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わたし!勇者なんてできません! 〜メルリルーク王女は、魔王を討伐なさりたい!〜  作者: 無月雨景
メルリルーク王女は、北の国を目指して進む!
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「応!」


 シルバは、盾を構えてジリジリとゴルバとの間合いを詰めていく。


「ごりゃあ!どりゃあ!」


 ゴルバの加速する右腕の拳と、左腕の拳が交互にシルバを襲った。その速度の違いが自然とフェイントとなり、受けるシルバを翻弄した。が、すぐにそのタイミングを確実に見極め、シルバは最小の動きでその拳をいなした。その上、ゴルバの拳から発する熱波は、盾の纏う冷気にその熱を奪われていた。その事に気が付かず攻撃を続けるゴルバのただ激しいだけの攻撃は、未熟な相手なら圧倒できただろうが、若き頃から鍛錬を地道に続けているシルバには、すぐにその荒さの中に付け入る隙を見出された。右腕から左腕に移る攻撃のモーションの中に隙を見出したシルバは、本人も制し切れていない右腕の勢いを殺さずに加速させる様に力を加えた。その事で、より大振りになったゴルバの体がグラリと揺れた。それでも流れで次の左腕をシルバに突き出そうとした。だが、その腕の先にはシルバは居なかった。シルバは、既に次の動きの為に振り上げられていた右腕の動きに合わせてゴルバの脇の死角に体を滑り込ませていた。


「うおっ!」


 左腕を空振ったゴルバには、シルバが突然消えた様に見えていた。それと同時に脇腹に激痛が走った。

 脇に入ったシルバの冷気を帯びた剣が、切り裂いたのだ。


「ぐぉぉお!」


 ゴルバが声を上げた。切り裂いた傷を剣の冷気が一瞬凍りつかせたのだ。脳を突き刺す様な痛みが続いて襲ってきた事に、ゴルバは動揺した。異形の状態では、傷はすぐに塞がり組織がすぐに加速して再生を始めるが、シルバの剣の攻撃は、それを阻害するのだ。凍りついた組織を溶かす事にエネルギーを消費する為だった。それでも、ゴルバ以外の普通の人間であれば、その傷口が壊死し崩れ落ちただろう。

 シルバは、傷口が塞がっていく事に驚いた。


 なる程、炎の力を扱う力とそれに伴う強引な自己治癒能力…二人が苦戦を強いられた訳が分かった。


 ゴルバの能力の厄介さを分析しながらも、シルバは、その強引な自己治癒の限界がある事を予想していた。

 

 だが、この剣では、命に届く一撃になりうるだろうか…


 シルバは、自身の手札も冷静に判断していた。男の赤い皮膚は、革鎧の様に硬い。鉄板程、刃を弾くことは無いが、下手に剣を突き刺せばへし折られるだろう。


 ドゴゴゴゴ…


 門の前に居る老人を矢から守る様に地面が迫り上がっていくのがシルバに見えた。


石の豪雨(グンレイヌフドロス)


 石の壁の向こうでジナークが呪文を唱えると、宙に無数の石の矢が現出し、勢いよく兵士たちを襲った。その半数以上は、大楯に歪む程の衝撃を与えたが防ぐ事が出来た。しかし、その盾を抜けた石の矢は、射手や盾を持つ重装兵を射抜いた。

 二人の射手の肩や胸を貫き、一人の盾持ちの兜の間から目を貫いた。一瞬の動揺が走ったが、兵士たちは、すぐにその穴を埋める様に隊列を整えた。戦時下でないが、良く訓練されたシルバ直属の部隊と言えた。しかし、こちらの攻撃は届かず、老魔法使いの攻撃は、こちらの戦力を削いだ現状に、部隊長のジンケは、滲み出る汗に顔をしかめた。


 シルバ様が大男を抑えてくれている。俺たちも踏ん張らなければ。


 敬愛するシルバの役に立とうと、目の前の不気味な老人を何としてでも止めなければならなかった。


「うおぉぉぉぉ!」


 自ら雄叫びを上げて、部隊を鼓舞した。隊員はそれに応える様に声を上げて続いた。

 こいつらとならやれる。とジンケは、逆に鼓舞され意気がが上がった。


「盾隊、突貫せよ!!」


「応!」


 ジンケは、自らの盾を前に突き出して、老人の居る場所に向けて突進していった。それに両翼の盾隊が続いた。

 ジナークを守る様にそりたった壁に盾ごとぶつかっていた。ゴゴン!と激しい衝突音が幾度も響き、ついにその石壁を盾隊が崩すと、


「射線開け!てぇっ!」


 ジンケの号令で盾隊が引き、射手に攻撃を命じた。

 

「ぐっ!」


 襲いかかる五本の矢に、ジナークは左腕を掠められた。その骨と皮の腕に赤い線が走った。


岩の波紋(ウイルフドロス)!」


 鬱陶しそうにジナークが声を上げた。

 ジナークを中心に、石の床が波打ち広がっていった。その場にいるほぼ全員がその揺らぐ足下に体の自由を奪われて立っていられなくなった。

 シルバは、咄嗟に飛び上がり、踏ん張って耐えるゴルバの首を狙って剣を突き出した。が、ゴルバがよろけた事でその狙いはずれて、ゴルバの左耳が宙を舞った。


「ぐあぁぁ!」


 その痛みにゴルバは、手で耳のあった場所を押さえて呻いた。


岩の嵐(ルレイヌフドロス)!」


 ジナークの魔法が発動すると、その部屋を無数の岩が飛び交った。大小様々な岩がジナークを中心に彼以外を無差別に襲っていった。ゴルバもその渦中に居たが、幾つか食らったが、大きな両腕で頭を守り耐えた。

 シルバも幾つか食らいながらも何とか盾で防ぎ耐えた。が、倒れた所に襲われ避け切る事が出来ずに食らってしまった。その為、大きな岩の下敷きになったり、頭部や腹にまともに食らってしまった者は、意識を失ったり絶命した。何とか致命傷を避けられた者も、身体中を血で染めた。重装兵には、ひしゃげた鎧に肺や気道を圧迫されて、呼吸が出来なくもがく者もいた。

 そこに立つ者は、シルバとゴルバとジナークだけとなった。


「くっ」


 シルバは、その惨状を見て苦しく顔を歪めた。

 自ら指導し鍛え上げた兵たちをここまでやられるとは考えて居なかった。

 仲間の巨腕の男を巻き込む魔法を平気で使った老人に苛立ちも覚えていた。


「貴様ぁ!」


 シルバは、自分でも驚くほど真っ直ぐに怒っていた。足下に転がる岩を避けながら、ジナークに向けて走っていた。ジナークがそれに気が付き岩の槍をシルバに突き向けたが、シルバは勢い任せにそれを盾で砕き、突き進んだそして、振り上げた剣をジナークの額に目掛けて下ろした。

 が、その刃が届く寸前で岩が横殴りにシルバの頬を捉えてぶつかり、彼を吹き飛ばした。


「ぐあぁぁ!」


 シルバは、岩の転がる床に叩きつけられ、全身を強打した。脳を揺らされ、すぐには起きられなかった。ふらふらと何とか立ち上がったが、視界がはっきりしないまま、盾を構えた。そのシルバを熱風が襲ったかと思うと、激しい痛みと共に吹き飛ばされた。ゴルバの右拳がシルバの左胸を捉えたのだった。

 ガランガラン!と、腕から離れたシルバの盾が飛んだ。シルバの体もまた飛ばされ、ガルナスの左足を砕いた岩の柱にぶつかった。シルバの頭を守っていた兜が弾き飛び、シルバは頭から血を流した。


「うぐぅぅっ」


 シルバは、苦痛に呻いた。意識が朦朧とした。だが、ここで意識を失えば死が迫る。何より、傷付いた部下たちの無念を晴らすことができないと、シルバは、意識をたぐり寄せる様にグッと奥歯に力を入れ、気力で無理やり押し留めた。

 シルバに止めを刺そうと近付くゴルバの息は激しく体を揺さぶっていた。何度も傷付き血が蒸発し、体力を奪われて彼も限界が近かった。再び暴走してしまえば、その体が燃え尽きて灰になるとどこかで感じていた。だから、何とか彼もまた必死で押し留めていた。

 ジナークの疲労も激しかった。立て続けに魔法の発動をした事で、彼自身の肉体は限界だった。封印を解く為の精神力もまた肉体と共に擦り減っていた。


 ここで倒れればこの国は終わる。それだけはあってはならない!


 シルバは、グググと両足に力を巡らせた。迫る大男を打ち倒すには、大地の力を足に込めなくてはならない。それは、師の教えだった。歩法と言う地との会話は、自然と力を全身に巡らせてくれる。

 シルバは、スゥゥゥッと深く細く呼吸を取り入れて、身体の中心に溜めていった。


 大地よ、私に力を!


 シルバは目を閉じた。身体中に力が巡るのが分かった。どこからかやってくる力が、足裏を通して中心に渦巻いていく。目を閉じているが、目の前の敵がどこにいるのかハッキリと分かった。そしてそれはゆっくりとした動きでシルバに知覚されていた。

 ジナークは、見た。解かれていない封印の奥から、その力を発する魔鉱石の光を。その光と呼応するかの様に膨らんでいくシルバの中の魔素を。

 弱まっているとは言え、シルバの魔素に応えるそれが、大きくなっていった。


「いかん!」


 ジナークは、咄嗟に自らを硬い岩で包み込んだ。


「うおぉぉぉぉ!!」


 シルバは、腹から吐き出す様に構えた剣を振り下ろした。その剣が纏った冷気が、吹き上がったかと思うと、収縮し、精錬され鋭い冷気の刃となってゴルバに振り下ろされた。


「なっ!!ぐあぁぁぁぁ!!」


 ゴルバの左肩から斬り込んだシルバの刃は、斜めにゴルバの体を走り、右脇に抜けた。一瞬遅れて、その斬撃から冷気が吹き出して、引き裂いた。ゴルバは切られた傷が凍りつき、ズレて真っ二つになって崩れ落ちた。そして、凍りついた傷口から、凍結が広がり崩れていった。

 ジナークもまた、封印の刻印から吹き出す冷気に襲われていた。だが、体を守った岩がそれを阻んだ。


「くそっここまでだわ…」


 ジナークは、口惜しそうにそう言うと、魔法で足下に穴を作り出し、その中に消えた。

 シルバは、それを追い掛ける仕草も出来ず、前のめりに倒れた。

 大地門の前に静かな月明かりが戻った。



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