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「私の夫です」


 村の入り口には、大きな柱が立てられており、その前に二人の男が門番として立っていた。

 二人のヴァンナット人はサリーナたちを見ただけで、何も言わなかった。


「ここ、通っても良いんですか?」


 思わず気になってサリーナは尋ねた。


「ど、ど、どうぞ」


 特に何かを確かめられる事もなくすんなりと村内に入った三人は、開かれた門とぐるりと村を囲む大人の背丈よりも高い土壁を内側から眺めた。

 入ってすぐの所に物見櫓が組まれており、その上にいる男二人がユイと目が合うと手を振って来た。

 ユイは、手を振り返す事もなく呆れ顔で返した。


「物々しい作りの割に、緊張感が無いね」


 それがユイの感想だった。

 この村の者では無い三人が入って来たと言うのに、警戒心が感じられない。ヴァンナットの民の容姿のユイが居るからとは言え、アンバランスさを感じずにはいられなかった。


「あら、あんたたち、見ない顔ね」


 こう言う時にお決まりな言葉を掛けられ、ユイは少しホッとしてしまった。

 声を掛けて来たのは、少し肉付きの良い三十代位に見える女性だった。好奇心と少しの警戒心に世話好きな性格が疼いた様子で三人をジロジロと見ていた。


「あら、良い男ね。まだ若いけど、綺麗な金髪。どこの子だい?」


 女性の興味はランスに向いた。


「あ、いえ、その…」


 改めて問われてランスはどう答えて良いのか悩んだ。ランスの金髪と緑掛かった瞳は、レーナルスの北側の人間の特徴でなのだ。戦時の今、敵国の人間がここに居る事をどう説明したら良いのか、誰も考えて居なかった。


「私の夫です。以前、東側に住んでました」


 サリーナは、頬を赤らめながらそう答えた。

 ランスを夫だと堂々と言ってしまった事に、照れと嬉しさと恥ずかしさで体を揺らしている。

 その隣でランスも改めてそう言われて恥ずかしそうに頭をかいている。


 このお花畑カップル!


 ユイは、二人の様子にイラッとした。

 だが、女性はその二人の様子に当てられたのか、頬を緩めていた。


「あら、そう。シーロ村にようこそ。こんな所に来るなんて、森に迷ったのかしら?滅多に来ない人間のお客さんに、しかも別嬪さんが三人も居て、うちの男たちが浮き足立っちゃってね」


 と、女性はテラテラと笑った。

 ユイが周りを見ると、遠巻きにこちらをチラチラと見ている男たちが何人も居た。


「三人?」


 男たちの様子に苦笑いしながら、気になった数字を書き直した。


「あんたたち三人よ」


 その中にランスも入っているのかと、ユイは苦笑いの口元を更に引き攣らせた。

 確かにランスは整った綺麗な顔立ちをしていると、ユイはチラリとランスを見た。これまで別段男性を好意的に意識した事はなかった。むしろ、常に警戒してきた。幼い頃は、雑に扱われ、女性的な特徴が体に表れてくると、欲望の吐口にしようとしてくる男たちに囲まれて生きて来たのだ。良い印象など無い。


「それで、東の海岸側に行きたいのですが、どうしたら良いでしょうか?」


 サリーナが、本題をさらりと尋ねた。


「東の海岸?!やめときな、やめときな。あんな危ない所に行くもんじゃないよ」


 女性は大振りに首を振って否定した。


「でも…故郷が…」


「気持ちは分からなくないけど、魔王軍の兵士と魔獣(モンスター)が一杯居て危険過ぎるわ。あいつら、見境なく襲いかかって来るからね。この村も、何度か魔獣(モンスター)に襲われてるのよ。何でも、山を越えさせて移動させているらしくて、時々はぐれた奴が来るのよ」


「その為の防壁なんですね」


 そう言ったランスに女性は頷いた。


「大概、そういった移動は夜だから昼間はそんなに警戒はしてないのよ。ま、たまに来るから見張りは付けているけどね」


「私たち、どうしても山を越えたいのです。どうしたら良いでしょうか」


 サリーナは、諦める様子も無く、女性に詰め寄るように尋ねた。


「事情が有るみたいね。正直、あたしは反対だけど、村長に相談してみると良いわ。案内してあげる」


 そう言って、女性は三人を連れて村の高い場所に有る家に案内した。

 質素な作りの、この村の他の家と左程変わらぬ家にユイは少し戸惑った。


「村長の家よね」


「そうよ」


「もっと立派な家を想像してた」


「あはははは!そうよね、あたしらも言ってんだけど、意味が無いって村長が言うのよ」


 女性は笑いながら、村長の家の扉を叩いた。


「村長!お客さんだよ!」


 何ともざっくばらんな訪問なのだろうと、さすがのサリーナも驚いていた。

 しばらく反応が無く、突然扉がバンと開いて出て来たのは、十五、六歳の少年だった。

 少年は、扉の前に居た四人に一瞬驚いた顔をしたが、すぐに真顔になり、四人の間を無言で駆けて行った。


「タイナ!」


 女性が出てきた少年を呼び止めようとしたが、タイナと呼ばれた少年は、止まる事なく何処かへ走り去ってしまった。

 

「あ、ヒムネさん。この方たちは?」


 そこへ、中年の女性が玄関に顔を出した。ヒムネとは、三人を案内してくれた女性の名前らしい。


「アケテさん。村長いらっしゃる?」


「ええ、お父様なら、奥にいますけど」


「この方たちが、相談したい事があると言うので連れてきたのよ」


 ヒムネは、三人の事を手で指し示して言うと、「あたしはこれで」と退散した。その背中に、サリーナは、「ありがとうございました」と礼を言って見送った。


「何か分かりませんが、とにかくどうぞ」


 戸惑いながらもアケテと呼ばれた女性は、三人を家の中に招き入れた。その表情がどこか暗いのがサリーナは、気になっていた。

 一階の応接室に案内された三人は、木で作られた硬い長椅子に座って、淹れて貰った茶を飲みながら待っていた。

 しばらくして、現れた五、六十代に見える、顎髭の濃い男性が訝しげに三人を見た。


「お待たせしました。この村の村長のドーネクです。どのような御用件で」


「東側に出たいのですが、ご協力をお願いできませんか」


 サリーナは、真っ直ぐに村長のドーネクを見て言った。

 ドーネクは、少し目を見開いたが、すぐに戻して静かにサリーナを見た。


「何の為、ですかな。あちら側は、危険以外に何もありませんぞ」


「故郷なんです。戻って確かめたいのです。今どうなっているのか」


「それはおかしい。貴女のような若い女性が、故郷だなんて。私が生まれた頃からあちらは、魔王軍が占拠して誰も住んでいないはず。貴女がその関係者でもなければ…」


 ドーネクの目が鋭くサリーナを見た。その目は隣の青年も見ていた。


「いやね、この娘のお婆さんの故郷でね、それで…」


 ユイは、何とか取り繕うと言葉を挟んだ。が、


「私の故郷です。私の父が何をしたのかちゃんとこの目で見たいのです」


 ユイは、真っ直ぐにドーネクを見るサリーナに、あちゃあという顔を向けた。


「貴女の父?」


「今、魔王と呼ばれているグナークです。私は、グナークの二人目の娘、サリーナです」


 ドーネクをしっかりと見つめて言い切ったサリーナに、ドーネクは気圧されながらもその言葉の意味を考えていた。

 そして、大きな声を上げて笑った。


「魔王グナークは、百年以上生きているのですぞ。まぁ、無い事は無いでしょうが、まさかそんな嘘をつくなど…ここが何処か分かって言っているのでしょうな?」


 ドーネクは、ひとしきり笑ってから、冷たい目でサリーナを睨みつけた。

 ランスが隣で緊迫する程、ドーネクの目には凄みがあった。


「貴女の言う父上が滅し散り散りになった国、ゼネルカの末裔の村ですぞ。そんな冗談で馬鹿にするのならば、この村を出て行ってくれ」


「冗談では、ありません」


 そう言うと、サリーナは、腰に付けていた短刀を外してテーブルの上に置いた。

 柄や鞘に緻密な装飾が施されており、その中心にナッサヘルクの紋章が刻まれていた。


「これは、祖母から頂いた刀です」


 ドーネクは、その紋様に見覚えがあったが、古い記憶でハッキリしなかった。だが、その装飾の美しい短刀は一般的に出回る物とは思えなかった。


「貴女が本当に魔王の娘だとして、その目的は?」


「本当にお父様が人々を苦しめているのならば、止めなくてはなりません」


 ドーネクは、そのサリーナの真っ直ぐで曇り無い瞳に、押し負けて、大きく息を吐いた。


「少し時間をいただけますか。今は別の問題で正直、考える余裕が無いのです。貴女の話はあまりにも突飛過ぎる」


 ドーネクは、どう対処したものか考えあぐねたが、答えが出ず、それ以前にも気掛かりな事が有り、今はそちらを優先したかった。


「その別の問題と言うのは?」


 ランスが尋ねると、ドーネクは眉を上げた。言うべきが考えたが、変に探られるよりは良いと判断した。


「孫娘が森に入ったまままだ帰らないのです。もうすぐ日が暮れると言うのに。それが心配で」


「では、探してきましょう」


 まるでその辺に使いに行くような言い草のランスに、ドーネクは、慌てた。


「いやいや、夜になれば、大人でも迷うこの森に慣れない人が入ったらそれこそ危ない。それに、獣も魔獣(モンスター)も居る森ですぞ。それはやめてくだされ」




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