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わたし!勇者なんてできません! 〜メルリルーク王女は、魔王を討伐なさりたい!〜  作者: 無月雨景
メルリルーク王女は、北の国を目指して進む!
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「君の名は、シスカナーサだ」


 王の葬礼から二日後、ロイドたちロンドラードから来た一行はメッサリアを出立した。

 王の死を彼らの犯行、もしくは、来訪が事件の引き金になったと訴える者が、民衆や貴族に居た。それは、証拠も動機付けも曖昧な見方ではあったが、国交に関わる遺恨となり得る感情だった。シルバは、それを重く受け止めて、今後正式にロンドラードとの同盟交渉を進めると共に、ロンドラードが王の死と何の因果関係もない事を文書として、各貴族、各団体に送った。そう言った言葉は、パンスティークやナッサヘルクに対しても向けられたが、同じく根拠のない憶測だと一蹴した。

 とは言え、大臣の乱心と言う信じ難い事実をそのまま世間に伝える事はできなかった。襲撃の事実は、世間の知る事となっている為、そこで、王は皆を守る為、自ら先頭に立ち襲撃者と勇敢に戦い、みまかわられたと伝えられた。

 一つ、公にできない事実がメルリの口から皆に伝えられた。

 それは、城を直接襲った三人組は、地下に眠る大きな魔素とメルリとサレアナを連れ去る事が目的では無いかと言う事だった。

 その事をロイドたちが出立するタイミングを見計らっての公表にしたのには、大陸外の人物に聞かせるべきでは無いとメルリが判断したからだった。

 その意見にシルバも賛成した。


「だが、奴らが何を目的として行動しているのか、それでははっきりとは分からないな。何かの組織に属しているのか否かも分からぬ」


「街道でリーシアを襲った者たちと、三人組とは別に侵入した者たちが同じ組織である事が予想されます」


 ローレックが重くそう伝えた。


「その報告は聞いている。内通者がいる事予測される。ヤカメがその一人と思われるが、その時彼は、ずっと王の側にいた。つまり、手引きした人間が必ずいるだろう」


 あの晩、いつも以上に警備を厳重にしていたにも関わらず、侵入を許したのはその可能性が高いと、シルバは考えていた。


 やはり城を破壊して侵入して来た三人組とは別の目的であると考えた方が自然だろう。

 魔素の多い者や強い力を持つ城の奥に眠るものを求めているとすれば、確実に力を求めている。強い魔力を。その先にあるのは、千年前の様な戦争…


 シルバは、その自分の考えが大袈裟な想像だろうと口にはしなかった。

 しかし、大陸内で魔法や魔術の復古を求めて動く団体があると噂を聞く。そして同時に、魔法や魔術を悪しき力として根絶すべきと考える一団もいるとシルバは知っている。そのそれぞれの実態は謎めき、規模も構成員も不明である。今回の一連の騒動が、それぞれが同時に動いた結果なのかも知れないと、シルバの脳裏に浮かんだ。


「いずれにせよ、今後の調査は我が国が行う。ナッサヘルク及びパンスティークの皆様には、協力が必要な場合のみ、こちらから申請させて頂く。不確かな事が多く、不安や不満はあろうが、ここは私に任せて貰いたい。なお、今回のことに関しては、こちらから公表した事柄以外は他言は避けて頂きたい。これはあくまでも、混乱を避ける為の措置として承知して頂きたい」


 活動が活発になる前にそれぞれの一端でも掴んでおかなければ、最悪の事態を引き起こすかもしれない。


 シルバは、一人そう決意してその場を解散させた。




 ラナックが目を覚ましたのは、それから三日後の日暮れだった。


「ラナック様!」


 まだ虚な視界に映ったのは、リリーナの涙に濡れた瞳だった。


「…リリーナ…」


 その名前を口にするのに少し時間を要した。


 生きている…


 ラナックは、その事を何となく理解した。

 何故そう思ったのかが、次第に頭の中に甦っていき、自分が巨腕の大男と背中の丸い老人と戦い、敗北した事を思い出した。


 そうか…


 と、ラナックは、実感しきれぬ敗北を味わった。しかし、生きていると言う事は、危機を脱する事ができたのだろうかと考えたが、部屋にはリリーナしか居ない事実に不安が襲った。


「エルラーナさま…とメル、リルーク様…は…」


「お二人ともご無事です」


 リリーナのその言葉を聞き、ラナックは深く息を吐いて布団に沈む様に体を委ねた。


「何人もの方たちが襲撃で亡くなりました。メッサ王も…ガルナス様も…」


「そうですか…」


 その言葉を聞き、ラナックは、頭を両手で覆った。不覚を取ったばかりに、大きな犠牲を防げなかったのだとラナックは嘆いた。守るべきこの国の王も、自らの体を投げ出して助けてくれた戦友も、失ってはならぬものだった。その大きさにラナックは、声を出さずに泣いた。



 メルリたちが、ラナックの目覚めの時にその側に居なかったのは、シルソフィアの出産がいよいよその時を迎えようとしていたからだった。

 メルリもエルラーナも昼過ぎにシルソィアの陣痛が始まった事を聞きつけ駆けつけたのだ。

 シルソィアは、自室から出産のために用意された部屋に移され、その際にメルリたちと顔を合わせる事ができた。


「行ってくるね」


 初産の不安の中で気丈に妹たちに微笑みかけると、二人の手を取って少しの間握っていた。


「お姉様、頑張ってね」


「お姉様なら大丈夫よ」


 二人の可愛い妹の応援を受けて、シルソィアは何よりも心強く思った。


「エルの様に優しくて、メルリの様に元気な子を産むわ」


 二人の手を抱き寄せてグッと両手で包み込んでそう言うと、部屋に入って行った。

 そこから二人は何も出来ず、慌ただしい声が聞こえる部屋の扉の外でウロウロするばかりだった。

 いつの間にか日は落ちて、廊下のランプに灯が灯された頃、気が付くとその二人のウロウロにローレックが加わり、サナエが加わり、イクノがロンダがレリアが加わり、シーナリネがリーシアがサレアナが加わっていた。

 そこに居た誰もが夕食の事など忘れて、その時を待っていた。

 そこに加わる事は無かったが、シルバも王妃も時折様子を見に来ていた。そして、カーナスまでもが顔を出した。

 ローレックは、ひたすらに扉の向こうのシルソィアに話しかける様に応援を送っていた。エルラーナは、祈り続け、メルリは、じっと扉の向こうを見つめていた。

 そして、深夜になり、大きな産声が部屋から聞こえてくると、ローレックは泣き崩れ、エルラーナとメルリは、抱き合って安堵のため息を吐きながらその声を聞いた。サナエもホッと胸を撫で下ろしながら、皆の様子を見て微笑んだ。

 それからしばらくして、扉が開かれると、蝋燭の灯の中で赤子に乳を含ませているシルソィアがそこに居た。

 その表情は、疲労と安堵にやつれて見えたが、そこには母親になった女の柔らかく幸福に満ちた光が差していた。

 ローレックは、皆に背中を押される様に部屋に入り、愛しい妻の額にキスをすると、泣きながらその頬を撫でた。


「ありがとう。頑張ってくれてありがとう」


 と、何度も伝えた。


「女の子よ」


「君に似て、きっと美しく育つよ」


 ローレックは、まだ柔らかな赤ちゃんの頭をそっと指先で撫でて、頬をつついた。


「お姉様、おめでとう」


 姉妹の声が重なって姉を祝福した。


「ありがとう」


「ねぇ、あなた。名前なんだけど、シスカナーサはどうかしら」


「シスカナーサ…おばあさまの…王太后の名前…うん。私は良いと思う。さっそく、お母様と兄様と相談しよう」


 そう言うと、ローレックは、振り返った。そこには生まれた事を聞きつけ、駆けつけていたシルバと王妃が居た。ローレックと目が合うと、二人は深く頷いた。


「私の姫。君の名は、シスカナーサだ」


 その場に居た皆の視線を受けながら、シスカナーサは眠そうにその小さな手を動かした。




 シルソィアの出産後、ラナックが歩ける様になるのを待ち、メルリたちは船に乗ってナッサヘルクに帰る為、シラネッタを目指した。

 サレアナたちは一足先に出発していた。その際、メルリがパンスティークに来る事をサレアナは、強く望んだ。メルリもそれを望んだ。それと言うのも、パンスティークには、かなりの所蔵を誇る図書館があるからだった。メルリの知らぬ物語や歴史がそこにある事にかなりの興味をそそられているからだった。勿論、サレアナという新たな友人との交流を深めたいのも理由ではある。

 メルリにとっての新たな旅の目的地ができた事も、彼女の心を弾ませた。

 今回の事で、カーナスとリーシアの婚約の話は一旦保留となった。王の死という大事件があり、喪に服す為それどころでは無いとシルバが判断しての事だった。白紙に戻さなかったのは、カーナスたちに非は無く、メッサ側からの一方的な判断からだった。しかし、リーシアの今回の行動から、見直すべきだと、兄弟たちがシルバに進言した事も大きく、ほぼ白紙と言っていいだろう。そのリーシアの行動は、問題ではあったが、罪には問われ無かった。それでも、シルバの許可が降りるまでの間謹慎となった。

 そのシルバが、三ヶ月後に王となる。その為の式典が各国から代表を招待して行われるだろう。



 馬車から見えるメッサリアの町が小さくなると、メルリは、大きく息をついた。


「なんだか、凄く疲れたわ」


「本当そうだね」


 と、サナエも賛同して伸びをした。


「赤ちゃん、凄く可愛かったね」


 サナエは、抱かせてもらったシスカナーサのまだ頼りない温もりを思い出した。柔らかな命が、腕の中にいる幸せを感じた。そこにスフレがするりと入り込み、腕に抱かれた。


「絶対また会いに来るわ」


 メルリは、遠ざかる姉とその子どもを感じながら言った。

 馬車に揺られながら、いつの間にか二人は、夢の中へと入り込んでいった。




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