「どうやって止めるつもり?」
三人が宿として案内されたのは、村長の家からすぐ近くの家だった。今は空き家になっているが、以前は村長の二番目の息子が住んでいたらしい。二年前に妻を連れて別の場所に移り住んだと言う。
いつでも帰って来られる様に中は綺麗に掃除されていて、人がしばらく住んで居ないとは思えなかった。
サリーナは、しばらくぶりにベッドで眠れる事は嬉しかったが、村長の言っていた孫娘の件が気になっていた。自分たちへの助力を得る為と言うよりは、純粋に心配だった。それは、ランスも同じで落ち着かない様子で、座ってもすぐに立って窓の外を見たりしていた。
「あんたたち、魔王を止めるったって、どうやって止めるつもり?」
ユイは、村長とのやり取りの事が気になっていた。
どうにも、考えなしの言葉に思えてならなかった。
「お父様なら、話を聞いてくれるはずだわ」
やっぱりとユイは頭を抱えた。
「あのね、それができるなら、この百年間に誰かが止めているし、本人もやめてるわよ」
「でも、僕は思うんだ。グナーク王が僕たちを殺さずに眠らせて封印したのは、何らかの想いがあるからだって。剣や指輪を託したのにも意味が有ると思うんだ」
「身内を殺すのは気が引けて、閉じ込める事にしたんでしょ」
ユイは、投げやりにそう言った。
しかし、ユイもランスの言う様にグナークの行動には、何らかの意図を感じていた。
「あれは…」
窓から外を見ていたランスの目に、少年が駆けていくのが映った。それは、村長の家から出てきた、タイナと呼ばれた少年だった。
ランスは、隣に来たサリーナと目を合わすと、互いに頷いた。
「ちょっと、あんたたち、彼を追うつもりじゃ無いでしょうね」
呆れながらもそうなる事を予測していたユイは、バタンとベッドに倒れ込んだ。
「あたしは行かないからね」
と、ユイは不貞寝をした。
「分かったわ。朝まで帰らなかったら、村長さんに親切にして貰ったお礼を言っておいて」
ユイは、その言葉を聞いてないフリで、寝返りを打った。その背中に、二人が出て行き扉を開けて閉める音が聞こえた。
森の中は、既に日が届かなく足下もよく見えなくなっていた。
サリーナとランスは、手を繋ぎ互いの存在を確かめながら進んだ。
村を出て森に入った少年は、どこにも見えなかった。少年が見張りの交代の時間を見計らってその隙を突いて外に出た所までは、その背中を追えて居たが、二人が抜け出す機を探っている内にその姿を見失ってしまった。何とか見張りが大あくびをしている隙に門を出たものの、その気配はどこにも無かった。
村から離れて山の斜面を登る様に進んでみたものの、方向すら分からない状態だった。
「何処に行ったのかしら」
そんな状況でも、あまり焦っている様子に聞こえないサリーナの言葉に、「ふむ」と、腕を組むランスも森の暗さに恐れては居なかった。
「魔獣と言うのがいるのならば、気配を感じられないかしら」
先日ランスが倒した大きな蜥蜴の様なものだとしたら、魔素を感じられるかも知れないと、サリーナは考えていた。あの時、大蜥蜴から、魔素の流れを感じたのだ。
魔獣については、百年前には、噂に聞いた事がある程度のもので、実際に二人とも見た事はなかった。それは、サリーナは、王宮暮らしであり、ランスの住んでいた大陸には獣はいても魔獣は存在して居なかった事もあるが、一般的にもほとんど遭遇する事のない程、希少な存在だった。
その魔獣が居ないのならば、危険はある程度下がるし、居たならばそこを探して少年と村長の孫娘が居れば保護すれば良い。と、サリーナは、考えていた。
サリーナは、意識を集中して魔素を探った。
すぐ側に温かな魔素を感じた。それは、ランスだった。暖かく気持ちが落ち着くのを感じた。その心強さとともに感覚を広げていった。
と、森の奥の方に魔素の動きを感じた。
「いた」
サリーナは、そちらを見据えると、指先を目の前に立てた。
「漂え小さき光」
すると、その指先の少し先に小石程の光が現れた。その光が二人の行先と足下を照らした。
「あっちよ。行きましょう。」
サリーナの指さした方へ二人は早足に進んだ。
光で照らされているとは言え、サリーナには暗い森は足元が悪く、足下に草も生えていて見えず、それをかき分けながら進む為、何度も木の根に躓き転びそうになった。が、その都度ランスが支えた。
サリーナは、倒れる事は無かったが、疲労は明るい時よりもかなり早く溜まっていった。
息が上がっているサリーナを気遣いながらも、ランスは、次第に濃くなる気配に緊迫した。
「あ、ああ、あ…」
その先の闇の中で、怯える声が聞こえた。
その声は地面に近く、息は震えている。声と一緒に、木々の下に生える草を揺らす音が聞こえた。
その声の奥には、サリーナの魔法の光を反射して光る二つの目が見えた。
サリーナは、光をそちらに進ませた。そこに照らし出されたのは、猪の様な魔獣だった。
岩瘤猪と呼ばれている岩の瘤に頭と背中を覆われた猪である。その大きさは、体高だけでも大人の背を超えており、その巨体に体当たりされたら、全身の骨が砕けるだろうと想像できた。
岩瘤猪は、サリーナの光に少し怯えながらも、興奮して今にも突進してくる勢いで、後ろ足で地面をかいている。
「サリーナ、光を僕に」
ランスが言うと、サリーナは、光の球を回り込む様に動いたランスの方に動かした。
猪の意識がランスの方に向いた。
ランスはジリジリとそのまま、間を詰めていく。
猪は、今にも飛び掛からんとしている。
猪の脚が、強く地面を蹴る瞬間と同時に、ランスが「今!」と、声を上げた。
「はい!」
サリーナがランスの言葉に応えると同時に、光の球の光量が膨れ上がった。一瞬だったが激しい光が、その場にいたものを包み込んだ。
飛びかかる一歩を踏み込んでいた猪は、その激しい光に当てられ、目が眩み前足が捉えるはずの地面を捉え損ない、体勢が崩れて勢いのままに倒れる事となった。
合図と同時に横に飛び、目を腕で守っていたランスは、すぐさまその倒れた猪の体に剣を打ち下ろした。岩に弾かれるはずの剣は、光を纏いその硬い岩瘤ごとその体を切り裂いた。
血を吹き出してビクビクと痙攣しながら、岩瘤猪は、絶命した。
「大丈夫?」
そう言って、サリーナは、地面に倒れ込んでいる人物に手を差し伸べた。それは、二人が追跡しようとしていた少年だった。
少年は、サリーナの光に目が眩み、何も見えず驚きと恐怖で混乱していた。
悲鳴を上げながら、両手を振り怯え抵抗しようとしていた。
目が戻るまでそれを続けていたが、次第に目が見えてくると、ようやく落ち着きを取り戻して、二人を見た。そして、魔獣の亡骸を見て、自分が助かった事を知った。
「大丈夫?」
タイナ少年の呼吸が落ち着いてから、改めてサリーナは手を差し伸べて、彼を立たせた。
「助けてくれたのか?」
まだよく状況を飲み込めないタイナはそう尋ねた。
「僕たちも、村長のお孫さんを探しに来たんだ。君は、何か知っているんだろう」
ランスは、助けた事を肯定するよりも、協力を求めた。
タイナは、頷いた。




