「で、どうしたいの?」
「こんにちは?…?」
ユイがその女性の瞳に自分が写っている事に気付いて、すぐには反応できなかった。遺体が目を開けてこちらを見たと言う事実だけ取り上げると、腰を抜かして這って逃げる状況だったが、棺の二人を見た時から死んでいる様には見えず、ユイはただ固まってそれを見ていた。
「…おはよう?」
ユイが困惑に顔を引き攣らせながら何とか発した言葉がそれだった。
女性は、頭がはっきりしないのかゆらゆらと揺れながらも、何とか体を起き上がらせようとしていた。その頼りなさにユイは、思わず手を出してそれを手伝った。
「どうも、ありがとう…」
女性はそう言いながら、彼女の目が隣に眠る男性に行った。
「ランス様…!」
女性は、驚きと恥じらいの混ざった表情で、男性の名前を呼んだ。
しかし、その男性が目を閉じたまま動かない事に、慌てた様子でその体に触れた。
「ランス様、ランス様」
名前を呼びながら、女性が控えめに揺すったが反応は無かった。
「死んでるんですかね」
ユイが関心無さそうにその様子を見て言うと、女性は涙目でキッとユイを見た。その目にユイは気圧され、それ以上は何も言わなかった。
「死んでなんかいません。きっとお父様の魔法が残っているのだわ」
女性は、そう言うと両手をランスと呼んだ男性の胸に当たると、目を閉じて集中した。
ユイは、状況が分からなかったが、この場を退散した方が良いのでは無いだろうかと本能的に感じていた。
足音を立てない様にそろりそろりと、出口に向かって進み出した時、フッと辺りが急に暗くなり、ユイの体からスッと力が抜けた。くたり、とユイの膝が折れて、座り込んでしまった。
「な、何なの?」
自分から抜けた力が棺の方に向かっていくのを感じた。その感覚を追って視線を動かすと、女性の周りに淡い光が集まっていくのを視認した。
「ランス起きて…」
女性の祈る様な声がユイにも聞こえた。
ユイはその声から目も気持ちも背けたかった。だが、心は見たがっていた。その祈りを。
フッと温もりがユイの体をすり抜けた気がした。その直後、暗くなっていた光る壁に光が戻った。ユイから離れていた力が戻り、ユイはゆっくりと立ち上がった。
「う、う…ん…」
棺から、男性の息遣いが漏れた。
「ランス!」
女性が安堵の声とともに男性に抱き付くのが見え、ユイは口許を歪めた。
そして踵を返して、この場から逃げようと一歩踏み出した。
「待って!」
そのユイの足を女性が引き止めた。
ユイは振り返らずに、でも、進もうともせずに、次の言葉を待っていた。
あたしは、何で…
ここから去って、いつも通りの生活に戻りたいはずなのに、そうしない自分に疑問を感じていた。
人と関わるとろくな事は無いと分かっているのに、言葉を待っている自分の矛盾に、奥歯を噛みながら鼻から強く息を吸った。
「私たちを助けて…いいえ、違うわ。私たちを手伝って!」
女性の言葉に、ユイはピクリと体を硬らせた。
「嫌だね…」
ユイは、そう呟いた。
「え?何て?」
女性にはユイの言葉が聞こえていなかった。
「嫌だって言ったの!」
「あら、そうだったの。そうよね、意味が分からないものね」
女性は、ユイの反応が当然だと反省した。その様子が何だか抜けていて、ユイはため息をついた。
「…で、どうしたいの?」
そんな言葉を言うつもりなど無かったはずなのに、そう尋ねた自分にユイは肩を窄めた。
「まず、何をしなければならないのかを知らなくては」
地上に出た女性がユイに言った言葉は、彼女には理解ができなかった。それでも、日が傾き始めたその森の中で眩しそうに前を真っ直ぐ見ている女性にユイはしばし見惚れた。
見たところユイよりも少し上の年齢に見える女性は、サリーナと名乗った。もう一人の男性は、ランス。二人は訳あって、眠らされてこの魔鉱窟に閉じ込められていたと話していたが、その理由が分からないとユイに話した。それも、父親によって。
ユイには、父親がどんな存在なのかは分からなかったが、他人にされるよりも、身内にされる方が衝撃的であると言う事は何となく分かった。たが、それを話すサリーナの目は、恨みや怒りとは、違う様に見えた。
「つまり、その「お父様」に何が起こったのかを知りたい訳ね」
「そうね、それが私たちがしなくてはならない事に繋がっているのだと思うわ」
何だか遠回りな言い方のサリーナに、ユイは面倒臭そうな顔をした。彼女の経験上、回りくどい言い回しをする人物と仕事をするとろくなことがなかった。ユイは、やはり話を聞かなければよかったと後悔していた。
でも、聞いたけど、結局具体的な事は、本人も分かって無い様だし逃げちゃっても平気かな?
とも、考えた。
「王はきっと、僕たちに何かをさせたいはずなんだ」
と、ランスは腰に着けた剣の鞘を触った。
それは、二人が眠らされていた棺の中に隠される様に置かれていたものだった。装飾も緻密で、剣の刀身の部分にも紋が刻まれており、魔石が散りばめられている。サリーナの見立てでは、使用者の魔素に応じて威力を発揮すると言う。
ランスが、「僕にはその魔素があるのかい?」と尋ねると、サリーナは、「今はあるわ。とても強く感じる。不思議だわ。この魔鉱窟で眠っていた所為かしら」と驚いていた。
棺には他にも、紋の刻まれたペアの指輪が入っていた。
ユイは、それらの物を見た時に、二人が目覚めなければ自分の物だったのだと恨めしく思った。しかし、サリーナがランスと揃いの指輪を嵌めて喜んでいる姿に、その恨言は口から出る事はなかった。
「王は、僕たちの結婚を心から喜んでくれていた。やはり、この事には何かがある」
「ねぇ、王って?!」
ユイは、ランスの言葉のそこに引っ掛かった。
「彼女のお父上は、王だ」
どこの王様。と、ユイは聞こうとしたが、響く様に聞こえた足音に、サッと緊張を高めた。
「下がって」
ユイは、近くの木の影に隠れる様に二人を誘導した。それが来れば、三人とも命は無い。
「そのまま、静かに」
三人とも息を潜めるが、その足音は近付いてくる。
走って逃げるべきか…でも、二人が走れるだろうか?
ユイは、自分がサリーナたちの事を気にした事に自分でも気が付いていなかった。一人なら逃げ切れる自信はあったのだ。
ズズン…ズズン…
それの影が木の影の中に見えた。
巨顎蜥蜴。体高が人の胸程あり、その大きな口を開けると、大人三人同時に咬み殺せる程の大きさがある。三人の隠れている木などその顎で噛み砕けるだろう。
「何なの?」
サリーナは、声をなるべく抑えながらも驚きの声を上げた。
「しっ。魔獣よ。魔王が魔鉱窟で作らせている魔造生物よ」
「魔造生物?」
「詳しくはあたしも分からないけど、魔鉱石を使って生物兵を作っているんだって」
「あれもそうなの?」
「もう、うるさいな、管理がずさんだからうろついてるのよ!」
グォォォォォォ!
苛立って発したユイの言葉に反応したのか、巨顎蜥蜴がその大口を開けて、息を吐き出した。
「ひっ!あんたが質問攻めするから、気付かれちゃったじゃない」
「ごめんなさい」
「いや、あれは、ユイが声を出したからでは?」
サリーナの謝罪とランスの冷静な分析を聞きながら、ユイは涙目になって、サリーナの腕を引っ張って走り出した。
「逃げるわ!ランスも逃げて!」
既に走り出し、ランスを振り返りながらユイが言った。
が、ランスは逃げるどころか、一歩前に出ながら剣を抜き放った。
「僕が時間を稼ぐ!その間に安全な所へ!」
今にも飛びかかってきそうな巨大蜥蜴を目の前にしてランスはそう叫んだ。
「馬鹿じゃないの!?死ぬわよ!」
「サリーナを残して、僕は死なない!」
ランスは、根拠も無くそう言い切った。
「あんた、本当に馬鹿よ!」
ユイは、それ以上逃げられず、ランスの方を見た。
その背中は、どこか笑っている様だった。
「ランス!」
サリーナが、心配そうに愛しい人の名前を呼んだ。
「いくぞ!」
そう言い放ったランスの持つ剣が、眩い光を放つのをユイは見た。




