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「村まで連れて行ってください」


 タイナは、焦っていた。

 慣れた山とは言え、日も落ちて暗い森の中を、手にした松明の灯を頼りに進まなければならなかった。足下もはっきりとしない中では、昼間の様に全速で走る事も出来ない。長年踏み固められた道があるとは言え、闇夜の中では頼りにならない道だ。一歩間違えば方向すら見失いかねない。悪条件が、一刻も早く村に戻らなければと思うタイナの気持ちに重くのしかかって来た。

 ランスは、タイナの後を追いながらも、側にまでは行かなかった。

 タイナについて行かなければ、村に辿り着けないランスは、近付き過ぎて余計なプレッシャーを与えない方が良いと判断したからだった。過度な焦りは、判断ミスに繋がり易い。

 ランスは、タイナの様子や周囲の状況に気を配りながらも、洞穴に残して来たサリーナたちの事が気になっていた。また魔獣(モンスター)が、洞穴に来ないとも限らない。サリーナが言う事には、森に潜む魔獣(モンスター)は、集団になって居る魔獣(モンスター)の一団が動いて居る事で、そちらに合流を目指すだろうと言っていた。

 だが、逸れて森を徘徊するものもいるだろう。とランスは心配していた。

 サリーナの事を考えると、左手に嵌めた指輪に彼女の存在を感じた。サリーナをすぐ側に感じて、ランスは不思議と落ち着いた。


[ランス]


 すぐ側にいるかの様に頭の中に、サリーナが呼びかけてくる声が聞こえた。


[ランス、聞こえる?]


 ランスは、その声が自分の想像から生まれた声だと思ったが、はっきりと彼を呼んでいた。


[サリーナ?]


 ランスは、戸惑いながらもその声に意識で応えた。


[良かった、聞こえるのね]


[あぁ、何だいこれは?]


[指輪の力よ。距離があっても二人の意識を繋げてくれるの]


 だから、指輪に呼びかけてと言ったのだと、ランスは納得した。


[そちらは大丈夫かい?]


[平気よ。村の方に向かって居る魔獣(モンスター)は、少し速度が落ちたみたい。まだ、村には着いていないわ]


[僕らの場所は分かるかい]


[ちゃんと村の方に向かって居るわ。このまま行けば、少し先回りできそうだわ]


[ありがとう。僕を魔獣(モンスター)の方に誘導して欲しい]


[それはできないわ]


 サリーナは、予測していたかの様に応えた。


[僕ならば止められる]


 ランスは、力強く訴えた。


[数が多すぎるわ。それに、操られていて、ただ突き進む相手はかなり危険だわ]


[でもこのままでは村に危険が及ぶ。僕は行くよ]


[だめ!]


 サリーナの忠告は、ランスも理解しているつもりだったが、彼は自分に退けられる可能性があると信じていた。

 

 サリーナが誘導してくれなくても、村の近くで迎え撃つ事ができれば。せめて進路を逸らすくらいはできるはずだ。

 

 ランスは、自分の力を試したいと思ってしまっていた。自分の中に宿った魔素を力として顕現してくれる剣の力で、どれ程の力を発揮できるのか知りたかった。以前ならば、倒す事のできなかった魔獣(モンスター)を一太刀で両断するこの剣を手にしてランスは傲慢になっていたのかもしれない。その事に、ランス本人も気が付いてはいなかった。

 サリーナは、ランスを止めたかったが、もし自分がランスの立場だったら魔獣(モンスター)の方に向かっただろうと考えると、それ以上強く止める事ができなかった。

 ランスの視線の奥に微かな灯が見えてきた。それは、村の灯りだった。防壁で遮られていてそれ程明るくは無いが、ぼんやりと森の中に浮かぶ光があった。

 タイナは、一足先に門番に事情を話して中に入っていった。タイナの話を聞いた門番や見張りは、慌ただしくなった。ランスはそれを見届けると、森の中を意識で探った。


[サリーナ、村に着いたよ。状況は?]


[村に近付いているわ。西側の少し北寄り]


[分かった]


 サリーナに言われた方向を見た。ランスにも、その方向に不穏な気配を感じた。


[来る!]


 ランスは構えた。遠くから地響きが伝わって来た。

 それと同時に、バキバキと木が薙ぎ倒される様な音も聞こえて来た。

 ランスは、剣を握る手に力を込めた。その刀身が淡く光りを放ち始めた。


 ここから先は行かせない。


 ランスは強い意志を持って、迫り来るそれを睨みつけた。

 離れた場所では、サリーナがランスの無事を祈っていた。そして、自分も彼の力になれる事を願った。

 胸に両手を当てて、神に祈った。


 エイナーリア様!私の大切な人を御守りください。


 目を閉じて祈るサリーナの胸元から青い光が迸り、それに呼応する様に指輪も光を放った。




 それから数刻の時が流れた。

 サリーナは、洞穴に朝日が入り込んで来た事によって目を覚ました。いつの間にか自分が自分が眠っていた事に驚き、慌てた。


[ランス!ランス!]


 呼びかけても応えは無かった。

 サリーナは、血の気が引くのを感じた。意識を集中して探ろうとするが、自分の中の魔素が不安定でノイズが酷くて探れなかった。


 魔素が底を突きかけている?


 記憶が飛んでいるのはその所為かも知れないとサリーナは、考えた。


 とにかく、村の方に行かなくては。


 と、サリーナは立ち上がろうとしたが、体に上手く力が入らなかった。


「あ、あの…」


 壁に手をついて何とかヨロヨロと立ち上がったサリーナに背後から声が掛けられた。

 顔だけ振り向くと、ネッテがサリーナを見ていた。


「昨晩は、ありがとうございました。お礼も言えて無かったので…」


 ネッテは、髪を弄りながら、気まずそうにサリーナに礼を言った。


「タイナは、帰りましたか?」


 ネッテは、目が覚めてタイナがいない事に気付いた。色々話さなければならないのは彼の方だったから、それが気になっていた。


「あの、村まで連れて行ってください」


 サリーナは、ネッテにそう乞うた。

 ネッテは、その綺麗な女性の表情が、苦しみに歪み今にも泣き出しそうな姿に息が吸えなかった。

 ネッテは、頷くことしかできなかった。


 

 洞穴から、サリーナは、ネッテとルーに支えられる様にして何とか村に向かって歩いた。

 その道中、ネッテは何度か現場に関する質問をしたが、サリーナは、唇を噛んだり首を小刻みに震わせたりして、答えることは無かった。ネッテは、その様子に戸惑いや苛立ちを感じたが、疲弊している彼女にそれ以上追及する事はできなかった。それだけでも、十分異常事態なのだと伝わっていた。

 三人が村の近くまで来ると、村の場所から行く筋もの煙が上がっているのが見えた。

 

 何かあったんだ。


 予感は、確信に変わり、ネッテの呼吸は乱れて荒くなった。


 タイナは?お母さんは?お父さんは?お爺ちゃんは?村のみんなは?


 状況は、まだ見えないが、激しい不安がネッテとルーに襲いかかって来ていた。

 それは、サリーナも同じだった。

 何度か呼びかけるが、ランスは応えてくれない。

 その生死も分からない状態にサリーナの心は掻き乱されていた。だが、体はまだ思うようには動かない。もどかしさと不安にサリーナの心は、ぐちゃぐちゃになっていた。

 シーロ村は、西側の防壁も門も破壊されていた。

 村の中は夥しい魔獣(モンスター)の足跡があった。それは、立ち止まる事もなく東側へと向かっていた。その足跡の進んだ先にあった建物は全て破壊され尽くしていた。

 その被害は、激しく、村の半分が壊滅状態であった。


「ネッテちゃん!無事だったのね!」


 そう声をかけて来たのは、ヒムネだった。


「おばさん!タイナは?お爺ちゃんは?」


「タイナは、村長の歌にいるよ。村長の家もかなりやられてね。村長も怪我をしてしまったみたい。でも、タイナが魔獣(モンスター)が来る事を事前に教えてくれたから、大勢が助かったわ」


 建物の被害は甚大だったが、タイナの呼びかけに応えた人々は何とか非難する事ができたようだった。が、予測以上に範囲が広く、かなりの死者が出てしまった事も事実だった。


「あの、ランスは?私の夫を知りませんか?」


「…ごめんよ、分からないね」


 ヒムネは、申し訳なさそうに言った。


「そう、ですか…」


 村がこれだけの被害を受けていると言う事は、ランスのしようとした事ができなかったのだと物語っていた。

 サリーナは、泣き崩れそうになるのを必死で堪えていた。が、その目の前は暗く見えなくなっていた。


「ランスなら、部屋で寝かせているわ」


 膝をついて座り込んでしまったサリーナの肩をポンと叩いたのは、ユイだった。

 表情が無くなって呆然としていたサリーナの目に僅かに光が戻った。


「本当?」


「あぁ、襲撃の報告を聞いて、門の所まで様子を見に行ったら、凄い光が見えたから、もしかしたらと思って見に行ったら、あいつが倒れてたんだ。まだ意識は戻らないが、生きてるよ」


「良かった…」


 サリーナは、その場に泣き崩れた。そして、近くに来たユイにしがみついて、何度も「ありがとう」と礼を言いながら泣いた。

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