「そんなんじゃないんだからね!」
ランスは、手にした剣と自分の感覚が一体化していくのを感じた。
それは、自身の生態エネルギーと言える魔素が流れ込んでいる事に他ならなかった。
正眼に構えたその剣の放つ光は、今や彼自身と言って過言では無かった。
それは、強く真っ直ぐな光だった。自分を信じ、自分を信じてくれる人を信じ、切り開かれる未来を信じている。そんな光だった。だが、その光に僅かな揺らぎが生じた。その自己肯定から生まれた顕示欲、それを許せぬ彼の潔癖なまでの騎士道精神だった。
「くっ」
迫り来る轟の足音にランスは、無意識に後ずさっていた。
[ランス…]
祈るサリーナの心が、ランスに伝わってきた。
[サリーナ]
そうだ。と、ランスは、一歩踏み出した。
「僕には、愛する人を護る力が必要なんだ!愛する人に涙を流させない為にも!だから、僕は退けない!サリーナが悲しまない未来の為に!」
揺らぎが消えた。光は落ち着いたように剣に留まり、しかし、その輝きは増した。
大地が揺さぶられる轟音が、今まさにランスの目の前に現れた。
剣の放つ光が、血走った目をした魔獣たちの姿を闇の中に浮き彫りにした。その迫力と勢いに常人ならば全てを投げ出してその場から逃げ出しただろう。その場に立ち続けるなど、常軌を逸する愚行でしかなかった。だが、ランスは、奥歯を噛み締めてすくむ足に力を込めて立ち向かった。
「うあぁぁぁぁぁぁ!!」
腹に溜めた呼吸を解放するように声を上げて、構えた剣を振り上げた。
[ランス!]
サリーナの祈りが強く彼を包んだ。
彼女のその想いと魔素が、指輪を通して淡い青い光となって、彼を包み込んでいった。
ランスとサリーナの力が寄り添い螺旋を描くように混ざり合い、さらに大きな光となった。
「サリーナ!」
愛する人の名前を叫び、その剣を振り下ろした。
その剣が纏った光は、奔流と成り、迫り来る魔獣に襲い掛かった。
森を割るかのようなランスの剣の放った光の激流は、魔獣の体を引き裂き、蒸発させて突き進んだ。そして、かなりの数の魔獣を屠った。
だが、魔獣の数は、その数をさらに上回っていたのだ。
死をも恐れぬ操られた彼らは、目の前の屍を乗り越えてただ前進する。微々たる進路の変更はあったが、残りの魔獣の進行を止めるには至らなかった。
「くっ…」
膨大な力を発揮した反動が、ランスを襲っていた。体に力が入らず、立っているのもやっとだった。ランスの攻撃を免れた後方の魔獣の大地を踏み鳴らす音と振動に、ランスは、剣を杖のようにして何とか踏みとどまった。
「まだ、だ」
ランスは、何とか足を踏ん張って、剣を持ち上げた。
軽々待てた剣が、ズシリと両腕にのし掛かって来る様だった。
「僕に力を…」
剣を構えるが、意識が揺れて思う様に魔素を送り込め無い。刀身がぼんやり光を放つが、すぐに消えてしまった。
「あのバカ」
激しい光に導かれてそこに様子を見に来たユイがランスを見つけた。木陰から、飛び出そうかと考えたが、迫り来る魔獣の圧迫する気配に動けずにいた。
このままでは、ランスは迫り来る魔獣に踏み潰されて命を落とす事になるだろう。
それが分かっていたが、ユイにはどうする事もできなかった。助けに入った所で、事態はもう間に合わずユイも巻き込まれて命を落とすだけだ。
その最後を見届けるのが役目だとユイは、手にした松明をランスの方に向けた。
「ランスゥゥ!」
逃げられるのならば逃げて欲しい。
ユイは、その名を叫んだ。
だが、その声は、ランスを飲み込んだ魔獣の轟音に掻き消された。
ランスが目を覚ますと、すぐ目の前にはサリーナの泣き顔があった。
「ランス!」
ランスが、サリーナの名前を口にする前にサリーナは、ランスの首に抱きつき、泣いた。
「サリーナ…」
「生きてた…良かった…」
「ごめん…」
ランスは、サリーナの背中を優しく抱きしめて謝った。
「泣かせてしまった」
ランスが生きていた事を確かめる様に、サリーナはその体の温もりを感じていた。
「本当、無茶するよ。あんな大軍の真前で。死んだかと思ったよ。でも、あたしが確かめに行ったら、あんた水の膜みたいなのに包まれてたんだ。意識を失っただけで済んだなんて奇跡だよ」
「エイナーリア様が助けてくださったのね」
それは、指輪を通してサリーナがランスに施した魔法だった。サリーナは、ランスを護りたいと願っただけだった為、その自覚は無かった。
「貴方のおかげで、村は壊滅しなかった」
ユイの後ろに立っていた男性が、ランスにそう言った。
「村長の息子さんで、ラナハさん。ネッテとルーのお父様よ」
ランスの上半身を起こしながら、サリーナは男性を紹介した。
「うちの娘ばかりか、村の危機まで救っていただき、ありがとうございます」
ラナハは、目に涙を溜めながら床に膝をついて深く礼を言った。
「いえ、僕は大した事はできませんでした。魔獣を倒し切れませんでしたし、娘さんを見つけたのは、タイナ君です。彼が行動したから、僕らは動けたんです」
「そうでしたか。あの子にも感謝を伝えます」
「ネッテたちは、どうしてますか?」
「今回の事は、娘たちにはショックが大きかった様です。二人とも今は熱を出して寝ています」
「大丈夫ですか?」
サリーナは、二人が魔獣に襲われた事、村が魔獣によって破壊された事によって、それ程の衝撃を受けた事を心配した。
村に死者が出た事もそうだ。それが、父王のした事なのだ。サリーナは、深く胸に刻まねばならないと感じた。そして、自分が魔素をもっと強く早く感知する事ができたなら、皆を守る事ができたのかも知れないと、悔しく思った。
ランスは、それを察してか、その無力さに共感してか、サリーナの肩をそっと抱いた。
「僕たちには、まだまだできる事があるし、やらなければならない事があるんだ。強くなろう」
二日後、村は、深い傷を負いながらも、再び立ち上がる為に槌の音が至る所で響いていた。
ランスとサリーナも旅立つ準備を済ませて、村長の家に挨拶に行っていた。
「行くのですか」
訪ねて行くと、ラナハが村長代行として、二人を出迎えた。村長は、足を骨折してしまい、しばらくは動けないのだと話してくれた。だが、復興には意欲的にラナハを通して各所に指示を出しているらしい。
「えぇ。お世話になりました」
「こちらこそありがとうございました。大したお礼はできませんが、路銀にお使いください」
そう言うと、皮袋に包まれたお金をサリーナに手渡した。
「いえ、受け取るわけには…」
「せめてもの気持ちです。受け取ってください。それと、」
ラナハがそう言うと、扉が開いてタイナが部屋に入ってきた。
「俺が、道案内します」
タイナが、決意を込めた目でそう言った。
「と言っても、東側に出た事は無いので、近くの村までだけど」
「ここから東にある村に私の兄が居ます。彼らは、反魔王の組織を作る為に各地から集まっている者たちですので、何らかの協力が望めるかも知れません。これが紹介状です」
「ありがとうございます」
サリーナは、手紙を受け取ると、タイナを見た。
「よろしくお願いしますね」
「二人には、世話になったし、恩返ししたい」
タイナは、少し照れ臭そうに言った。
「ちょっとあんたたち、あたしを置いて行くつもり?」
村長の家を出た所で、ユイが三人の前に立ちはだかった。
「ユイは、この村の立て直しに忙しそうだったから…」
「あのね、する事ないから手伝ってただけよ」
「じゃあ。ついて来てくれるの?」
サリーナは、涙目になって、ユイを覗き込んだ。
ユイは、ドキッとして、目を逸らして唇を尖らせた。
「あんたが、どうしてもって言うなら、ついて行ってあげても良いけど」
「素直じゃねーな」
タイナに見透かされて、ユイはカチンときた。
「うるさいわね!」
と、タイナを小突くユイに、サリーナは飛びつく様に抱きついた。
「お願い!ついて来て!」
「ちょっと。暑苦しい」
「僕からもお願いするよ」
「だったら、最初から言いなさいよね」
と、ユイはまんざらでもない顔で、サリーナに抱きつかれたまま顔を赤くして言った。
「タイナ!」
そこに、村長の家から出てきたネッテが大きな荷物を背負って現れた。
「ネッテ?」
「あたしも行く!」
「バカ!できるわけないだろ!」
「お父さんには言って来た。許さんって言ったけど、出て来た。サリーナさん。お願い!あたしも連れてって!」
サリーナは、困った顔で考えた。すると、ランスが軽く彼女の肩を叩いた。えっとランスを見ると、その目が村長の家の方を見ていた。その視線の方にサリーナも目を向けると、窓からこちらを見る困った顔のラナハとその妻のアケテがこちらを見ていた。
ラナハは、複雑な顔をしていたが、アケテは泣きながら頷いていた。
サリーナは、それに力強く頷いて見せた。
「サリーナさん」
ネッテの強い決意の目にサリーナは、その両肩を優しく触ると頷いて見せた。
「村までの案内よろしくね」
「ありがとうございます!」
「ネッテの気持ち、私分かるから断れないわ。好きな人と離れたくないものね」
「ち、ち、違います!あたしは、おじさまに会いに行くついでだし、タ、タイナは、少し頼りないだろうから、心配なだけで…」
ネッテは、顔を真っ赤にしながら、焦ったように言って、チラリとタイナの反応を見た。タイナは、何かを感じたのか顔を赤らめてそっぽを向いていた。
ネッテは、その反応が余計恥ずかしくて、タイナの腰を蹴飛ばした。
不意をつかれたタイナは、地面に倒れてしまった。
「何するんだよ!」
「うるさいわね!そんなんじゃないんだからね!」
サリーナたちは、二人の旅の仲間が増え、次の目的地に向かい歩き出した。




