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「そんなのあげるわよ!」

 

 その少女、ネッテは、山の斜面に空いた洞穴の入り口から、暗い森を見ていた。

 迂闊だったと、自分の今の状況になってしまった経緯を思い返していた。


「お姉ちゃん。奥に居た方がいいよ」


 洞穴の中から妹のルーが心配して言った。

 彼女の事を巻き込んでしまったと、ネッテは後悔していた。頭が冷静になるまで、周りが見えなくなる自分の性質に嫌気が差していた。


「お姉ちゃん」


 このまま、朝まで何事もなく過ごせれば良いが、何かあればルーを護らなくちゃ。

 

 ネッテは、森の中の気配を見逃さない様に目を配らせ、耳を凝らしていた。


「お姉ちゃん!」


 ルーがネッテの服を引っ張った事で、ようやくネッテは、ルーが声を掛けていた事に気が付いた。


「ルー?!」


「もう!全然聞いてくれないんだから!もう少し奥に居た方が良いよ」


 微かな明かりの中で、ルーが不満そうにしているのが分かった。自分の所為でこんな事になってしまったのを怒っているのだろうとネッテは、苦しそうに眉間に皺を寄せた。

 心配して付いて来てくれたしっかり者の妹が一緒でなければ、道が分からなくなる前にこの場所に行く事を発想して居なかっただろう。そして、今頃暗くなった森を彷徨って居た事だろう。


「ほら、こっちに来て、火を起こそ」


 この洞穴は、ネッテたちが良く狩りの休憩場所に使っている場所で、他の大人たちには内緒にしている秘密基地の様な場所だった。普段は長い草で入口を隠している為、良く見ないと洞穴がある事が分からなくなっている。以前にタイナが足を滑らせて落ちた事がきっかけで見つけた場所だった。頻繁に訪れる為、ここには、燃料や着火に使える石がおいてあった。

 カッカッとルーが石を打つ音を聞きながら、ネッテは昼間の事を思い出していた。




「あたし、おじさまの様に反魔王隊に参加するわ」


 そうネッテがタイナに言ったのは、狩りから帰って来た午後の事だった。

 その日の成果は今までで一番高く、ネッテの高揚感は最高潮だった。


「ネッテはやめた方が良い」


 すぐさま否定したタイナにネッテは、気分を害されて頭にきた。


「どうしてよ!これだけ獲物が取れたのよ!弓だってすごく上達しているし、森駆けは、タイナよりも早いわ!」


 そう言って、縄にくくって背中に担いでいた三羽の兎と一羽の鳥を重そうに両手で持ち上げて、眉を怒らせた。


「ネッテは、木登りは遅いし、足が速くてもすぐ疲れるだろ。そんなんじゃ無理だって、それに…」


「それに?何よ!あたしがあんたよりも沢山狩れたのが気に入らないの?」


「そうじゃない。ネッテは、女だ」


 タイナは、ネッテの持っている獲物をチラリと見て、自分の背中のニ羽の兎を少し持ち上げた。

 捨て台詞の様に言ってそっぽを向いたタイナに、ネッテの不満はさらに加速した。


「女とか男とかそんな事関係ないでしょ!現にこうしてあたしの方が狩りが上手だし!そんなちっちゃい事言ってるから、あたしよりも背がちっちゃいんだ!」


「今は背は関係ないだろ!」


 タイナは、気にしている事を悪く言われてカチンと来た。それだけは、ネッテに言われたく無かった。好きな子よりも背が低い事を気にしていると言うのに、その好きな子にそれを指摘され、タイナの心は傷付いた。


「二人ともやめなよ」


 事を見ていたルーが仲裁に入ろうとしたが、火がついた二人の剣幕に及び腰で、入り切れずにいた。


「ネッテが、でかいだけだろ!ガサツででかい男女!」


「あぁ!言ったわね!ちびっ子タイナ!」


「うっせぇ!お前みたいなガサツなだけの女が反魔王隊なんて入れるかよ!」


 ネッテは、分かってくれると思っていたタイナにこれだけ否定されるとは思わず、そのフラストレーションに体が震えるほど憤りを感じた。


「入れますぅ!誰よりも凄い戦士になれるんだから!」


「無理だね!せいぜい兎しか狩れないネッテに戦士なんてなれないね!」


 お互いに唇を尖らせ合い、今にも掴みかかりそうな勢いで睨み合った。


「今日は、兎だけど、もっと大きいのだって仕留められますぅ!」


「無理に決まったらぁ!ガズーナおじさんは、大猪を弓だけで仕留めたって聞くぜ!そんなのネッテにできるかよ!」


「できますぅ!あたしなら魔獣(モンスター)だって仕留めて見せるんだから!見てなさい!」


「無理だね!魔獣(モンスター)は、大人三人でやっと倒せるって聞くぜ!ネッテのヒョロヒョロ矢じゃ刺さりもしないね!」


 タイナは、勢いに任せて挑発する様な表情と言い回しで、ネッテの目の前を跳ねる様に言った。言ってから、ネッテの顔が真っ赤になり、目に大粒の涙が溜まっているが目に入り、タイナはやり過ぎたと自覚した。

 ネッテの涙が止まり切れずにポロリと流れ落ちるのと同時に、タイナの頭に登った血がスッと引くのが同時だった。


「いいわよ!そんなに言うなら、タイナの驚く様な獲物を捉えて来るわよ!魔獣(モンスター)を退治して来てやるわ!」


 そう言うと、ネッテは、持っていた獲物をタイナに放り投げて、踵を返した。


「な、なんだよ」


 既に冷静な頭になっていたタイナだったが、口から出た言葉は、素直にはならなかった。


「そんなのあげるわよ!」


 ほとんど泣き声でネッテは、背中越しにタイナに言った。


「ちょっと待てよ!」


 歩き出したネッテにタイナは、後を追う様にそう言って制止しようとした。


「ついてこないで!」


 両手をぎゅっと握って絞り出す様に言ったネッテに、タイナは、どう言葉を掛けたら良いのか分からず、その足も止まってしまった。


「タイナ酷いよ。言い過ぎだよ」


 二人のやり取りにルーも目に涙を溜めて、タイナに抗議すると、そのタイナの言葉を待つ事もなく、歩いて行った姉を追った。


「お姉ちゃん!あたしも行くよ!」


 ネッテは、流れる涙をぐしぐしと腕でぬぐい、鼻水をすすった。


「タイナのバカァ…」


 ネッテの足は止まる事なく森へと向かっていた。





「タイナのばか」


 パチパチと音を立てて火の粉を上げる焚き火を見ながらネッテは、ため息の様にそう言葉にしていた。

 あの後しばらく森を彷徨ったが、大きな獲物には遭遇しなかった。それどころか、不思議なくらいに森が静かだった。ルーが戻る事を何度か提言したが、ネッテは認めたく無かった。時間が彼女の頭を冷静にしてはいたが、プライドが足を引き返させなかった。タイナと言い合いをしてしまった後悔とタイナが勢い任せに言った言葉と分かっていながらも、受け入れ難いその内容に腹の下の方はふつふつと燻り続けていて、もやもやとさせた。

 日が傾き色を変え始めて、ルーが「お姉ちゃん!いい加減にして!」と、心配と怒りをない混ぜにネッテを叱った事で、ようやく引き返す事を受け入れた。だが、既にかなり奥まで来てしまっており、波が落ちるまでに何とか洞窟に辿り着けたのだった。

 折り返した途中の小川で水を確保したものの、たいした食料を見つけられず、非常用に持っている木の実を食べたが、二人の腹は食料を求めて鳴っていた。


「タイナにあげた兎、食べたかったな…」


 ボソリと言ったネッテを、ルーは恨めしそうに睨み付けた。


「お姉ちゃんが、タイナとケンカするからでしょ」


「だってあれは、タイナがあんな事言うから」


 ネッテは、唇を尖らせて言った。


「タイナも言い方悪いけど、お姉ちゃんもタイナの気にしてる事言うのも悪いよ」


「だって、タイナが分かってくれないんだもん」


 四つも下の妹に諌められ、ネッテは、子どもっぽく立てた膝に頬を付けて、上目遣いにルーを見た。


「タイナは、お姉ちゃんにどっか行って欲しく無いんだと思うよ」


「え?」


「お姉ちゃんが、反魔王隊に行ったら、タイナはお姉ちゃんと離れ離れになっちゃうでしょ」


「だったら、一緒に行けば良いのに」


 ネッテが、行きたいと言えば、タイナが付いて来るのが当たり前だと思っていた彼女には、妹の見方は意外だった。


「だって、タイナのお母さん、病気がちなんだよ。ほっとけないって」


「…そうか…」


 それを言われて、ネッテは、少しだけタイナの立場を考えた。一緒に居る事が当たり前だとばかり考えていたから、一番自分を分かってくれるのがタイナだと思っていたが、彼の事を考えていなかったのは、自分の方かも知れないと、十二歳の妹に気付かされた。

 そこで、あれ?と、ネッテは、気が付いた。


 タイナが、あたしが反魔王隊に行くのを反対したのは、一緒に居られなくなるのが嫌だって事?ルーが言ったのは、そう言う事?

 あたしと離れたく無いから、あんな言い方をしたって事?


 それはルーの思い過ごしで、ただネッテが反魔王隊になれないとタイナが否定したのだろうと考えながらも、ルーの言葉から思い浮かんだタイナの気持ちを否定したくない様な思いに、ネッテの体は火照った。


「え、え?えぇー?!」


 自分の感情に思考が追いつかず、ネッテは困惑した。

 その姉の様子に、ルーはやれやれと、ため息をついた。


 ガサッ


 と、草が揺れる音がした。

 それは風が草を揺らしたのだろうと、ルーは思った。


 ガササッ


 だがその音は、不規則で意図的な音に聞こえた。


「お姉ちゃん、シッ」


 声を下げて、ネッテにそう言うと、ルーは耳を澄ませた。


「何…?」


 ネッテもその不自然な音に気が付いた。

 

 グルルルル…


 不穏な音が二人の元に聞こえて来た。それは、洞穴の外から聞こえていた。

 ネッテは、なるべく音を立てない様に、焚き火を散らして、火力を弱めた。


 ガサッ


 今度はその音が、洞穴の入り口に聞こえた。


「ヒッ」


 その気配に二人は悲鳴を上げそうになったが、お互いに口を押さえて止めた。

 焚き火の微かになった灯に、洞穴の入口を動く何かの鼻先が見えた。

 しばらく蠢くと、ぐいっとそれは顔を差し入れて来た。

 紅く光った様に見える双眸が、二人の少女の目に映った。


斑熊(ゲリグル)…!?」


 話に聞いた事のある凶暴な魔獣(モンスター)の名前が、二人の脳裏に浮かんだ。


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