「さっさと行け!」
ロイドは、走りながら違和感を感じていた。
城を破壊した何者かの動きの他に不穏な空気を感じた。
ロイド自身にも不思議でならなかったが、城に入り込んだ賊の気配はおぞましさとともにその位置を彼に感知できていた。三つあった気配は、二つは止まりもう一つは移動している。
だが、それとは別の動きを王宮の各所で感じた。
一度与えられている自室に戻り、すぐに剣を掴むとその一つが向かっているであろう場所を目指した。
賊の襲撃によって刺激された感覚が、その場所がどこかを教えていた。三つの力の塊がまとまっている場所がある。そしてその一つに、今朝の少女の香りを感じた。強い力を感じるが、その三つのどれもが怯えている様に揺らいでいた。
何なんだこの感覚は?
今まで感じた事のない知感覚にロイドは戸惑った。だが、それは後から考えればいいと彼は振り払った。この状況においては手助けになる。
「状況は」
ロイドは、尋ねた。
「王城を破壊したものが、王城地下で交戦中。王宮裏手より侵入した数人が各所を制圧しながら迫っています」
いつの間にか側にいたカイルが淡々と答えた。
「目的は?」
「不明です。が、このタイミングを見ますと、要人暗殺が濃厚でしょう。私たちが真っ先に狙われそうですが…」
「寧ろ、我々にその罪を着せるつもりか…」
「はい」
「ならば、指を咥えていれば、無実の罪で投獄か極刑か…カイル、メッサ王を護れ!」
「はっ。ロイド様は」
「僕は、ナッサヘルクとパンスティークの王女の元へ行く」
カイルは、おやっと言う顔をした。
「何だ?」
ロイドは、一瞬立ち止まってカイルを見た。
「そっちに行くんですね。メッサ王の元に行くのかと思いましたから」
カイルの少し解けた言葉にロイドは、一瞬言葉を探して口元を歪めた。
「賊の目的がそこにあると感じた。上手く説明できないが」
「ナッサヘルクの第四王女は、重要人物として名が上がっていますから、顔を売っておいてください。あと、あの女の子にも個人的にね」
「馬鹿な事を言うな!さっさと行け!」
ロイドは、ニヤけるカイルを声を荒げて追い払った。
そういうんじゃない…
ロイドは、眉を寄せて走り出した。
「これが…封印の扉…」
しわがれた声が巨大な扉の前に立ち、骨と皮だけの指で触った。ジワリとその扉が纏う魔素がその指から伝わるのを感じて片側の口を歪めて笑った。
「封印から漏れ出しておるわ…それだけ不安定な状況になっているという事」
「こんな扉、ぶっ壊してやる!」
ゴルバは、戦いの興奮に息巻いて両拳を打ち鳴らした。
「その品のない姿を戻せゴルバ。魔石の魔素に当てられ過ぎじゃ」
「いや、これは贈り物だ。俺は気に入ってるぜ。より一体感を感じる」
ゴルバは、異様に大きな両腕で幾つかポーズを取って見せた。
「ジナークの爺さんこそ、いつもより饒舌じゃないか。楽しんでいるんだろ」
「わしは外に出るのは好かんが、確かにこれはちと興味深い。漏れ出る魔素がわしの身体を震わせるわい」
しわがれた声のジナークは、扉の状態を探っていった。
扉は、高度な魔術的な封印によって閉ざされていた。扉と言っても、彫刻された紋様施されている石の壁がそこにはあった。よく見ると中央を縦に走る左右の扉の境目が見えるが、溶着していて動く気配は無かった。
幾何学的な扉の紋様が集中している場所があり、その中心に小さな楕円形の窪みがある。ジナークは、それを指先で撫でる様に触って、その指先に魔素の流れを作った。するとビリっと拒絶的な反応が指先に返ってきた。
「爺さんにも開けられないのか?」
ゴルバが焦れた様にその背後をウロウロした。
「待て、今やっとる」
ゴルバは、眉を上げ下げしてジナークのしている事を見ていたが、手持ち無沙汰さにイライラとした。
「俺がこじ開けてやる!」
ゴルバは、右腕を振り被ると、右肩の石に渦巻く魔素の流れを激しく加速させていった。肩の石が強く赤熱して部屋を照らす程の熱量が生まれていった。
「ぐおりゃあぁぁぁぁ!!」
高まった力を一気に爆発させて拳を突き出した。
ドゴォォォォォォォオオオン!!
ゴゴゴゴゴゴゴォォォォォォォォォォン!!
激しく拳が叩きつけられた音が大きく響いた。地下の壁全体が揺れる程の衝撃が走り、ジナークは、その衝撃で尻餅をつき、三人が侵入する為に開けた城の穴が更に大きく崩れ落ちてきた。
「馬鹿者!!わしを巻き込んで生き埋めになる気か!」
「硬いなぁ!傷一つ付かない」
ゴルバは、悔しそうに壁の殴った箇所を見た。その背後で、更に瓦礫が落ちた。
「何をしているんですか…お陰で起きてしまいましたよ…」
「ほおぉ。死んで無かったか」
ゴルバが、声のした方に向き嬉しそうに指を鳴らした。
声の主はラナックで、彼は、壁に打ち付けた体の痛みに顔を歪めながら立ち上がった。頭部に傷を負っており、顔を血で赤く染めている。
「死にそうですがね…」
それでも冗談めかしてそう言った。
「ならば、今度こそ止めを刺してやろう」
ゴウッとゴルバの腕が燃え上がった。
その腕を振り上げながらゴルバがラナックに迫った。
「風よ」
ラナックが、静かにそう口にした。
抜き身のラナックの剣に緑の淡い光が宿った。その光が風となり、細身の刀身に纏わる様に吹き荒れた。
「おおおぉぉぉ!!」
ゴルバの声が響き渡った。
その拳が唸りを上げて、更に加速してラナックに肉薄した。
ラナックは、飛んだ。剣に宿った風の力を借りてゴルバの頭上に飛び上がった。
「魔剣か」
その光景を見ていたジナークがその事に気が付いた。
ラナックの剣の柄から刀身にかけて埋め込まれた魔石に風の魔術が施されている。その魔石にラナックの魔素をトリガーとして発動する魔具なのだ。
「何!?」
止まらず壁に拳を打ち付けたゴルバが壁に拳をめり込ませたまま、ラナックを見上げた。
「はあぁぁぁ!!」
ラナックは、ローブをはためかせながら、ゴルバを、飛び越えながら七連撃の風を纏った突きを放った。
剣の切先は、ゴルバの肩や背中の皮膚を切り裂くだけだが、纏った風が抉るようにその肉を刮いだ。
「ぐあぁぁぁ!」
ゴルバは、大量の血を噴き上げてその膝をついた。
だが、その傷も自らの炎に焼かれて出血が止まった。だが、こそぎ落とされた肉は戻らないようだった。
ラナックは、着地するとすぐに地面を蹴る為に身体を溜めた。
「地の枷」
その足を止める為にジナークの魔法が発動し、ラナックの足を地面が捉えようとした。
だが、ラナックはそれを予測していた。
「風よ」
着地する瞬間に剣に風を宿らせて、僅かに着地位置をずらした。かろうじて、効果範囲外に着地するとラナックは床を蹴った。
「土の槍」
ジナークもまた二段構えで準備していた。
ラナックの頭上に大きな円錐状の岩が現れて、彼目掛けて落下してきた。
しまった!
ラナックは、迫り来る質量になす術を失った。ゴルバに止めを刺す為の動きに入っている上、魔術の扱いが得意では無いラナックは、これ以上の連発は出来ず、避けられそうも無かった。ローブでやり過ごせるかも知れなかったが、質量としての岩が消えるとは思えなかった。魔素によって作られている形状は解除できても、岩によって潰されるだろう。
ドゴゴゴォォォ!!
岩が落ちる音が響き渡った。
「ぐっ!」
ラナックは、床に叩き付けられる様に落ちた。
岩に押し潰されてはいなかった。
「ガルナス殿!」
代わりにそこに倒れていたのは、ガルナスだった。
ラナックと同じく先程意識を取り戻したガルナスが、ようやく動けた体でラナックを突き飛ばして回避させたのだ。その代わりにガルナスの左足は、岩の下敷きになり潰れている。
「ぐううぅぅっ!」
足を潰された痛みに声を上げながらも、ラナックが巻き込まれなかったのを見て、少し笑った。
ラナックは、ゴルバを見た。
ゴルバは、ゆっくりと立ち上がり、ラナックたちを振り返った。
その目は、赤く光り体全体が燃え上がっていた。
ジリジリとその熱量が風となって二人の肌や髪を焼いた。
「飲まれおったか…」
ジナークの冷ややかな声がラナックに届いた。




