「おじさま!」
ガァアッ!
サントとシエラとウグナを取り巻いていた四頭の狼の一頭が短く声を上げて、飛び掛かった。その狙いは、顔に傷を負ったサントだった。彼は、立ち上がったばかりで、負った傷と二頭の狼に剣を払った事で、心身ともに披露していた。
飛び掛かる狼の勢いに気付きながらも、顔を引き攣らせながらも、持った剣を持ち上げるのがやっとだった。
狼の牙は、幸運にもその剣に阻まれ、サントに届く事は無かったが、その大きな口から迸る唾液がサントの顔を濡らし、その勢いに乗った衝撃が再びサントを押し倒した。
「あぁ!」
倒れたサントの右足のズボンを狼の牙が捕らえた。
首を振ってサントの身体を揺さぶり引き摺った。
「あぁぁあぁあ!」
サントは、その恐怖に言葉にならない悲鳴を上げた。
「サント!」
シエラも悲鳴を上げて、サントの体を持って行かせない様にその服の肩の辺りを掴んで抵抗した。が、その力は強く、シエラも一緒に引っ張られる形になった。
そこに、別の一頭が襲いかかった。
涙に顔をぐちゃぐちゃしたウグナが苦し紛れに振り回したナイフが、襲い掛かった狼の鼻先を切り裂いた。その事で怯ませることができた。
サントは、引き摺られパニックになりながらも、剣を振り無理矢理足元の狼に叩き付けた。それは、刃で傷を負わせる事は無かったが、頭部を叩かれる形となった狼は、堪らずにズボンを離した。
サントは、目の前に迫った死の恐怖に足で地面をバタバタと蹴り、必死で後ずさった。その顔は涙と鼻水で濡れていた。
「やめてぇ!」
奥でメンナの悲鳴が聞こえた。
サントとシエラが倒した事で減っていたメンナを襲っていたはずの頭数だったが、周りで待機していた狼が一頭追加されていた。
シエラは、その声に反応して、震える手で矢を番えた。ガリッと奥歯を噛み締めて、無理矢理それを抑えようとした。先程女性に対してしてしまった失敗を思い出していた。
しっかり狙わなければ、メンナに当ててしまう。でも、今わたしがやらなければ、メンナの命が危ない。
ぐっと息を鼻から吸って体の中心に意識を強く持った。
狼がメンナを襲おうと、身体を溜めるのが見えた。そうはさせないと、シエラは矢を放った。
矢は鋭く走り、地面を蹴り上げた瞬間の狼の肩に突き刺さり、狼は、その勢いに押される様にもんどりうって地面に落ちた。絶命はしなかったが、うまく立ち上がることができずに、ずるりと前脚を投げ出す様に地面に地面に伏した。その目は、鋭くシエラを睨んでいる。
狼の警戒は、シエラに強く向かった。
シエラたち三人に代わる代わるその鋭い牙を光らせた。サントを中心に何とかそれぞれの武器を振るい、凌いではいたが、牙や爪が体を掠めて、衣服や肌にその跡を残していった。
「うあぁ!」
ウグナが深めに入った爪痕の痛みに声を出してうずくまった。
「ウグナ!」
サントが咄嗟に庇って体を入れるが、追撃に襲い掛かってきたのは二頭で、サントは受け切れないと悟って、体を縮めた。
だが、その牙は、サントを傷つける事は無かった。
二頭ほぼ同時のギャンッと言う声が自分を庇った腕の向こうから聞こえてきた。
恐る恐る目を向けると、胴を切り裂かれた二頭の狼がサントの目の前に倒れていた。
「大丈夫?!」
どこかで聞いた少女の声が、三人を心配していた。
随分遠い記憶に思えたが、つい先程足止めをしようとした一行の中にいた少女だとサントは思い出した。
その女性は、泣きじゃくるウグナを抱きしめていた。その四人を守る様に、二頭の狼に相対している癖の強い金髪がいた。
「メンナ!」
突然の事に驚きながらも、サントは、仲間の女の子の安否が気になり、首を回した。
その視線の先で、メンナを弓を背中に背負った少女が庇う様に抱きしめていた。
その横では、狼の血に濡れた大振りなナイフを構えている猫の様な少女もいた。その前には、新たな狼の屍があった。
メンナの無事を確認して、サントは一先ずホッとした。
だが、ホッとしたのも束の間、サントの視線の上から、大きな影が覆い被さるのを見た。それは、樹上から飛び込んできた狼だった。
「うあぁ!」
突然の事に対処し切れないサントは、反射的に体が逃げて尻餅を突いた。その体勢では避ける事も受ける事もできない。
背を向けていたランスもすぐに気が付いて剣を突き出したが、その切先が届くと同時に、何処からか放たれた矢が狼を貫いた。
即死した狼の屍が、サントの足元に転がった。
ランスは、すぐさまその矢が放たれた方向を見た。
森の影から現れたのは、ボロ布の様なマントを羽織った、中年のヴァンナット人の男性だった。長めの黒髪を後ろで束ね、肌は日焼けで荒れていた。その左耳が獣の爪で抉られた様な傷跡で無かった。
「うちの村の子どもを助けていただき、ありがとうございます」
傷跡は迫力を醸し出していたが、そう言って笑う笑顔は、どこか人懐っこさを感じさせる柔らかさがあった。
「おじさま!」
驚きの声を上げたのは、ネッテだった。
「おじさん」
続いて気が付いたのはタイナだった。タイナは、ユイと共にネッテとメンナを守っていた。
ネッテは、女の子の手を引きながら、早歩きで伯父の元に進んだ。
「もしかして、ネッテなのか?」
男性は驚いた表情で、ネッテを見た。
「会いに来たの」
「驚いた。すっかり大きくなって。綺麗になったな」
「えへへっ。もう十六よ」
ネッテは、照れ臭そうに笑った。数年ぶりに見る憧れの伯父にネッテの胸は高鳴っていた。
それを少し詰まらなそうに横目で見ながら、タイナはそれでも彼にとっても憧れで目標である男性を目の前に、高揚するのを感じていた。
「タイナか!タイナも大きくなったな!」
男性は、嬉しそうにタイナの肩をバンバンと叩いた。
「おじさま!わたしたち、この人たちの付き添いで来たの。話を聞いてあげて」
ネッテが、サリーナとランスを指してそう言った。
懐かしさにすっかり緩んでいた表情が、一瞬で固く引き締まった。
「私は、サリーナと申します。こちらは、ランス。聞いていただきたい事がございます。どうか」
サリーナが、胸に右手を当ててそう言うと、男性は、表情を柔らかく戻して、微笑んだ。
「私は、ネッテの父親の兄で、ガズーナと言います。この子たちのお礼もしたい。まずは村に案内しましょう。そこで話を聞かせていただきます」
そう言うと、ガズーナは、皆を村へと案内した。




