「とにかく知らせなくちゃ」
ネッテとルーは、泣き疲れ、焚き火の前でうとうととしていた。
濡れた服を乾かす為に、下着の上から布を羽織って姉妹で支え合う様に焚き火の前に座っていた。
タイナと一緒に助けに来てくれた男性と女性がいた事に気が付いていたが、尋ねる体力は無かった。命が助かった事で張り詰めていたものが一気に無くなり、疲労と眠気として彼女たちを襲って来た。
うとうとするネッテの手が、タイナの服の裾をずっと掴んでいる事にタイナはどぎまぎしながらも、二人の事を助けることが出来た実感として受け止めていた。
「良かった…」
洞穴の入り口で見張りとして、周囲を警戒しているランスの横に座りながらサリーナは、彼に声を掛けた。
「間に合って良かった。サリーナのおかげで助ける事ができた」
ランスは、サリーナに微笑むと、自分の手を見てぎゅっと握った。
「僕は、正直不安なんだ。僕の力で何ができるだろうかって。グナーク王が僕らに何を託したのかまだ分からないけど、でも確かなのは、サリーナ、君と一緒だって事なんだ。つまり、王は僕に君を守り抜く事を望んでいる。そしてそれは、僕がこの世に生まれた理由だと思っている。僕の命は、いつでも君とともにある」
「うん」
「僕は君の側に居続ける為にも、強くなくてはいけないんだ。あの日の僕には力が足りないと王は判断したんだ。だから、僕らは眠る事になったんじゃないかと思う。だから、僕はもっと強くなりたい」
ランスは、決意の言葉を口にしながら、しかし、その目は揺れていた。
そのランスの拳をサリーナは、そっと包む様に持った。
「私は、いつも貴方の側にあります。それは、強い貴方だからじゃないわ。貴方だからです。王が私たちに何を託そうとしていたとしても、それは父王の我儘です。気にする事ではありませんわ」
「しかし、サリーナは、グナーク王を止めると」
「民を苦しめるなど、王の行いではありません。それが本当の事ならば、やめさせなければいけません。それがお父様のやっている事であっても、お父様で無かったとしても。せめて、文句の一つでも言ってやりませんと」
ランスは、くくっと笑った。
こんな状況でも、彼女は彼女なのだと。
「サリーナ、僕はいつでも君に救われている。サリーナ、君を心から愛しているよ」
「私も、愛しています」
二人は優しく口づけをした。
ドドドドドド…
二人の体に、遠い地響きの様な振動が座っている岩から伝わって来た。
「何?!」
サリーナは、その振動に不穏な予感を感じた。
感覚を静めて呼吸を深く吸うと、魔素に関する知覚を周囲に広げていった。
山の斜面を横切る様に乱れた魔素の塊が移動しているのを感知した。その数はかなり多い。百近い数の乱れた魔素は、かなりの速度で、一団となって進んでいた。そしてその先の向こうには、ユイの魔素を感じた。つまり、村の方へと向かっている様だった。
「どうしよう…」
その事実にサリーナは、青ざめた。
正確な位置関係は、把握できてはいない。今の段階では、その可能性があるとしか言えなかった。たが、不安は大きくなる。楽観できない状況だと、感覚がサリーナに訴えていた。
「サリーナ?」
サリーナの様子にランスも何かを感じとり、その細い肩に手を添えた。
「沢山の魔獣が、村の方に向かって居る…」
サリーナは、怯えた様にそう呟いた。
はっきりと言葉にすると、避けられない現実になりそうで、サリーナは口にするのが怖かった。
「どうしよう。ユイも、おばさんも、村長さんも、みんないるのに…」
「それは、本当なのか?」
洞穴の中から、外の異変を感じたタイナが顔を出した。
「正確に村に向かって居るのかは、よく分からないわ。でも、そちらに向かって様に感じたの」
「とにかく知らせなくちゃ」
タイナは、そう言うとすぐに駆け出していた。
「待って、危険よ」
サリーナは、走るタイナの背中に声を掛けたが、止まる事なく彼は村に向かって走った。
「僕が行く。君は、洞穴に入って朝を待つんだ」
ランスは、サリーナを洞穴の中に促し、髪を撫でた。
「気を付けて…何かあったら、指輪に向かって私に呼びかけて」
サリーナの言葉にランスは頷くと、左手の指輪にキスをした。
「行ってくる」
そう言うと、ランスはタイナを追って風の様に駆けて行った。
「みんなどうか、無事で…」
サリーナは、自分が感じ取った事が何かの間違いで、何も起こらない事を願った。
しかし、その願いはどこにも届かなかった。
サリーナの感じ取った通りに、百体近い魔獣の一団が、山中の森を駆け抜け東の海岸を目指していた。それぞれを操る魔王の魔素に向かって集結しようと駆けていた。その直線上に偶然不幸にもタイナたちの村が存在していた。




