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「がんばろうね」


 ユイは、疲労でフラフラしながら、いつまで続くか分からない山道を歩いていた。呼吸はずっと上がったままで、大きく胸を上下させている。首は上げていられず、項垂れ時々視線だけ上げて先を行くネッテの腰の辺りを見て道を外れていないか確認していた。

 タイナは、さらにその先を進んでいるので、ユイにはその足首さえ視界に入らなかった。

 息荒く歩くユイの隣を同じく、上がった息遣いが聞こえる。それは、サリーナのものだった。しかし、ユイとは違い、その視線は下がっておらず前を見ていた。目の力は衰える事はなかったが、体力はかなり消耗している様子だった。

 ランスはと言えば、その二人の後ろを歩いている。その足取りは、疲れている様子など感じさせない。彼は、しんがりで全体を警戒しながら、二人が逸れない様にしているのだ。時折、二人に声を掛けて元気付けようとしていた。それは、サリーナには効果的だが、ユイには何だか強制されている様な圧に感じて、より疲労感を増していた。


「いつまで、歩く、のさ」


 途中で見つけた太めの枝を杖代わりに歩くユイは、何度そうぼやいただろう。


「このペースじゃ、三日以上掛かっちゃうよ」


 後続が遅れる度に立ち止まって、追い着くのを待ってタイナは、先へと進んでいるが、疲労が蓄積するばかりの二人と、待つ間体力の回復するタイナでは、差が広がる時間が短くなるのは当然の結果だった。

 それが分かっていながらも、休憩とならないのは、サリーナがタイナに追い着いても足を止めないからだった。

 一度は立ち止まるユイだが、サリーナが歩いているのを見て、「もうっ」と抗議的な溜め息を吐きながらも、それに続いて行くのだ。対抗意識というか、自分から根を上げるのが癪だと考えている様だった。


「そろそろ少し休もう」


 そう言ったのは、ランスだった。


「じゃあ、あと少し歩いたら沢があるからそこまで行ってからな」


 タイナがそう応えてから沢が見えるまでには、かなりの時間が経っていた。

 

「ぐあぁぁぁ…」


 沢の側の岩に縋り付く様にユイは倒れ込んだ。

 疲労で足が重く、視界もぼやけていた。抱きついた岩の冷たさに体に溜まった熱が下がって、落ち着かせてくれる様で心地よかった。

 さすがのサリーナも沢の流れの近くの岩に座って、足を摩っている。


「サリーナ大丈夫?」


 ネッテがサリーナに汲んだ水を渡しながら、心配して尋ねた。

 ネッテは、洞穴での一件以来、サリーナに信頼を寄せていた。それぞれに想いを寄せる相手がいる事が、ネッテには心強かった。タイナの事を今まで以上に意識して戸惑っているネッテには、互いに心を通わせているサリーナとランスが羨ましくも憧れになっているのだ。ユイが眉を顰めるサリーナとランスの睦まじい話は、ネッテには刺激的で胸を熱くした。

 自分もタイナといつかは。と思いながらも、現実のタイナとネッテの乙女心の中の理想とはかけ離れて行く事に、不満や苛立ちを感じて喧嘩腰に接してしまい、自己嫌悪に苛まれるネッテではあった。


「ありがとうネッテ」


 水を受け取って飲むと、サリーナの疲労が人心地つく様に感じられた。

 

「美味しい」


「この山の水は、微量に魔素が溶け込んでいるらしいの。だから、癒しの力があるって言われているの」


「だからかしら、体に染み渡る気がするわ」


 サリーナは、晴れた表情でもう一口水を飲んだ。


「あたしにも頂戴」


 ぐったりとしたユイがネッテに手を伸ばすと、ネッテは別の器に水を汲んでユイに手渡した。


「だから、この山は魔王から絶対に守らなくてはいけないって、おじさまは反魔王隊に志願したの」


「それが、今向かっているイグネアと言う村に居る方ね」


「そう。魔素を含む水が流れるこの山は、多くの魔鉱石を採掘できる証拠なの。魔素はより強い流れを持った魔素の影響を受けやすい。魔王がこの山を悪意を持って支配すれば、その悪意を吸って山は命を蝕む様になるだろうって。それは絶対にさせてはならないんだって」


「それで、対立する為の組織を作っているのね」


「でも、不思議と魔王は、百年前にこの連峰にあったゼネルカと言う国は滅したけど、山を我が物にしようとしないの。麓の魔鉱窟では、採掘したり魔獣(モンスター)を生み出したりしているのに」

 

 ネッテは、それが不思議でならなかった。

 

「魔王は、この大陸を完全に支配しようとしていないのかも知れない」


 ランスは、サリーナたちの近くに腰を下ろして言った。


「どう言う事?」


 ネッテは、ランスを見た。


「その人、雰囲気で話すから、気にしなくて良いよ」


 水を飲んで落ち着いたユイが茶々を入れた。

 

「でも、もし、ランスの言う通りだったら、何か理由があるはず」


 ネッテは、軽く握った手を下唇に当てて、考えた。しかし、その理由は見つからなかった。


「それを確かめる為にサリーナたちは行くんだろ」


 タイナは、木に寄り掛かって面倒臭そうに四人をチラリと見た。


「何よタイナ、偉そうに」


 真剣に考えていたネッテは、タイナの態度が気に食わず、立ち上がって彼に文句を言った。

 タイナは、無駄に叱られる事を言ってしまったとそれに対して、よそを見て受け流そうとした。それが尚更ネッテを苛立たせた。


「あんたねー」


「タイナの言う通りだわ。確かめる為に私はこの山を越えるのだもの。座って話していても、何も進まないわ」


 サリーナは、スカートをはたきながら立ち上がって両拳を胸の前で握った。


「さあ、行きましょう」


 そう、みんなを促した。


「もうちょっと休もうよ」


 皆が進もうとする中、ユイは一人駄々をこねた。が、サリーナは、にっこりとユイに微笑んで、「行きましょっ」と、手を差し伸べた。

 ユイは、大袈裟に息を吐くと、その手を掴んで立ち上がった。

 ネッテは、その様子に、なんだかんだ言いながらユイはサリーナが好きなんだなとクスクスと笑った。そして、先導して歩き出すタイナの背中を見て、あたしもか、とその背中に頼もしさを感じていた。


「タイナ」


 ネッテは、小走りにその背中に追いつくと、ぺんっと、軽く手の平で叩いた。


「何だよ」


 さっきの事を少し気まずく思っていたタイナは、口をもがつかせながら文句を返した。


「がんばろうね」


 と、ネッテは、タイナの横顔に笑いかけた。

 タイナは、言葉でははっきりと返さなかったが、チラリとネッテを見てから顔を逸らして、小さく頷いた。その耳が赤くなっている事に、ネッテはクスッと笑って、その反応に自分の頬も熱くなっている事にくすぐったい気持ちになった。

 

「も、もう少し進んだら、天幕を張って夜に備えよう」


 タイナは、誤魔化す様に声を上げて、皆んなにそう言った。

 日が少し傾きかけていた。




「お前ら、何もんだ!」


 突然そう声を掛けられたのは、翌朝出発して間も無くの事だった。

 その声は、鋭かったがまだ幼さの残る声だった。




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