれて、ネッテはあったかい気持ちに包まれた。

 

「あなたはタイナね!男の顔になったわね」


 そう言ってメメトは、タイナも来る様に手招いたが、タイナは恥ずかしがってそれを拒否した。


「貴方たちは、初めての顔ね。二人のお友だち?」


 柔らかな笑顔のメメトにサリーナは、ニコリと笑って少し頭の位置を下げた。


「初めまして、サリーナと申します。二人には、この村までの道案内をお願いしました。これをガズーナさんへ。ラナハさんからです」


 そう言うと、サリーナは、預かっていた手紙をガズーナに手渡した。

 ガズーナは、少しの間その手紙を見つめた後、「さ、みんな腹が減って居るだろう。食事にしよう。サントたちも食べていきなさい」

 そう言って、妻に食事の支度をする様に促した。

 

「お手伝いします」


 サリーナとランスは、メメトにそう申し出て炊事場へ付いていった。

 ガズーナは、どこか重い表情で手紙を持って家の中に入っていった。



 翌朝、サリーナたちは、ガズーナの案内でこの村の長をしている人物の元へと案内された。

 その家も他の家と大きくは変わらなかったが、門が有り、少ししっかりとした作りの様に見えた。

 中に入ると、部屋の仕切りは無く、伽藍とした中に椅子が並べられていた。

 その奥には、ゼネルカ国の紋章が描かれた布がかけられており、その前に白髪の老人が座っていた。老人と言っても、顔に深く皺が刻まれているが、その目は鋭く体格もしっかりとしている。比べたらランスが痩せて見える程だ。


「こちらが、お伝えしたサリーナとランスと申す者です」


 ガズーナは、緊張感のある声で二人を紹介した。そこにユイは居なかった。面倒な雰囲気を感じ取ったユイは、ガズーナの子どもと遊んでいると言って付いてこなかったのだ。


「お初にお目に掛かります。サリーナ・アドレルトと申します」


「私は、ランス・ロンドラードです」


 二人は、恭しく膝をついて挨拶をした。


「わしは、この村の長をしている、ライガス・ヴァンディアだ。お前たちの目的はなんだ」


「東側の海岸。ナッサヘルク国の有った場所に行きたいのです」


 ライガスは、サリーナの言葉に目を見開いた。目の前の少女が何故その場所に行きたいのか理解ができなかった。


「何故、危険を冒してまでそれを求める」


「ライガス様、これを」


 サリーナは、腰の装飾の美しい短刀を外してライガスに差し出した。


「これをどこで…」


 ライガスは、その装飾を見るとすぐにそう尋ねた。


「これは、私が祖母から受け継いだものです。私は、ナッサヘルクの血筋にあるものです。信じてもらえないかも知れませんが、父王グナーク・アドレルトの手により、百年の眠りの魔法にかけられ、先日目覚めたのです。現状を聞き及びはしましたが、私自身の目で確かめたいのです」


「この場で、自らを魔王の娘だと言うのか」


 ライガスは、激しい憎悪と怒りの篭った目でサリーナを射抜く様に見た。その凄みは、隣にいたランスの背中をも冷たくさせた。

 だが、サリーナは、圧迫するその視線を真っ向から受け、そしてはっきりと頷いた。

 ライガスは、その胆力に片眉を上げた。


「この場に若い衆がおったなら、お前たちに斬りかかっていただろうな。サリーナ、お前の言うことは、正直信じ難い話しだ。だが、その度胸に免じて助力はしよう」


「本当ですか?」


「だが、わしらは、魔王を討つ為に行動している。その意味は分かるな」


 ライガスは、二人を睨む様に交互に見た。


「私も、魔王は止めなくてはならないと考えております」


「実の父親だとしてもか。父殺しの罪を犯す事になってもか」


「民衆の為の王を目指した父が道を誤ったとすれば、正すのは子の宿命として受け入れましょう」


 サリーナは、魔王と呼ばれている人物が父王ではない事を願いつつも、父の意思を継ぐならば、その魔王が何者であれ、ナッサヘルクの王を名乗るのであれば、正さねばならないと決意した。


 一月後、イグネアの村と各地の反魔王勢力による大規模な戦いが行われる事となっていた。それは、サリーナたちが来る前から計画されていたものだった。

 サリーナたちは、それに参加する事が条件で、東海岸に行く事になった。


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