「それ!魔王じゃない!」
真っ二つに切り裂かれ崩れ落ちる魔獣を目の前に、ユイは口をあんぐりと開けて固まったまましばらく動けなかった。
「何だこれ…」
驚いているのは、それをやった当人のランスも同じだった。
手にした剣に宿った光が収まっていくのを見ながら目を丸くしていた。
「神成りの剣。そう名が刻まれていたわ。確か、ナッサヘルク王家の始祖が持っていた剣よ。私も本物を見たのは初めてだけど」
「何でそんな物を持っているの?!」
声を上げたのはユイだった。物凄いお宝で売ればかなりの値になるだろう。
「お父様が入れたのかしら…」
「あんたのお父様、何者?!」
「グナーク・アドレルト。ナッサヘルクの王よ」
それを聞いて、ユイは頭を抱えて唸った。
「それ!魔王じゃない!」
ユイの話を聞いてもサリーナは信じられなかった。
グナーク・アドレルトは、百年前にこの大陸のほぼ全域を支配し、隣の大陸も支配しようとこの百年間侵略戦争を続けている。その百年間衰える事なく君臨し続け強大な魔力を扱う姿から魔王と恐れられていると言う。
「お父様に限ってそんな事は有り得ませんわ。人違いよ」
「あたしが知っている魔王は、グナークよ。百年以上生きているなんて眉唾物だけど、そう聞いているわ」
「僕たちは、百年間眠っていた事になるのか…」
ランスは、ふむ、と自分の顎を触った。
「あんたって、考えてるふりして考えたないでしょ」
「なっ」
ランスは、図星を突かれて驚いたが、苦笑いをして誤魔化した。
「でも、あたしは、あんたたちの事の方が疑わしいわ。魔王の娘とか、百年眠っていたとか、あり得ないわ」
「そう言われても、僕たちは、グナーク王に魔法を掛けられた所までしか記憶が無いんだ。グナーク王が魔王と呼ばれている事も信じられない」
「そうだわ、あんな優しかったお父様が…そんな…」
サリーナもランスも落ち込んだ表情で俯いた。
ユイは、言葉にした通り、二人の言っている事は真実味も信頼性も見出せなかったが、悪人には見えなかった。それだけは確かだった。何人もの歪んだ人間を見てきたユイには、信じられない程二人とも純粋な目をしている。内容は信じられないが、嘘は言っていないのだろうとは、思えた。
「確かに、今の魔王があんたたちの言うお父様では無いかもしれないわね」
「ナッサヘルクに帰らなくては。ユイ、ここはどこ?ここからナッサヘルクまでどのくらい?」
まずは、状況をちゃんと把握しなければ進めないとサリーナは、考えた。その為にも、城に戻らなくては。
「ここよ。王城は、ここから西のリゾン湖のエイナーリア大神殿の近くにあるわ」
「え?ちょっと待って、ナッサヘルク城は、大陸の北東の海岸よ。エイナーリア大神殿は、大陸の中央にあるはずよ」
エイナーリア大神殿がある場所。そこは、緑と水の自然豊かな長閑な地域、サリーナの母、つまり王妃の故郷がある場所で、サリーナも何度か訪れた事のある場所だ。北のヴァンティーユ連峰とリゾン湖は、ヴァンナットの聖域として神聖化され、国は置かれていなかった場所だ。そこがナッサヘルクと言われてサリーナは、混乱した。
「北東の地域は、レーナルスとの戦争の拠点となっているわ。あたしの知る限り、集落が幾つかあるだけよ。あとは、兵士や魔王に操られている魔獣だらけよ。危なくって近付きたくもない」
「でも、行きたい。連れてって」
サリーナは、懇願する様にユイを見た。何も分からない状況では、ユイが頼りだった。
「僕からも頼む。危険があれば、二人の事は僕が護る」
ランスの力が有れば、そんじょそこらの危険は返り討ちにできるだろう。しかし、リスクを冒してまで行く意味をユイは見出せなかった。
「報酬は?」
その提案がユイに出せる答えだった。二人に付き添う理由など無いのだ。だが、生きる為の糧を得る為だったら話は別だ。そうして生きてきた。
「これを…」
ユイの言葉にサリーナは、ほんの少し考えてから自分の付けているネックレスを外して差し出した。
「これは、母に貰ったリゾン湖の湖底に眠っていた魔鉱石を嵌め込んだネックレスよ。エイナーリア様の加護が宿っていると言われているわ。これを受け取って」
そう言って、ユイの手に収めさせようとした。
「まだ受け取らないわ。馬鹿ね、受け取った途端トンズラだってできるのよ。報酬は、前金と本報酬と分けるのが常識よ」
ユイは、サリーナの手を押し返した。口を尖らせて、怒った様にそう言うと、歩き出した。
「でも、前金として渡せる物も無いし…」
困った様に突き返されたネックレスを見つめるサリーナの背中をランスがそっと押した。
「行こう。彼女は、依頼を受けてくれたよ」
「え?…でも、何も…」
ランスは、サリーナにニコリと笑って前を歩き出したユイの背中を彼女の手を取って歩き出した。
「途中でその男に働かせて、前金は作ってもらうわよ」
振り向かずにそう言うユイにランスは、え?と言う顔をしたが、サリーナは、嬉しそうに笑った。
「私も働くわ」
三人は、かつてのナッサヘルク城があった北東の海岸を目指して歩き出した。
だがその道は、北側のヴァンティーユ連峰と南側のスナポッロ山脈のそれぞれの端が入り組み、整備された道も無く、なるべく平坦な場所を選んで進めば、かなりの遠回りとなる。サリーナがかつて母の故郷に訪れた時は、船で大きく北側から回り込んでの旅路だった。
ユイもまた、東側など目指した事もなく、当てずっぽうに近い旅路だった。ただユイがかつて盗掘の仕事で入った山中で、ヴァンナットの民の村に世話になった事を思い出し、山の事は彼らに頼れないかと考えていた。だが、ヴァンナットの民の中に魔王に対抗しようとする者が居ると言う噂を聞いたことがある。以前、ユイのその容姿の特徴から、疑われた事もあった。
本当に魔王に対抗する集団に会ってしまったら、魔王の娘を名乗るサリーナは、どうなるだろうか?
ふと、湧く不安はあったが、彼女たちが東岸に辿り着く為には、誰かの助力は必要だった。
二人が目覚めてから、五日後、三人は山中の村を発見した。




