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わたし!勇者なんてできません! 〜メルリルーク王女は、魔王を討伐なさりたい!〜  作者: 無月雨景
メルリルーク王女は、北の国を目指して進む!
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「サナエはサナエよ!」


 ローブの女の叫びに呼応する様に、サナエに切り裂かれた水の障壁は、塊となってサナエに押し寄せた。

 サナエは、動揺して震える体でそれに対処する事はできず、押し流され壁に押し付けられ圧迫された。

 女の感情のままに魔素を動かした魔法は、ただサナエを押しつぶそうとした。

 何の心構えもなかったサナエは、突然の圧迫と呼吸を奪われた事で意識が遠退いた。壁に押し付けられたサナエは、そのまま水浸しの絨毯の上に倒れて、ぐったりとした。


「サナエ!!」


 メルリがその光景に悲鳴を上げた。


「紛い物!」


 ローブの女が顔から血を流したまま、倒れているサナエに近付き、その肩を蹴飛ばした。

 

「紛い物!紛い物!紛い物ぉ!」


 憎しみに顔を歪めながら何度もサナエを蹴り付けた。その度ごとにサナエの体がビクッビクッと波打った。

 肩や胸や顔を蹴り付けられ、サナエは痛みと恐怖の中で意識を失った。


「やめてぇ!」


 メルリがそう叫んで、風を起こして女を吹き飛ばし、その体を扉側の壁に吹き飛ばした。女の体が投げつけた人形の様に壁に叩きつけられた。


「ぐあぁ!」


 叩き付けられた女はその衝撃に声を上げた。

 メルリがそうしなければ、サナエが絶命するまで蹴り続けただろう。

 女は、キッとメルリの方を睨みつけると、右手で自分の傷口を撫でた。


癒しの(レミディオ)流れ(フルオ)


 その指先が撫でた傷がスッと消えた。

 メルリは、その光景に驚きながらも、睨みつける女の目に対抗して怯まなかった。


「サナエはサナエよ!」


 紛い物と罵った女が許せなかった。どう言う理屈で女がサナエをそう呼ぶのかメルリには理解できなかったが、彼女の尊厳を踏み躙る言葉に怒りが込み上げていた。


「何を言っている。あれは人の姿に似せただけの偽物だ」


「サナエは偽物なんかじゃない!」


 メルリは、ベッドの前に立ち、近付いてくる女に向かって一歩も引かなかった。

 サナエが心配で駆けつけたかったが、サレアナを護らなければならなかった。


「あんなものは!あってはならないんだ!」


 女は、吐き出す様に叫んだ。


「あんなものですって!」


 サナエを明らかに敵視し侮辱する言葉にメルリは震えるほど怒りが込み上げた。

 体から魔素が漏れ出すほどに、感情が昂っていた。

 メルリは、鼻から強く息を吸い込むと、怒りで潤んだ至極色の目で女を睨んだ。その目が一瞬光を放ったかの様に見えた。


風よ踊れ!(ルレースランダ)千の刃と共に(ドゥギスィフシャトゥ)!」


 メルリの眼前に風が吹き荒れた。風は意志を持って吹き踊り、女に向かった。


我を護れ(ガイシラッド)水の檻(グラングフウォナル)


 女は、メルリが魔法に込めた魔素の濃度に驚愕し、対処すべく、自らの動きも制限する防御の魔法を発動させた。足下から集まってきた水が水流となって女の体を包み込んでいった。あらゆるものを弾き寄せ付けぬ水の檻となった。

 メルリの放った風の魔法は、部屋の中の物を吹き飛ばしながら、女に迫った。広い部屋とは言え、こんな場所で使うものでは無かった。が、メルリの込めた濃密な魔素によって、強く小さくまとめ上げられ、風は女を包み込む様に収縮していった。女を包み込む小さな竜巻は、その内部で幾つもの真空の刃を作り、何度も女を襲った。その度ごとに、女の作り上げた水の檻を切り裂き霧散させた。巻き上げられた水は、女の元には戻らず、檻はどんどんと削ぎ落とされ、刃は女の体に届いた。

 無数の傷が女の体に刻まれて、血飛沫が風に舞い上がった。

 女の体が傷付けられると、切り刻まれた服の間から青い光が走った。

 女の左脇腹を覆う様に凝着している青い石が光を放っていた。その光が、女の傷を癒やしていった。


「ぎゃあぁぁぁ!!」


 その無限に思える激痛の中で、誰にも聞こえぬ悲鳴を上げた。

 風が収まると、ほぼ全裸の女がぐったりと倒れていた。

 体にはほとんど傷が無かった。

 メルリは、その事に驚いた。が、自分の使った魔法が、風内部の相手の肉や骨を切り裂き、肉塊にする可能性があった為、その光景を自身も見ず、サレアナにも見せる事にならずにホッとしていた。

 女は、傷こそないが、強制的に癒やされた事でその体力を根こそぎ持っていかれたらしく、動けない様子だった。


「何なのそれは」


 女の腕を後ろ手に縛りながら、メルリの目が女の脇腹に行った。

 意識が有るであろうが、女は答えなかった。

 だがそれは、青く光ってはいるが、魔素を含有する鉱石、魔鉱石で有るとメルリはその魔素量から感じ取っていた。そして、その魔鉱石でも紫黒色では無い物は、魔獣(モンスター)の体内で生成される物であると、メルリは知っていた。こんなに大きく加工されていない物は、祖父の研究室にあった物以外見たことがなかった。その色は、魔獣(モンスター)の扱った魔法の属性による事が知られている。女が水の魔法を使っていたのは、この魔鉱石の力が大きいのだろう。

 魔鉱石を加工して取り付けた魔具を媒介として、魔素を操る事を魔術と分類し、魔法と分けて考えているが、彼女の場合は、体に魔鉱石を取り込んで魔素を操っている為、魔法により近いと言えたが、扱える属性が個人の癖や趣向によらず、魔鉱石の属性による所を見ると魔術とも言える。

 メルリが気になったのは、人の身体に魔素を凝着させている異形の技術だった。祖父の研究者の中にそれらしい記述は見た事があったが、倫理観から封印された技術と認識している。もっとも、そこから生まれた魔鉱石生物理論が、メルリがサナエの身体を作り上げる基礎となっている。つまり、魔素は生命力であり、源である。それが宿る魔鉱石も又、意志を持たぬ命である。と言う考えだ。魔獣の巣窟(ダンジョン)では、意思が無く分裂によって増殖する無形生物も発見されている。それが魔鉱石から発生したのではと言う研究書もある。

 魔法や魔術に対して関心が薄くなってきた世界で、ここまで偏った技術を扱う者が居る事にメルリは驚いていた。この女がそれを自ら受け入れたのか、強制的になのかは分からなかったが、痛ましいその姿にメルリは眉を歪めた。


「う…うぅ」


 回復し、意識を取り戻したサナエが、起き上がった。所々アザの様になっているが、痛みはもう無かった。

 目の前に裸でうつ伏せに倒れている女が、襲撃してきた女だと分かり、サナエは驚いた。


「メルリがやったの?」


「夢中だったから、殺しかけてしまったけどね」


 恐ろしい事をさらっと言うメルリにサナエは青くなった。だが、考えてみれば、盗賊団の屋敷を破壊したメルリは、人を殺したのだ。敵と認めれば躊躇いはない。

 サナエは、自分が人を傷付けた事で動揺して、攻撃を受けて気を失い、メルリたちを危険に晒した事に落ち込んでいた。覚悟を決めたはずでも、傷付ける事にはやはり躊躇いと動揺が付き纏う。本心では嫌なのだと、サナエは自覚した。


「サナエは大丈夫なの?」


 ベッドから恐る恐る、サレアナが尋ねた。


「ご心配ありがとうございます。こうして無事です」


 と、サナエは、少しぎこちなく笑ってみせた。


「メルリ様。ご無事でしたか…」


 頭から血を流しながら、よろよろとイクノが部屋に入ってきた。


「イクノこそ大丈夫?」


「申し訳ありません。不覚をとりました」


「無事なら良いわ。手当を受けて」


「ありがとうございます。ですが、その前に」


 イクノは、なんとか立つと、剣を振り上げた。


「やめなさい」


 女に止めを刺そうとするイクノをメルリは制した。


「しかし、魔法を使います。このままでは、皆様に危害を加え兼ねません」


「この女性に聞きたい事があります」


 メルリは、毅然とそう言った。

 イクノは、強く息を吸ってから、ゆっくりと剣を下ろした。

 と、女の体から水が溢れ出た。それは奔流となって、その場の全員を女から遠ざけた。


「何?」


 流され、壁に押し付けられながらメルリは女を見た。別の流れが起こり、女はその流れに運ばれて窓を破って外へと飛び出した。

 メルリが見たその表情は恥辱に歪み、メルリたちに激しい憎悪に燃えていた。

 水に濡れた部屋に残された面々は、その凄まじい力に圧倒された。






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