「畜生め・・・」
ゴルバの全身から間欠泉の様に蒸気が所々から吹き上がった。それはラナックとガルナスが付けた傷の辺りであり、耳や鼻などの穴からであった。そのどれもが高温の蒸気を吹き出しており、ゴルバの生命活動自体を危ぶまれる光景だった。ゴルバの体内では、圧力を増した魔素が血管内を血液と共に加速して全身へと満ちていた。その際に起きた熱量が体内の水分を沸騰させて、吹き出している。体組織は、肩に凝着した魔石から供給される炎と融和性の高い魔素が守り崩壊や剥落を抑えていた。とは言え、体内の水分が失われれば生命は失われる。ゴルバがこの状態を続ければ間違いなく死に至るだろう。
ゴルバを目の当たりにしたラナックは、その脅威的な姿に戦きすぐに立ち上がる事はできなかった。しかし、対照的に生命的に危機的状況の中で思考は回っていた。それは、彼の経験がそうさせていた。何度も経験した命の危機は、彼に生きろと言っていた。
だが、どうすれば…ガルナスは負傷し動けない。巨腕の男だけならまだしも、老人の魔法はローブと相性が悪い…
ラナックは、立ち上がるとローブを脱ぎ捨て、息を整えた。
風よ
腹に溜めた呼吸を細く吐き出しながら心の中で風に呼びかけた。
吹け
ラナックの持つ剣に風が宿った。それは剣には止まらずにラナックも包み込んだ。彼の足元に転がる瓦礫の破片がその風の強さに吹き飛ばされ、砂埃は舞い上がった。舞い上がった塵は、ゴルバの近くまで飛ばさせると熱せられチリチリと音を立てた。
「ゴォォォォォオオ!」
ゴルバが声を上げて、両拳を天に突き上げた。ゴルバの熱量が加速的に増していく。ラナックの起こした風が空気を動かし、その火力に助力していた。
「オオッ!」
ラナックは、キッとゴルバを見ると一歩強く踏み出して息を強く吐いた。
ラナックの体は加速して弾ける様に駆けた。
迎え撃つゴルバの腕を躱しながら、風の刃で斬り付けていく。
これはゴルバにはたまらなかった。
加速と威力を増す必殺の拳も当たらなければ、消耗していくだけだった。今はそれを制御する理性はなく、闇雲に振り回している。ラナックの風によって火力は増し、ゴルバを中心に炎の柱となっていった。
だが、ゴルバの体を動かしている焼き尽くす炎の意思は、止まらなかった。宿無しであるゴルバの体が自身の熱にまかれ消耗して炭化しようとも構わなかった。
「ォオォオオォオォオォオオォオ!!」
ゴルバの体が炎の塊となってそして爆発した。
轟音が轟き、熱の波動が一気に駆け巡った。
「いかん!我を守れ土の障壁」
ジナークは、慌てて土の壁を作り出して熱から自分を守った。
咄嗟に作り出した土壁は、ゴルバの炎で端からボロボロと崩れ落ちながらそれに耐えた。
「ぐううっ」
壁だけでは抑えきれない巻き込んでくる熱に、ジナークは耐えなければならなかった。
あの馬鹿が、わしまで巻き込みおって!
ゴルバに対する怒りに震えながら、収まるのを待った。待ちながら、これで剣士も動けなくなり封印の解除に専念できると、いいようにも捉えていた。
だが、ゴルバの炎が収まり、彼が倒れると同時にジナークを襲ったのは、右肩の激しい痛みだった。
「ぐぅう!」
背後から突き立てられた剣先が肩を貫いて出ているのを見て、ジナークは、目を見開いた。
「何故、動ける。ローブは着ていなかった筈だ」
「…風の加護ですよ」
剣を突き立てたラナックは、咳き込みながら苦しそうに言った。
ゴルバの炎は、彼の纏った風がいなして軽減してくれた。それでも、かなりの熱量にラナックの体を焼いた。手足の至る所に火傷を負い、立っているのもやっとの状態だった。
それでも、突き刺した剣を抜き、止めの一撃を加えようとした。
だが、そのラナックの腹を地面から突き出した石の槍が貫いた。
「ぐあっ」
ガハッとラナックの口から血が溢れ出た。
ゴルバとの戦いの中で使った風の魔術の所為で、魔素を消費した事で揺らいでいた意識が、一気に飛んだ。
ぐったりと体から力が抜けて、だらりと腕が落ちた。ガランとラナックの剣が石の床に落ちた。
ラナックを貫いたジナークの苦し紛れの魔法は、ラナックの体が倒れた事で、折れて砕けた。ラナックもまた、石の床に転がった。ラナックの体から流れ出た血は、床にできたひび割れに流れていった。
「畜生め…」
ジナークは、剣で刺された体を引きずる様に門へと戻った。
自らの血に濡れた手を伸ばして、壁に触れた。




